第12話 居ても立ってもいられない





 ***



 ヨハネスとの面会を終えたオスカーは、せっかくなので大神殿を見学させてもらい神官達の働きぶりを目に焼きつけた。

 その後で案内された大神殿内の客室で、オスカーは張りつめていた気を緩めてほっと息を吐いた。


(とりあえずは、これで大丈夫なはずだ)


 ヨハネスはなるべく急いでくれると言っていた。その言葉が真実なら、数日以内に聖女がキラノードの地を踏んでくれるはず。


(ヨハネス殿下はまだ若いのに、噂通りに有能な御仁のようだ。私も領に帰ったらもう一度調べてみよう。聖女が訪れるまでに何か手がかりくらいは……)


 明日、小神殿に帰ってからのことを考えていたオスカーは、遠くからどんどん近づいてくる足音に気づいて顔を上げた。

 どたどたどたっ! と、およそ神殿にはふさわしくない乱暴な足音があっという間に迫ってきて、勢いよく客室の扉が開けられた。


「おい! キラノードへ行くぞ!」


 扉を開けたのは、顔を真っ赤にして荒い息を吐くヨハネスだった。


「今すぐに出発だ!」

「はあ?」


 腰掛けていた寝台から立ち上がったオスカーは怪訝に眉根を寄せた。

 今から出発するとキラノードへ到着するのは真夜中になってしまう。だから、オスカーも今夜は泊めてもらって明日の朝に出発するつもりだった。


「殿下。今すぐだなんて、護衛騎士の編成も馬車の用意も整いませんわ」


 ヨハネスを追いかけてきたらしいキサラが呆れ顔でもっともな指摘をするが、何故か焦っている様子のヨハネスは聞く耳を持たない。


「すぐに行かなければならないんだ!」

「殿下? いったい何が……」


 オスカーが戸惑いながら尋ねる。


「一刻も早く、ジュー……キラノードへ行かなければ! 大神殿の神官として、瘴気に脅かされている民を放っておくわけにはいかない!」


 ヨハネスはやけに力を込めてそう言った。

 台詞の内容は立派だが、目線はちょっと斜め上を泳いでいる。


「こんなに早く動いてくれるとは……やはり有能な者は決断力と行動力があるのですね」

「いいえ。これはそういうんじゃなく、何かろくでもない気配がビンビンですわ」


 素直に感心するオスカーの横でキサラは冷めた目でヨハネスを眺めた。


「とにかく、俺はキラノードへ行く!」

「夜に馬車を走らせるなんて危険すぎます。オスカー様の身に何かあったらどうしますの? 殿下お一人で行くのでしたら止めませんが」

「む……」


 断固として反対するキサラを前に、ヨハネスも少し冷静になった。確かに、夜に街道を行くのは危険が伴う。旅人が魔物や野盗の襲撃に遭う被害も少なくない。


「……わかった。明日の朝に出発する」


 すぐにアルムに会いたいのはやまやまだが、ここで出発を強行してもキサラの不信感を煽るだけだ。


「聖女はどうするんですの? 誰を連れていくおつもりです」


 そう尋ねられて、ヨハネスはぐっと言葉に詰まった。

 アルムがジューゼ伯爵領にいることを知られると、根ほり葉ほり聞かれて面倒くさいことになりそうだ。

 ヨハネスは何食わぬ顔でオスカーに確認した。


「瘴気を祓って領民を安心させられれば、アルムじゃなくてもいいだろう?」

「はい。それは、もちろん……」


 本音はヨハネスが一人で行ってキラノード領の手前のジューゼ領でアルムを捕まえたいが、オスカーの手前、聖女を連れていかないとは言えない。


「……俺は先に出発して被害の実態を確認しておくので、聖女キサラよ。そなたは準備が整い次第慌てずゆっくり慎重に、のんびりと来るがいい」

「はあ……」


「絶対なんか企んでんだろ」と言いたげなキサラのまなざしから逃れるように大袈裟な身振りで、ヨハネスはオスカーの肩を掴んだ。


「まずは王都に近いジューゼ領の様子を見てからキラノード領へ入ることにしよう。大神殿の人間が姿を見せるだけでも民は安心するはずだ」

「殿下……ありがとうございます」


 ヨハネスはそれらしい大義名分でオスカーを丸め込み、キサラのじとーっとした視線を無視したのだった。




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