第10話 のんびり馬車旅
***
初めての遠出だ。
アルムは少しわくわくしていたが、馬車が走り出すと乗り慣れていないアルムはすぐにお尻が痛くなってしまった。
「長時間の移動はきついなあ……よし、こうしよう」
アルムがぱんっと手を打ち合わせると、馬車が馬ごと宙に浮いた。
目を閉じて、地面のすれすれを浮いて前へ進むように調整する。
「こんなもんかな。これで振動はなくなります」
「光の魔力はこんなことも可能なのか! 便利だな!」
揺れない馬車に上機嫌になったガードナーだが、アルム以外の光の魔力の持ち主がそれを聞いたら「無理無理無理無理」と首を横に振るだろう。
ちなみに、急に浮いた馬車に御者は仰天して腰を抜かし、地面に接していないのに前に進んでいるのが不思議なのか馬達はしきりに首を傾げている。
アルムはといえば、のんきに窓から見える外の景色を楽しんでいた。
建物の立ち並ぶ王都とは違い、街道の周りは緑の木々が取り囲んでいて、時折遠くの方にぽつぽつ点在する小さな村が見える。
「お兄様も一緒に来られればよかったのに」
初めての遠出を一緒に楽しめなかったのをアルムは残念に思った。
「はっはっはっ! 兄妹仲が良くてうらやましい限りだ!」
ガードナーがそう言った直後に、馬車の外から声をかけられた。
「申し訳ありません、ガードナー殿下。前方に瘴気が発生しているようです」
護衛の兵士が難しい顔つきで前を睨む。
「こんなところに瘴気だなんて……避けて通らねばならないので、引き返して違う道を行きます。ジューゼ伯爵領への到着が遅れてしまいますが……」
「よっと」
アルムは窓から身を乗り出して、前方の瘴気を綺麗に浄化した。
「これで大丈夫ですよ」
「え? ああ、え、はい」
兵士は前方とアルムを交互に見て返事をした。
一行はそのまま何事もなかったように進んでいく。
「大変です! この先の道が倒れた大木に塞がれていて通れません!」
「よいしょっと」
「怪しい一団が近づいてきます! 野盗です! 危ないので決して馬車から出ずに……」
「えーいっ」
「おかしい……さっきと同じ道を通っている? まさか、邪霊に惑わされているのでは……」
「そこだーっ」
馬車の窓から顔を出したアルムは、道を塞ぐ大木を魔力で持ち上げてどかし、襲ってきた野盗を吹っ飛ばし、人心を惑わす邪霊をみつけて光で散らした。
そんなアルムの活躍によって馬車は足止めされることなく順調に進み、夕暮れ近くになって目的地のジューゼ伯爵領に入った。
「何事もなく進めてよかったですね」
アルムがにこにこしながら護衛の兵士に声をかけると、彼らは何故かとても神妙な顔つきになっていた。
「聖女アルム様の奇跡の御業に心より感謝を……」
「一生ついていきます」
「?」
きらきらした目を向けられて首を傾げるアルムを見て、ガードナーが愉快でたまらないというように笑い出した。
「これはいい! アルムを連れてきて正解だったな! こんなにすんなりと目的地に着くとは!」
ガードナーの見合い相手はこのジューゼ伯爵領の領主の娘だそうだ。
到着は夜になると思っていたのだが、アルムのおかげで予定よりずっと早く到着することができた。
「このまま伯爵家へ行こう。誰か先に行って伝えてくれ」
護衛兵士の一人を先に伯爵家へ向かわせ、ガードナーはアルムに向き直った。
「アルムよ。そろそろ人目が多くなってくるので馬車を地面に下ろしてくれないか。浮いているところを誰かに見られて騒ぎになると面倒だ」
「あ、はい」
確かに、馬が歩いていないのに進む馬車を見られたら驚かれるだろう。
アルムはずっと浮かせていた馬車を言われた通りに地面に下ろした。久しぶりに地面に脚をついて、馬達が右に左に首を傾げる。
「いよいよだな! 胸筋が騒ぐぞ! アルムよ、お前も筋肉の準備をしておけ!」
あいにく、アルムの筋肉は騒いだりしないし、準備の仕方もわからない。
だが、どきどきわくわくしているのは確かだった。
(ジューゼ伯爵令嬢ってどんな人だろう……)
アルムの知る令嬢といえば、かつての同僚三人だ。他の令嬢を知らないので、アルムの基準はその三人である。貴族の令嬢とは彼女達のような存在だろうと思っている。
その基準が普通よりたくましすぎるとは気づいていない。
(仲良くなれるといいな)
ほんのりとした期待を抱いて、アルムは揺れる馬車に身を任せた。
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