第27話 十年前の真実






 捕らえられたサミュエルの供述により、王宮内部の協力者は全て捕らえられた。彼らは城下町にも潜んで瘴気が人体に与える影響を実験していたらしい。アルムが治した感染症の家がそれだった。

 驚くことに、協力者の中に三人の王子がいた。長年王宮で引きこもっていると思われた第三王子と第四王子は父である国王を嫌いサミュエルに情報を流していた。第六王子は偶然にも母である第三妃が犯した罪を知り、腐った王族を滅ぼしたくてサミュエルに協力していたという。

 サミュエルに協力していた者は、皆生前のエリシアに救われ彼女を慕っていた者達だった。


 王弟は幼少の頃から国王より優秀だと言われていた。ただでさえ人望のある王弟と民衆からの尊敬を集める聖女エリシアの結婚は国中から言祝がれた。

 国王と王妃はそれが面白くなかった。


 その悪感情を利用したのが第二妃ルディオミールだ。

 絶世の美貌と詠われた第二妃ルディオミールは、四人の王子を生んだ後も美しさを保ったままだった。王は美しき妃に異常に執着していた。

 ただし、彼女は無理矢理召し上げられたため王への愛はなく、常に冷たい態度を崩さず、第四王子を産んだ後から病と称して王の褥に侍ることを拒絶した。

 王を拒んでも後宮からは出られない。解放されない。鬱屈した彼女には幸せそうな王弟一家が目障りだった。

 王弟は優秀で、聖女エリシアには人望がある。その子供達が大きくなれば、きっと皆「彼らに王になってもらいたい」と思うだろう。という囁き声を、上手く立ち回って国王と王妃の耳に届けた。

 愚かな国王と王妃は、自分達の立場が奪われると疑心暗鬼を生じさせた。そして、不安要素を排除することにしたのだ。


 王妃に命じられて、第三妃カディリナと第四妃サリサが王弟宮に火をつけた。


 カディリナは少女の頃、聖女として大神殿で働いていた。

 聖女に選ばれたことを誇りに思い、懸命に国に尽くしていた。

 だが、一年後にエリシアが大神殿にやってくると、周りは皆彼女に夢中になってしまった。他の聖女も神官達も国民も、皆、エリシアを褒め称えた。

 カディリナがどんなに頑張っても、エリシアには及ばなかった。

 さらに、エリシアは王弟に選ばれて王弟妃となった。

 優秀な弟が聖女を妻としたことに対抗心を覚えたのか、国王から王宮へ上がるように命じられ、カディリナは半ば無理矢理に第三妃とされた。

 すべてエリシアのせいだ。

 エリシアへの恨みと憎しみは、カディリナの胸の中で燻り続けていた。


 第四妃サリサは母親が王太后と友人だったこともあり、幼い頃から年の近いサミュエルと度々顔を合わせていた。何度か遊び相手を務めたこともあり、幼い頃の彼女は自分が王弟妃となるのだと信じていた。

 だが、サミュエルはエリシアと結ばれ、サリサ自身は国王に目をつけられ第四妃として差し出された。

 国王は王弟もエリシアもろとも焼き殺すつもりだったが、それを察知したサリサが事前に王弟が王宮で死なない程度の毒を飲むように計らっていた。


「まさか、そんなことが……」

『思った以上にドロドロしていますね、この国の王族……』


 王弟サミュエルが涙ながらに語った真実に息を飲むキサラの横で、リモート聖女アルムは揚げた芋に塩をまぶしたおやつをぱくつきながら感想を述べた。


 王弟を捕らえたことはまだ王宮に知らせていない。現在はヨハネス、駆けつけたワイオネル、筆頭聖女キサラ、リモート聖女アルムのみで大神殿の中で取り調べを行なっている。

 ちなみに、アルムはヨハネスが見えないように角度を調整しているので心配しないでもらいたい。


「よくわかった。それが真実ならば相手が誰であろうと然るべき裁きを受けさせよう。だが、叔父上が罪のない者まで巻き込んだことはどんな理由があろうと許されない」


 第五王子ワイオネルが厳しい顔つきで告げると、サミュエルは項垂れつつもしっかり頷いた。

 その様子をパリパリ音をさせておやつを食べながら見守っていたアルムは、先ほどから少し気になることがあった。

 王弟の顔を、どこかで見たことがあるような気がするのだ。


(うーん……うん……?)


『あのう、王弟殿下。ちょっとお尋ねしますが、エリシア様は金髪に青い目の美人でしたでしょうか?』

「あ?ああ……そうだが」

『十年前にエリシア様とともに焼け死んだというお子様達はおいくつでしたか?』

「ああ……骨も残らずに焼けてしまったんだ……まだ二歳だったヒンドリーと、生まれたばかりだったドミトリーが……」


 悲愴な表情で肩を落として嘆くサミュエル。


『ヒンドリーとドミトリー……ちょっと失礼』


 アルムは一旦リモートを解除した。



 ヒンドとドミの兄弟は今日も仲良く水汲みをしていた。

 井戸が復活して遠くに行く必要は無くなったとはいえ、重い水を運ぶのは重労働だ。ようやく水汲みを終えて、二人が「ふーっ」と息を吐いた時、青空から大きな木の根のようなものが襲来して、幼子ふたりをくるくると巻き取るとひゅんっと音を立てて空の彼方へ戻っていってしまった。

 一部始終を見ていた貧民地区の住民達は、「ああ、アルムちゃんか」と思っただけで、誰も驚いていなかった。



『いきなりなんですけど、この二人を見てもらえませんか?』


 一旦いなくなったリモート聖女が再び現れたかと思うと、大神殿に木の根に巻かれた少年が二人、出現した。

 何が起きたのかわからずぱちくりと目を瞬かせる少年達と同様に、その場にいたヨハネス達も目を丸くした。

 しかし、ヒンドの顔を真正面から目にしたサミュエルがはっと息を呑む音が聞こえた。


「……エリシアに、瓜二つだ」


 驚愕するサミュエルの声に、ヨハネスも少年達に目を凝らした。

 確かに、大きい方の子供は大神殿の歴史資料室に残されている聖女エリシアの肖像に似ている。それから、小さい方は目の前にいる王弟サミュエルにそっくりだった。


『大きい方が兄のヒンド、小さい方が弟のドミです』

「なんだって……っ」


 サミュエルの声が震えた。


「まだ自分の名前がうまく言えなくて、ヒンドリーは自分のことを「ひんど」弟を「どみ」と呼んでいたんだ……っ」


『二人は気がついたら貧民地区にいて、ずっとそこで育ってきたそうです。おそらくですが、エリシア様は火に囲まれた状況でご自分の身を守るのではなく、お子様達を遠くへ逃がすために聖女の力を使ったのではないかと……』


 アルムが想像を述べると、サミュエルが泣き崩れた。号泣する大人の男を見て、ヒンドとドミはひたすら不思議そうに首を傾げていた。



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