第30話 現実逃避と覚悟
「ふう……」
たっぷりと時間を取ってからウニを解除すると、辺りには誰もいなくなっていた。
アルムは肩の力を抜いて、ベンチにもたれかかった。
「どうしよう……」
まさかこの場所から立ち退きを迫られるとは。
アルムには行く場所がないのに。
ぐったりと目を閉じたアルムの脳裏に、幼い頃の記憶がよぎる。
あの日のアルムは、何も考えずにただ膝を抱えてうずくまっていた。
(あの時とは違う。もう誰も迎えに来てはくれないわ……)
幼いアルムに差し伸べられた手は、もう掴むことが出来ない。
自分にそう言い聞かせて、アルムは鼻の奥がつんと痛くなるのに耐えた。
***
「やばいやばいやばい〜……このままではアルムがワイオネル様と〜……」
大神殿の執務室にて、第七王子にして神官であるヨハネスが頭を抱えて転げ回っていた。
「なんとか阻止する方法はないか……? いや、アルムが拒んでくれればいんだが……うん、そうだ。アルムなら拒むさ! 王妃になりたいなんてこれっぽっちも思っていないだろうし! ははは、悩んで損したなぁ〜」
若干無理やり気味に納得して、額の汗を拭う。半分ぐらい現実逃避である。
「情けないですわねぇ……」
「今さら期待などしておりませんでしたけど……」
「ワイオネル殿下にかなわないからって戦う前から勝負を放棄するなど……」
「「「こんな男にアルムは渡せませんわ」」」
「うるさい! 声をハモらせるな!!」
容赦無く現実を突きつけてくる三人の聖女達に、ヨハネスは涙目で叫んだ。せめて今ぐらいは優しくしてほしい。
「アルムが立ち退かなくて済むように、裏から手を回すぐらいのことはしたらいかがですの?」
ヨハネスのあまりの情けなさに、ついつい助言めいたものを与えてしまうキサラだが、ヨハネスは難しい顔つきで眉をひそめた。
「それが……再開発自体は元から意見だけは出ていたし、これを実現すれば経済効果が見込める。クレンドールの計画に落ち度はない。貴族や商人、職人も関わってくるし、俺が手を突っ込んでめちゃくちゃにすることは出来ないし、許されないだろう」
これが個人的な利益や嫌がらせ目的で立ち上げられた計画なら潰してしまってもよかっただろうが、そうではなくきちんと国全体の影響について考えられている。
短い時間でここまでの計画をあげてくるあたり、クレンドール侯マキシムは有能な政治家なのだ。
「計画を潰せないのであれば、殿下にできることはただ一つですわ」
キサラが静かに言った。
「それが何かは、おわかりでしょう?」
ヨハネスは覚悟を固めるように目を閉じ、息を吐いた。
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