真実の愛に目覚めた王子様








 「わたくしが第一王子殿下の婚約者に!?」


 絶世の美貌の持ち主である王子との婚約が決まった時、ビアンカが感じたのは激しい落胆だった。


「ああ~なんでよりによって第一王子なのよ!」

「国王陛下は第二妃様を寵愛しておられますから、第一王子殿下にロネーカ公爵家の後ろ盾をつけたいのでしょう」


 自室で愚痴るビアンカを、侍女のグレースがなだめる。


「前向きに考えましょう。第一王子殿下は女性には優しいですから、お嬢様のことも大切にしてくれますよ」

「女性に優しい? 違うわ。あの男は女性を見下しているのよ。口から出る賛辞は全部嘘っぱちよ」


 女性を侍らせる第一王子はいつも美しい笑みを浮かべているが、その目が空洞のように暗いことにビアンカは気づいていた。


「あんなのと結婚するぐらいなら、第二王子の方がマシだったわ!」

「えええ……? お嬢様はあんな脳筋がいいんですか?」

「第一王子よりは好感度高いわ。筋トレが終わったタイミングでタオルとレモンの蜂蜜づけを差し入れすれば仲良くなれそうだし」

「そんな歌劇『ショウワ国のスポ根王子』に登場するマネージャー姫みたいなのがやりたいんですか?」

「別にやりたいわけじゃないけど……あああ!」


 窓辺に目をやったビアンカが叫んだ。


「グレース! また枯れちゃった~!」


 窓辺に置いた植木鉢の植物が全部枯れていた。嘆くビアンカだったが、グレースは「またですか」と呆れて肩をすくめた。


「どうせ水をやりすぎたんでしょう」

「う……でも、朝と昼と夜にしかあげていないわ」

「あげすぎです! 水なんて土が乾いていたらやるぐらいでいいんです!」


 グレースに叱られて、ビアンカはしょんぼりと肩を落とした。


 いつも大切にしているつもりなのに枯れさせてしまう。こまめに水をやって、日当たりの良い場所に置き換えて、少し大きくなれば大きな植木鉢に植え替えて、と、ちゃんと世話しているのに枯れてしまうのだ。


「構いすぎなんです、お嬢様は! 犬や猫を飼った時だって、構いすぎて嫌われていたでしょう!」

「う……」


 グレースの言う通り、ビアンカはこれまでに飼ったペット達からことごとく嫌われていた。

 飼って三日もすれば近寄ってこなくなるどころか、触ろうとすると威嚇されるのだ。

 人懐こい子犬ですら、ビアンカに抱っこされるのを嫌がって暴れるくらいだ。


 ペット達からしてみれば、朝から晩まで話しかけられ抱き上げられ、一日に何度もブラッシングされては気の休まる暇がない。嫌われて当然だった。


「愛情の押しつけはおやめください。そんなでは将来お子ができた時に、愛情過多の毒親になりますよ!」

「辛辣ぅ……」


 ビアンカだって自分がちょっとばかりやりすぎなのはわかっているのだ。

 でも、好きなものが目の前にあるとどうしても世話を焼きたくなる。


「あーあ」


 憂鬱な気分で、ビアンカは溜め息を吐いた。



***


 第一王子ヴェンデルが巨大な木の根に包まれて帰ってきたと報告があり、意味がわからないながらも婚約者としてお見舞いにいくことにした。


「巨大な木の根って何かしら? あの第一王子、まさか魔女か何かに手を出して怒らせたんじゃないでしょうね?」

「お嬢様。あまり口うるさく叱ってはいけませんよ」

「別にいいわよ。嫌われたって」


 どうせ政略結婚なのだし、お互いに嫌いなタイプなのだから無理して仲良くする必要もない。


「殿下。このような騒ぎを起こしてどういうおつもりですか?」


 顔を合わせるなり小言を始めたビアンカを見て、ヴェンデルはふわあっと柔らかく笑み崩れた。


「ああ、ビアンカ。ごめん。心配してきてくれたんだね、嬉しいよ」


 いつもはビアンカの小言に煩わしそうな表情を浮かべるヴェンデルが、何故かとても嬉しそうにビアンカをみつめてきた。


「殿下……?」

「ビアンカ。僕は気づいたんだ。真実の愛に!」

「……はい?」


 様子のおかしいヴェンデルに、ビアンカは戸惑った。


「いつも私のためを思って注意してくれた君に対して、私はひどい態度を取っていた。心から反省したよ……だから、思う存分に叱ってくれ!」

「えええ……?」

「叱ってくれ! そして『よく出来ました』と褒めてくれ! 頭も撫でてほしい!」

「殿下? いったい何が……」

「ばぶー!」

「ばぶう!?」

「お嬢様! お下がりください!」


 第一王子に迫られるビアンカを守るため、グレースは侍女になる前に参加した各地の武闘大会で「漆黒の輪舞曲ロンド」と恐れられた華麗な回し蹴りをヴェンデルの脇腹に叩き込んだ。


「ぐふっ」


 倒れたヴェンデルとビアンカの間に入り、大事なお嬢様を背中に庇ったグレースは、戸惑うビアンカに告げた。


「お嬢様、危険です! 第一王子はオギャっております!」

「オギャって?」

「男性の中には女性に必要以上に母性を求める輩がいるのです! まさか、第一王子がオギャるタイプの男だったなんて!」


 何がきっかけか知らないが、第一王子は内なる欲望に気づいてしまったらしい。


「撤退しましょう! このままではお嬢様が汚されます! すでにお嬢様にママみを感じている様子!」

「ママみって何!?」

「お嬢様は知らなくていいことです!」


 グレースはビアンカの肩を抱き、退室を促した。とりあえず二人を引き離さなければ。


 第一王子はオギャった。

 かつては口うるさく注意をしてくるビアンカを毛嫌いしていたはずが、一転してビアンカの小言を「愛の鞭」と変換してしまったらしい。


 第一王子ヴェンデルは一気に危険人物に成り下がった。ビアンカには二度と近づけてはならない。

 グレースは瞬時にそう判断し、大事なお嬢様を安全な場所まで連れて行こうとした。

 だが、


「うう……ビアンカ……行かないでくれ」


 倒れたままのヴェンデルが悲痛な声で追いすがった。


「行っちゃやだ……」

「殿下?」


 突然の事態に戸惑っていたビアンカは、常になく弱々しいヴェンデルの姿に眉をひそめた。

 ヴェンデルは倒れたまま、自力で起き上がろうとしない。その状態で、美しい顔を歪めてビアンカに手を伸ばしてくる。


「一人じゃ起きられないよぉ~っ! びあんきゃ~っ」


 あまりにも弱々しいそのさまに、ビアンカの「お世話した欲求」が膨れ上がってぱーんっと弾けた。


「殿下!」


 ビアンカはグレースの腕から抜け出すと、駆け寄ってヴェンデルを抱き起こした。


「いったいどうされたのです? こんなに弱々しくなってしまわれて……」

「びあんきゃ……僕は弱い人間だったんだ! 君に見守られていないと僕な何もできないんだ!」

「まあ……!」


 ビアンカの胸がきゅんっとときめいた。異常事態がもたらした心身不調による不整脈の可能性もなきにしもあらずだが、ビアンカの胸は自分が必要とされていることに悦び高鳴っていた。


「殿下……さあ、お立ちください。いつまでも倒れていてはいけませんわ」

「やだー! なぜなぜしてくんなきゃ、たっちできないよぉ~」

「もぉ~、しょうがないですわねぇ」


 ビアンカは優しい微笑みを浮かべてヴェンデルの頭を「よしよし」と撫でた。

 その様子を眺めていたグレースはエプロンで涙を拭った。


「お嬢様が……運命に絡め取られてしまわれた……」


 とにかく世話を焼きたがる構い性の公女は、みつけてしまったのだ。

 どれだけ構っても手間をかけても嫌がらない――むしろ悦ぶ性癖のバブり野郎を。


「この上は、お嬢様が幸せになるように見守るしか私にできることは何もない……」


 もしもあのバブり野郎がビアンカを不幸にする素振りを見せようものなら、侍女になる前、旅の途中でナイフ一本で野盗を全滅させ「鮮血の交声曲カンタータ」と呼ばれた一夜を再現せねばなるまい。

 一晩中響いた野盗の悲鳴に怯えた近隣の村人達がそう呼んだのだが、もしもビアンカを傷つけたらその時は「交声曲」ではなく「葬送曲レクイエム」を奏でてやる。


 少なくとも今は、ビアンカが嬉しそうにしているので手が出せない。

 グレースはぐっと唇を噛んで目の前の光景に耐えたのだった。



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