第11話 器の小さい男





 ***



 アルムを乗せた馬車が街道で野盗を吹っ飛ばしたりしていた頃、ヨハネスは意気揚々と王宮を訪れていた。


(ワイオネル様にキラノード領へ行くと報告しておかないとな。「アルムも一緒に連れていきます」って言っておかないと……むふふ)


 ヨハネスは異母兄であり国王代理であるワイオネルを敬愛している。

 しかし、アルムに関しては譲れないのだ。この機会に、アルムは聖女として神官のヨハネスと一緒にキラノードへ行くと強調しておこう。そう考えてニヤニヤ笑みを漏らす。

 器の小さい男である。


「失礼します、ワイオネル様」


 許可を得て執務室に入ると、ワイオネルは椅子に座ってぼんやりと窓の外を眺めていた。


「ああ……ヨハネスか」

「はい。実は報告したいことが……どうなさいました?」


 ワイオネルが心ここに在らずな様子なのに気づいて、ヨハネスは首を傾げた。

 ワイオネルは常に冷静沈着で何があっても動じることのない人物だ。それなのに、いつもの泰然とした態度と少し違う。何かに気を取られている様子だ。

 ヨハネスが尋ねると、ワイオネルは「うむ」と唸った。


「ガードナーが見合いに出かけた。向こうに四、五日滞在する予定らしい」

「へえ……筋肉好きの令嬢でもみつかりましたか?」


 筋肉男の縁談に特に興味はないので、ヨハネスはどうでもよさそうな口調で言った。

 相手の令嬢が筋肉を見せつけられてトラウマにならないかだけが気がかりだが、それ以外に気になる要素はない。ワイオネルが何を気にしているのかわからず、ヨハネスは目を瞬いた。


「何か問題でも?」

「いや、問題はないのだが……ガードナーがアルムを連れていったらしいと報告があってな」

「はあ!?」


 ヨハネスは身を乗り出してワイオネルに詰め寄った。


「どういうことですかっ!?」

「いや、俺にもわからない。どういうことなんだ?」


 第二王子ガードナーといえば筋肉以外に興味がない脳筋のはずだ。その脳筋が何故、アルムを連れ去ったのか、筋トレでもさせるつもりか。


「そんなの男爵が許さないでしょう!?」

「それが、ダンリーク男爵の許可は得たらしい」

「はあああっ!?」


 ヨハネスは頭を抱えて叫んだ。


(どういうことだ!? これまで俺やワイオネル様が再三アルムに会わせろと言っても黙殺しやがったくせに! なんで第二王子にはアルムを預けるんだ!? アルムがムキムキになって帰ってきたらどうしてくれる!? なんであの筋肉男だけ優遇されてるんだ!? どうなってるんだダンリーク男爵家!!)


 どう考えてもあの脳筋よりも自分やワイオネルの方がアルムにふさわしいだろう。


 絶対に納得できなくて頭を掻きむしるヨハネスだが、ワイオネルもいささか不満そうな表情をしている。


「そっ、それで、行き先はどこです!?」

「ジューゼ伯爵領だ」

「ジューゼ伯爵領……ジューゼ?」


 つい最近、どこかで耳にしたことがある名前に、ヨハネスは記憶をさかのぼった。

 最近、いや、ついさっき、聞いたような気がする。


(ジューゼ伯爵領……王都からさほど離れていない小さな領地だ。隣接するキラノード伯爵領が……って、ああ!)


「キラノードだ!!」


 ヨハネスは拳を握って叫んだ。



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