第25話 リモート聖女会議
本日の大神殿の一角では、華やかな茶会が催されていた。
「うふふ。そうなのよ」
「あの時は驚きましたわ」
「それからこんなことも~」
庭から聖女達の華やいだ声が聞こえてくる。
自分の命を狙わずに普通にしていてくれれば、まともな令嬢達に見えるんだがなぁと思いながら、ヨハネスは何気なくそちらへ目を向けた。
バラ園の一角で三人の美しき聖女達が微笑み合っている。
そうして、その三人の聖女達の囲む真ん中あたりの空間に、胸から上だけの聖女アルムの姿がぽっかりと浮かんでいた。
「おいこらぁっ!?」
『ぴゃっ』
ヨハネスが茶会に乱入すると、アルムは小さく悲鳴をあげてその姿がぽんっと消えた。
「嫌ですわ殿下。淑女の茶会に乱入するなど……」
「野蛮な振る舞いですわ」
「せっかくの茶会が台無しですわ」
「やかましいっ!! なんだ今のは!? なんでアルムがいた!?」
廃公園のベンチに座っているはずのアルムが何故、大神殿の茶会に参加していたのか。ヨハネスは聖女達に納得のいく答えを要求した。
「リモート聖女会議ですわ」
「リモート聖女会議!?」
なんだか新しい響きである。
「アルムは離れている相手とも会話できるのか……」
「ヨハネス殿下とは無理ですわ」
「顔見ただけで逃げちゃいましたものね」
「ざまぁですわ」
「やかましいっ!!」
ヨハネスは肩でぜいぜい息を吐いた。
「ああくそっ……リモート聖女会議のことは後でじっくり説明してもらうとして、まずはこないだの感染病の件で……」
ヨハネスが息を整えながらも書類を取り出して説明を始めようとしたが、そのタイミングで邪魔が入った。
「ヨハネス殿下。王弟殿下がお会いしたいとお越しになっております」
聖騎士にそう告げられ、ヨハネスは首を傾げた。
叔父が大神殿にやってくるとは、いったい何があったのだろう。
「チッ。後でまたリモート聖女会議のことを聞きにくるからな!」
王弟を待たせるわけにはいかない。ヨハネスは聖女達を一喝してから来客を迎える部屋に向かった。
「叔父上、どうしたのです?」
椅子に座りもせず静かに立っていたサミュエルに駆け寄った時だった。
不意にヨハネスの視界がぐらりと傾いで、体の奥から不快感と吐き気がこみ上げてきた。
「ぐっ……?」
ヨハネスは床に手をついて呻いた。
周囲にいた聖騎士達もばたばたと倒れていく。
「なんだ……?」
倒れた聖騎士達もヨハネス同様、苦しげに呻いていた。
「この日を待っていたんだ」
一人だけ、その場に立っているサミュエルが、苦しむヨハネスを見下ろして言った。
「叔父上……?」
「実験はうまくいった。王宮と大神殿を包めるぐらいの瘴気も、この十年間で蓄えることが出来たよ」
「何をっ……」
サミュエルは窓辺に近寄ると王宮の方角を見た。そこを包む瘴気を目にすると、うっそりと微笑んだ。
その表情に、ヨハネスはにわかに不安に駆られた。
何故、瘴気が王宮を包むのを、そんなに穏やかな目で、嬉しそうに見ているのか。
「叔父上……?」
「ああ……エリシア……」
サミュエルは陶然と呟いた。
「ようやく、私達の願いが叶う……エリシア。さあ、飲み込んでしまえ。君と私達の子供を殺した愚かなる者どもに報復を!」
サミュエルのその声に応えるように、王宮を包む瘴気がいっそう濃度を増した。
ヨハネスは混乱していた。
いったい何が起きているのかわからない。何故、王宮が瘴気に包まれているのか。何故、サミュエルがその瘴気を「エリシア」と呼ぶのか。
聖女エリシアは王弟サミュエルの妃となり、二人の子を設けた。だが、十年前に火事で子供達もろとも命を落とした。
不慮の事故での無念の死。確かに、瘴気が発生してもおかしくはないが、命を落としたのはあの聖女エリシアだ。彼女が瘴気を発生させたとは考え難いし、清めの儀式もしっかりと行われた。
「今頃、王宮の人間は全員倒れているさ。いい気味だ」
「叔父上?何を、言っているのです……?いつもの、叔父上じゃない。まさか、何かに取り憑かれて……」
ヨハネスは喉をつかえさせながらもサミュエルに訴えた。だが、サミュエルはヨハネスを見もせずに笑い声をあげた。
「まだわからないのか? 私は王宮からも大神殿からも離れて、お前達に復讐するために生きてきたんだ!」
「どうして……」
「私のエリシアと子供達を殺したのが、お前達の父と母だからだ」
ヨハネスは声をなくし、目を見開いた。
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