第7話 東の国の儀式
***
片想いとは切ないものである。
「はああ〜……アルムに会いたい」
「害虫はー外ー」
手元の書類に判を押しながら独りごちたヨハネスの後頭部に、小さな丸いものがぱらぱらと投げつけられた。
「何すんだコラッ!」
振り返って怒鳴ると、見目麗しい聖女が手に持った四角い入れ物を差し出して会釈をした。
「東の国に伝わるという退魔の儀式ですわ」
「先週もそう言ってよってたかって落花生をぶつけてきやがっただろうが! 娘のおねだりを聞いて大神殿に大量の落花生を差し入れてきたデローワン侯爵ともども許してねえぞ!」
そもそも大神殿に仕える神官を退魔してどうする? とヨハネスは憤るが、聖女キサラ・デローワン侯爵令嬢はすました顔で四角い入れ物の中の丸い豆を見せてきた。
「申し訳ありません。落花生を撒くのは東の国の中でも北部のみの習俗だそうですの。本来は炒った大豆を撒くのが正式なやり方だそうです。勉強不足を恥じておりますわ」
「キサラ様! お気に病まずに!」
「そうです! 落花生だって立派な豆類ですわ!」
「だからっ! 第七王子でもある神官に豆類をぶつけるんじゃねえっ!!」
キサラのそばに控える二人の聖女、メルセデスとミーガンも片手にしっかり四角い入れ物を持っている。どれだけぶつける気満々なんだと、ヨハネスは頭にきて怒鳴り散らした。
大人しく豆類をぶつけられてたまるか。こちとら、初恋の少女に会うこともできずに切ない日々を過ごしているというのに。
「豆を炒っている暇があるなら護符の一枚でも書きやがれ!」
「わたくし達、ノルマはきちんと終わらせていましてよ」
キサラはふん、と胸を反らした。
「だったら聖女らしくその辺で祈ってろ! 俺は忙しいんだ、邪魔すんな!」
「殿下こそ王族らしく少しは鷹揚にかまえてはいかが? 第七王子ともあろう者がか弱い聖女に怒鳴り散らして……」
「か弱い聖女は第七王子でもある神官に豆ぶつけたりしねえんだよ!!」
ヨハネスは拳で机を叩いて言った。
「この後、客を迎える予定なんだよ。それまでに今日の仕事を片づけておこうと頑張ってるんだよ、こっちは! お前らに豆類をぶつけられている暇はねえんだよどっか行け!」
山積みの書類を指して苛立ちをぶつけると、キサラはこてんと首を傾げた。
「以前の殿下は仕事を片づけてアルムにちょっかいをかける余裕がありましたのに、最近は同じ仕事量でもずいぶんお疲れのようですわね?」
「アルムがいなくなって能率が落ちた、とか?」
「アルムがいた時は活力が漲っていた……やだ。アルムから元気を奪い取っていたのかしら、このエナジーバンパイア!」
「悪鬼退散!」
「聖女の敵は外!」
「穢れよ去れ!」
「痛っ……だから豆類をぶつけるのはやめろっ!」
三方向から豆を投げつけられて、ヨハネスは顔面を庇いながら怒鳴った。
数時間後、客人の到着を知らせにきた従者は、豆だらけになった部屋でそれでもなんとか書類の山を片づけて力尽きているヨハネスを発見したのだった。
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