第6話 宰相の謀り事




 ***



 国王代理の第五王子ワイオネルといえば、いきなり寵妃にしてやると持ちかけてくるセクハラ野郎だとアルムは思い込んでいる。


「ワイオネルはアルムと結婚したがっているようだからな。クレンドールはアルムとの仲を取り持つことでワイオネルに恩を売ろうとしているらしい」

「ええー……」


 アルムは思わず呻いた。なんて迷惑な話だ。


「今週末に王都にいる未婚の貴族令嬢は強制参加の茶会を開くつもりのようだ。表向きは国王代理となったワイオネルのお披露目だが、その席でワイオネルとアルムが仲睦まじく見えるように演出し、『若き国王代理と聖女の熱愛』を貴族の間に広めるというわけだ!」

「ふえー……」


 老獪な宰相の目論見に、アルムは背筋をぞくぞくと震わせた。

 ぶるぶる震えだしたアルムを見て、ウィレムは眉間にしわを寄せた。


「そうなるとヨハネスも黙ってはいられないだろうし……俺としては弟達が恋愛沙汰で仲違いするのは見たくないからな。それなら俺がアルムを連れて行こうかと。行儀見習いにきた娘を預かっているということにすれば問題ないだろう」


 ガードナーはそう言って肩をすくめた。アルムは「むう」と口を尖らせた。そんな事情があるなら、いきなり誘拐したりせずに説明してくれればよかったのに。

 そう思って隣を見ると、兄も苦々しい表情を浮かべていた。


 ウィレムはアルムに舞い込む縁談を片っ端から断ってくれているが、国王代理であるワイオネルや宰相が万が一権力をちらつかせてきたらどうすればいいのだろう。男爵程度では太刀打ちできるはずがない。


 ここで第二王子を味方につけておく価値はあるかもしれない。王族であり兄である彼ならば、国王代理となったワイオネルにもものを言える。


「アルムを王都の外に避難させてしまえば、宰相の企みは潰せるだろう」


 ガードナーの言葉には一理ある。

 

「しかし、この筋肉男に大事なアルムを預けていいものか……ごほん。失礼。いきなり知らない土地に行くなど、アルムは心細いでしょうし……」


 王都から出たことのない妹を案じるウィレムを余所に、ガードナーはアルムの方に身を乗り出した。


「アルムよ。王都では『聖女様』と崇められて、なかなか対等な友達もできないのではないか? 俺の見合い相手は十六歳の伯爵令嬢だ。領地で暮らしていて王都のことはよく知らないようだから、お前から王都の話を聞ければ喜ぶかもしれないぞ」

「友達……」


 アルムはその言葉に顔を上げた。


 男爵家の別邸で放置され気味に育ち、十三歳で聖女となって大神殿で暮らしていたアルムには、友達と呼べる存在がいない。

 ガードナーの言う通り、王都では「聖女アルム」の名が知れ渡ってしまっていて、聖女ではなくアルムとして純粋に友達になってくれる相手を探すのは難しそうだった。


「う〜ん。他には……確か、そこの領地は羽毛が特産品だったかな。ははは! 軽くて寝心地のいい布団と枕が手に入るかもしれないぞ!」

「枕……!」


 アルムは思わず目を輝かせた。

 だいぶ回復したとはいえ、アルムは過酷なブラック労働の被害者である。快適な睡眠には人並み以上に魅力を感じてしまう。


「どうだ? 俺と一緒に友達と枕を手に入れにいかないか?」


 ガードナーの雑な誘い文句に、アルムはどうしようか迷ってウィレムの顔を見上げた。

 妹の顔を見たウィレムは、長い沈黙の後で苦渋の決断を下した。



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