第2部 光の聖女と闇の魔導師
第1話 その少女は元聖女
とある静かな夜、そろそろ日付けが変わろうかという頃。
王都の中央部、貴族の住まう区域にある一軒の家で、一人の少女がぐっすりと眠っていた。
名を、アルム・ダンリークという。
「むにゃむにゃ……」
少女の健やかな眠りを妨げるものは何もない——はずだった。
「うわああーっ! 瘴気だ!!」
突如として静寂が破られるまでは。
「皆、起きろ!」
「瘴気が出たぞ!」
夜の空気を切り裂くような叫び声が続く。その声に起こされたのか、隣近所の人々が家の外に飛び出す音がする。
「んあ?」
アルムも目を覚まし、上半身を起こした。
「ん〜……瘴気?」
寝ぼけ眼をこすりながら、アルムは布団から抜け出して窓を開けた。
すぐ近くに建つ一軒の家が、瘴気に包まれている。
「いったい、どうして瘴気が……旦那様、何しでかしたんです!?」
「先日買った骨董品の箱を開けたら中から瘴気が噴き出してきて……」
家の主人が使用人らしき人物に弁解している声が聞こえた。「怪しいものを買うんじゃない!」という怒鳴り声も。
近隣の家々から次々に人が出てきて騒ぎはじめているようだ。アルムの家でも階下が騒がしい。
ここいらは男爵家や子爵家の家が建ち並ぶ場所だ。高位貴族の家と比べればこじんまりとしていて、家と家との感覚もそれほど離れていない。火事の時に火の粉が隣家に燃え移るように、瘴気も広まりかねないから他人事ではないのだ。
「大神殿に知らせるんだっ!」
誰かが叫んでいる。
放っておいても大神殿の神官か聖女が駆けつけてくれるだろうが、それまでずっと騒がしいのではアルムが困る。
「うるさくて眠れないじゃない。明日はお兄様が街に連れて行ってくれるのに、寝坊したらどうするのよ」
ぶつくさとぼやきながら、アルムは瘴気に包まれた家に手のひらを向けた。
「はっ!」
アルムの手から放たれた光が、家を覆っていた瘴気を散らして消し去った。
「ふわあ〜……これでよし、と」
欠伸をしながら瘴気が消えたのを確認したアルムはこれで寝直せると思ったが、その前に外にいた人々がアルムをみつけて指差した。
「あ! あれを見ろ!」
「彼女が浄化してくれたのか?」
「あの家はダンリーク男爵の……聖女アルム様だ!」
「おお! アルム様が浄化してくださったのか!」
「さすが聖女様だ!」
人々が口々にアルムを讃える。
「アルム様ーっ!」
「聖女アルム様だ!」
「俺達の聖女様!」
『聖女様! 聖女様!』
集まった人々の興奮冷めやらず、『聖女様』コールはどんどん大きくなっていった。
そんな熱いコールを送られたアルムは眠い目をこすりながら眉根を寄せた。
瘴気を浄化すれば静かになると思ったのに、何故かさっきよりもうるさくなってしまった。
『聖女様』コールがいつまでもやまなくて、半分眠っているアルムの機嫌が急下降した。
「もうっ……うるっさいってーの!!」
アルムが怒鳴ると同時に、どこからともなく伸びてきた太い木の根が騒いでいた人々の体に巻きついた。
「なっ!」
「うわっ」
「おわあっ!」
木の根は捕まえた人々をそれぞれの家にぽいぽい放り込み、出てこられないように扉をしっかり押さえた。
「よし。静かになった」
扉を押さえる木の根は夜明けと同時に消えるように設定して、アルムは今度こそ寝直すために寝台に戻った。
すぐに元のように健やかな寝息を立てはじめたアルムの寝顔は、どこからどう見ても普通の少女にしか見えない。
だが、アルム・ダンリークはちょっと普通とは言い難い力を持った——元、聖女なのだ。
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