第31話 ストレス性パニック発作
***
どうしたらいいかわからないまま、立ち退きの日がやってきた。
緊張の面持ちでベンチに座るアルムを迎えに来たのは、クレンドールを連れたワイオネルだった。
「アルム。既に話は聞いているだろうが、この土地を再開発のために渡してもらわねければならなくなった。もちろん、土地代は君に渡る。それに、行くあてがないのであればこちらで全て面倒をみるつもりだ」
ワイオネルは正妃に云々の話には触れない。アルムのことが気に入っているのは事実だし、周りが言っているように聖女を正妃にするメリットは大きいが、まだ知り合って間もないのだし急ぐ必要はないと思っている。
しかし、アルムに向かってワイオネルが一歩足を踏み出した時、横手から声が上がった。
「ちょっと待ったーっ!!!」
ちょっと待ったコールに思わず振り向いたワイオネルはそこに立っていた人物を見て眉をひそめた。
「……誰だ?」
道の真ん中になぜか磨りガラスの衝立が立っていて、その向こうに誰かが立っている。
磨りガラス越しなのでぼんやりとしか輪郭が見えず、「詐欺被害にあった相談者のAさん」みたいな風情だ。
「ヨハネス・シャステルです!」
「ヨハネス?何故ここに?なんだその磨りガラスは」
「磨りガラスはウニ化対策です!!そんなことより……」
磨りガラスのせいで輪郭がぼやけているため良くわからないが、おそらくはキリッとした顔つきで、ヨハネスは言った。
「ア、アルムは、ワイオネル様には……他の誰にも……渡しませんっ!!」
ヨハネスの声が響いた。
「いくらワイオネル様でも、これだけは譲れません! 俺は……俺は初めて会った時から、アルムが特別だってわかっていた! 一緒に過ごすうちに、聖女としてだけじゃなく、ずっと自分の傍に置いておきたくなって、そのせいで間違いを犯して聖女どもにいびられる毎日だけどっ! あの聖女どもにどれだけ貶されようが落とし穴に落とされようが光魔法で攻撃されようが、俺は諦めない!
だから、アルム! ウニにならずに聞いてくれ!! 俺はずっとお前のことを愛していた!!」
その途端、ごぅん、と大地が揺れた。
アルムはウニにはならなかった。
ただ、彼女の体から眩い金色の光が発せられた。
「何?」
「なんだこれは?」
あまりの眩しさに、目を開けていられずに呻く。
「これは……っ、伝説の大聖女だけが命を対価に使うことが出来たという究極の光魔法! 「金色の救世術」!!」
ちゃっかりグラサン着用で登場したキサラが驚愕の声をあげる。
「なんだその術は!?」
「この金色の光が届く範囲の悪人がすべて改心し病人は回復し魔物は消滅し悪しき力は塵と消えると言われております……」
キサラの説明通り、金色の光に包まれた王国のあちこちで、悪人が心を洗われて滂沱の涙を流して懺悔していた。
「うわあああ、俺が間違っていた!」
「あの事件の犯人は私ですぅ!」
「私がやりました!捕まえてください!!」
さらに、
「怪我が治った!」
「病気だったのに……苦しくない!」
「寝たきりだった娘の目が覚めた!!」
そして、
「ぐああ!なんだこの光は……」
「こいつに取り憑いて悪さしようと思ったのにっ!」
「体が消滅するっ……」
アルムが発する金色の光が様々な奇跡を引き起こしていることを感じ取ったキサラは顔色を変えた。
「まずいですわ!」
「どうした?」
「いくらアルムが規格外の聖女とはいえ、これほどの力を使ってしまったら……命を落としてしまいます!!」
キサラの声は緊迫していた。伝説の大聖女だって命と引き換えに使ったといわれる術なのだ。このままではアルムが死んでしまう。
そう考えた時、パキィィンッと何かが割れるような音がして、次の瞬間、空に美しい女性の姿が現れた。光り輝くような金髪をなびかせた彼女は、胸の前で手を組み目を閉じた。
『私は悪しき魔物によってこの地に封印されていた天界から来た神です。金色の光が魔物の術を無効化してくださったのでこうして自由の身になれました。ありがとう、ありがとう。これで天へ帰れます』
そう言って、彼女は天へ帰っていった。
「ほら! なんか誰も知らなかった封印まで解けちゃってますわ! アルムを止めないと!」
キサラは怒鳴るが、眩い金の光の圧力がすごくて、誰もアルムに近寄れない。
「あ、アルム……」
「聞いてくれアルム!」
口々に呼びかけるが、アルムはぎゅっと目を閉じてベンチの上で丸くなっていた。
アルム自身は大変なことをしている自覚はない。彼女はただ、ここから立ち退かなければならないという悩みと、第五王子と第七王子が目の前にいるというストレスと、第七王子がなんだか長い台詞を喋っていた恐怖で、パニックに陥っただけなのである。
(どうしよう、どうしたらいいの?もうここにいられないなんて。私には、行くところなんかないのに)
自分だけの居場所が奪われる恐怖に、我を忘れたアルムが発する金色の光がさらに強さを増した。
その時、アルムの耳を静かな声が打った。
「何をしている」
アルムははっと目を開けた。
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