兄と妹・後
ぱりん、とガラスの割れる音がして、黒い霧のようなものがぶわっと広がった。
「坊ちゃま!」
執事がウィレムを庇って黒い霧を浴びる。その隙に、女は逃げ出した。
「マーク! 大丈夫か?」
「坊ちゃま、近づいてはいけません……これは瘴気です!」
「なんだって!?」
床にはガラス片が散らばっていた。小瓶に瘴気を詰めた呪具を割って逃げたのだ。
執事が瘴気を浴びてしまった。すぐに浄化しなければ、病気になるか、最悪の場合死んでしまう。
浄化するためには神官か聖女を連れてこなければならない。
「ちょっと待ってろ! すぐに誰か呼んでくるっ……」
ウィレムが助けを呼びにいこうとしたその時だった。
執事の腕に抱かれていた妹が、小さな手を執事の額にかざした。
すると、小さな手から柔らかい光があふれて、執事の体を包み込んだ。
「アルム……」
苦しそうに膝をついていた執事が、光に包まれた途端に呻くのをやめて顔を上げた。
「なんと……まったく苦しくなくなりました」
「マーク!」
瘴気の影響は綺麗さっぱり消え去り、立ち上がった執事の腕の中で妹は「きゃっきゃっ」と笑っていた。
乳母は台所でテーブルに突っ伏して寝入っているのが発見された。薬を盛られたのだろう。
ウィレムは妹を膝に乗せて考え込んだ。
女は逃げてしまったし、瘴気は妹が消し去った。男爵は面倒事を嫌って騒ぎにせずもみ消すだろう。
女を雇って妹を毒殺しようとしたのは、おそらくウィレムの母だ。動機は愛人への嫉妬。それと、もしかしたらーー嫡男のウィレムが妹に会いに行っていることを知って、怒りが燃え上がったのかもしれない。
(俺がここに来ると、またアルムが狙われるかもしれない……)
ウィレムと関わらずに成長して、聖女となって大神殿へ行くのが、妹にとっては一番安全で幸せになれる方法なのかもしれない。
「坊ちゃま。そろそろ帰りませんと……」
「マーク。なんで毒を飲まされそうになった時、アルムは泣いているのに光っていなかったんだろう?」
光っていればウィレム以外の者は近寄れなかったはずなのに。そもそも、何故ウィレムだけが近づけるのかわからないが。
「……もしかしたら、あの金色の光はアルム様の心の叫びかも知れませんね」
「え?」
眉をひそめて振り向いたウィレムに、マークがこう言った。
「アルム様は家族に会いたくて、「ここにいるよ」と光って知らせていたのかもしれません。だから、血の繋がったお兄様である坊ちゃまだけが近づけたのでは?」
ウィレムは目を瞬いた。膝の上では、妹がじっとウィレムを見上げている。
(兄として……どうするのが一番、アルムのためになるのか……)
ウィレムは妹をぎゅっと抱き締めて、決意した。
***
ウィレムが廃公園のベンチで金色の光を放っていた妹を迎えに行くことになるのは、その十五年後のことである。
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