第22話 お疲れ神官の日常
瘴気とは、人の悪意から発生すると言われている。
一度生まれた瘴気は聖女もしくは神官によって浄化されるまでは消えない。人を恨んだまま亡くなると瘴気の塊が残り、これが幽霊と呼ばれる。故に人が亡くなった際には瘴気が残らないように神官が遺体を清めて神の御元へ送るのだ。
ヨハネスも神官として幾度も儀式に立ち会った。
だから、瘴気を生まないように己を律して生きていかねばならないと、肝に銘じている。
が、
今現在、彼はめちゃくちゃ瘴気を生んじゃいそうに心が荒んでいた。
「第一回! 下衆野郎からアルムを守る聖女会議を始めます!」
「はい! キサラ様! わたくしにはいずれ男爵家を継ぐ従兄弟がおります。真面目で穏やかな人柄で今年で十九になります。アルムにはお似合いかと」
「あら、メルセデス様。でしたら、わたくしの弟などいかがでしょう。アルムとは同い年ですわ」
「弟様は将来は伯爵位を継ぐのでしょう? アルムには伯爵夫人など重荷にならないかしら?」
「アルムなら高位貴族の妻も務まりますわ。でも、のんびり過ごさせてあげたいという気もしますわねぇ」
「ですから、我が従兄弟ならばダンリーク家と同じ男爵位ですもの。アルムも気楽ですとも」
「我が家と長年付き合いのある商会の跡取りなどどうかしら?」
「やはり爵位がないと少し不安ですわ。どこぞの第七王子が権力にもの言わせて召し出そうとするかもしれませんし」
「ああ、嫌ですわ。おぞましい」
「わたくし、鳥肌が」
「そうですわね。「第七王子」ってところが特に嫌ですわ。王位を継ぐわけでもないのに中途半端に権力だけ持っているっていう……」
「ええい!! いい加減にしろっ!! 俺の執務室で茶ぁしばきながら俺の神経逆撫でするんじゃねぇぇっ!!」
ヨハネスは机に拳を叩きつけて立ち上がった。
「ひとが仕事している前でなんの嫌がらせだっ!!」
「あら。わたくし達は本気ですわ」
「アルムのより良い未来を検討しているんですの」
「だっていつまでもあんな寂れた公園に放置できませんもの」
怒り心頭のヨハネスに、聖女達は「ほほほ」と軽やかに笑う。
「放置するのが心配なんだったら、ここに戻せよ! 大神殿が聖女の家だろうが!」
「残念ながら悪魔の棲む家はまだ浄化が済んでおりませんの」
「なんとか汚れを祓おうとわたくし達も努力しているのですが……」
「この間、聖なる煙で追い払おうとしたのですが、効かなかったのかピンピンしていて……」
「こないだ俺の寝室にバ○サン放り込みやがったのはやっぱりテメェらかっ!! やめろ聖女のくせに陰湿な嫌がらせは!!」
言いたい放題やりたい放題の聖女達に、ヨハネスのフラストレーションは溜まる一方だった。
本気で瘴気出そう。
「今、俺が死んだら、絶対にお前らへの復讐心を糧に瘴気が噴き出すぞ……」
「望むところですわ!」
「二度と生まれ変われないように完膚なきまでに浄化し尽くしましょう!」
「そっちの方が手っ取り早くて大歓迎ですわ!」
ヨハネスは頭を抱えて歯ぎしりした。
この聖女ども、いつか目にもの見せてくれる。
暗い誓いを立てながら、ヨハネスは聖女達を追い払って執務に戻ったのだった。
聖女の嫌がらせに負けず執務に励む自分を褒めたいと思いながら、ヨハネスは新たな書類を手に取った。
「また小神殿で問題か……クソがっ。ワイオネル様が即位した暁には使えない貴族の坊々神官どもは全員クビにしてやる……」
現国王は貴族のいいなりで頼りにならない。やはり一刻も早くワイオネルに立太子してもらい、政に関わってもらわなければと、ヨハネスは苦虫を噛み潰した表情で書類を捌いた。
しかし、ワイオネルと言えば、気になることが一つある。
(……ワイオネル様がアルムを気に入っている……かもしれない)
断言はしたくない。だって、ワイオネルがアルムを気に入っていると認めてしまったら、異母弟として、臣下として、ワイオネルに協力しなければならなくなる。
アルムを、ワイオネルの側に置くための、協力を。
「……なんで、よりによってワイオネル様なんだっ」
ヨハネスは頭を抱えて呻いた。他五人の兄弟は全員ろくでなしなのに、どうして唯一ヨハネスよりも器量も能力も勝っているワイオネルがアルムを欲するのか。
(この事実があの聖女どもに知られたら……「第五王子相手なら第七王子など手も足も出ませんわね!ざまぁですわ!ほほほほ!」とか言いやがりそうだ)
やけにはっきりと想像できて嫌になった。
「あの聖女どもに知られないように……そうだ。アルムは男爵令嬢、身分が低いので正妃には出来ない。そもそもアルムは聖女だぞ。寵妃になりたいだなんて思うわけがないし。うん」
ひとり机に肘を突いてぶつぶつ呟くヨハネスの姿はそれなりに不気味だった。
「一刻も早くアルムを大神殿に戻して……それから、ワイオネル様に早く婚約者をあてがえば……」
他人に聞かれたら眉をひそめられそうな陰湿な計画を呟くヨハネスは、ここのところアルムのことを考えたり聖女達と戦ったりするのに忙しく、他のことに注意を向ける余裕がなかった。
少しずつ、少しずつ王宮を包み始めている闇に、気づいている者は誰もいなかった。
それに気づける者がいるとすれば、それはただ一人。
そのたった一人は、ヨハネスが頭を抱える大神殿から遠く離れた貧民地区の公園で、住民から差し入れられた漬け物のキュウリをかじってパリパリといい音を鳴らしていた。
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