第2話 争いは対立から生まれる
***
「絶対に赤だ」
「いいえ。青です」
とある店の中、二人の男女が譲れない戦いに身を投じていた。
「胸を張って断言できる。一番は赤だと」
男はまだ二十代の半ば、鳩羽色の外套を隙なく着こなす銀髪の若者だ。堂々たる態度と品のある佇まいから、貴族であることがわかる。
「こればかりはお譲りできません。選ぶべきは青です」
女は男よりいくつか年上に見える。きっちりと整えられた身なりとまっすぐに伸びた姿勢から、優秀な使用人であると見て取れる。
色とりどりの衣服が並ぶ店の真ん中で、男と女は真正面に向き合って互いに譲れぬ意見をぶつけていた。
「アルムに一番似合うのは赤だ!」
「アルム様に一番似合うのは青です!」
男はダンリーク男爵家の当主ウィレム・ダンリーク。
女はダンリーク男爵家に仕える侍女ミラ。
二人は店の真ん中で顔を突き合わせて睨み合った。
***
発端はこうだ。
この日、ウィレムは異母妹を連れて買い物に出かけた。
ウィレムの異母妹アルムは大神殿の聖女——だった。
聖女に選ばれた者は大神殿で生活しなければならないため、つい最近までアルムとウィレムは一緒に暮らしていなかった。
しかし、いろいろあってアルムは聖女を辞めて大神殿を出た。そして、男爵家で暮らすことになった。大神殿と男爵家の間にちょっとホームレスを挟んだが、それは置いておいて。
とにかく、一緒に暮らしはじめた異母妹が不自由しないように、ウィレムと使用人達は何かと気にかけたり可愛がったり甘やかしたりしている。今日は仕事が休みだったため、アルムの普段着を何着か買い揃えようと思っていた。
せっかくなので家に商人を呼ぶのではなくアルムに街を見せながら歩き、店に着くとウィレムは良さそうなものを何着か選び出して試着を勧めた。
アルムは兄に渡された服を素直に受け取って試着室に入ったが、同行していたアルムの専属侍女であるミラはひょいひょいと目についた服を手に取るウィレムに眉をひそめた。
「旦那様。僭越ながら」
本来なら使用人が当主の選択に口を挟むなど許されないことであるが、アルムに関わることであれば専属侍女として無視できないとミラは覚悟を決めた。
「こちらの青いワンピースもアルム様にお似合いかと」
口を挟まずにいられなかったのは、ウィレムが赤系の服ばかり選んでいたからだ。
赤系の服には可愛らしいデザインが多いため、ウィレムはついそちらばかり手に取っていた。青系の服はそれよりは少し落ち着いているシンプルなデザインだ。
「赤も大変可愛らしくお似合いになるに決まっていますが、やはりアルム様には青がよく似合うかと——」
「は? 何を言っている」
青系を勧めるミラの言葉に、ウィレムは怪訝そうに眉根を寄せた。
「アルムに一番似合う色は赤に決まっているだろう」
「今、なんとおっしゃいました?」
ウィレムの応えに、ミラはかっと目を見開いた。
かくして、戦いの火蓋は切られたのだった。
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