第20話 元聖女の孤独なベンチ生活
今日は第五王子が空から降ってきたらしい。
それを聞いたヨハネスは聖女と死闘の末に大神殿を抜け出して王宮へ向かった。
今日はキサラとメルセデスが外回りに出て不在だったので、ミーガン一人が相手だったためなんとか隙をついて抜け出すことが出来た。
聖女と戦わなければ抜け出せない大神殿ってなんだ? 魔王の根城じゃあるまいに。
「ワイオネル様!」
「ん? ああ、ヨハネスか」
私室で一人物思いに耽っていたワイオネルは異母弟の突撃訪問に顔を上げた。
「空を飛んで帰ってきたそうですが!?」
「ああ、そうなんだ。あんな経験は初めてだった」
ワイオネルは風の感触を思い出すように目を細めた。
「アルムですか?」
「ああ。アルムだ」
予想が当たって、ヨハネスは息を吐いた。
王子を空に飛ばすだなんてアルム以外にいないと思った。
「何故、アルムに会いに行ったんです?」
アルムは何の理由もなく王子を空に飛ばすような少女ではない。ワイオネルとの間に何があったのか、ヨハネスは気になった。
ワイオネルは短く息を吐いて行った。
「何故だろうな……アルムに会うと、心が安らぐ気がするんだ……」
その言葉に、ヨハネスは衝撃を受けた。
敬愛する異母兄は、あまり他人と深く関わるタイプではない。その彼がアルムと会うために自ら貧民地区に足を運ぶとは。
嫌な予感がしてたまらない。
「ワイオネル様……それは……」
「それで、アルムに王宮に部屋を用意すると提案したのだがな」
「ええっ!?」
ヨハネスは文字通り飛び上がった。
王子が王宮に部屋を用意するという意味はヨハネスにもわかる。
「ワッ、ワイオネル様っ、アルムはっ、大神殿の聖女であって、その……」
「ああ。わかっている。だが、彼女はどういう訳か大神殿に戻りたくないようだからな」
ヨハネスは「うぐっ」と呻いた。
「アルムをいつまでもあんな寂れた公園にひとりでいさせるのは胸が痛む。出来れば、俺の側に置きたいが……」
「なっ……がっ……おっ……」
遠い目をするワイオネルは、ヨハネスが蒼白な表情でぶるぶる痙攣していることに気づかない。
「アルムがここにいてくれたら、すべてがもっと良くなるような気がする」
ワイオネルはそう言って悩ましい溜め息を吐いた。
ヨハネスは息も絶え絶えだった。
***
夜の貧民地区。
乾燥した風の吹きすさぶ、寒々しい空気が守る壁もなく眠る人々を凍えさせる。
そんな風の吹く中、人気のない寂れた公園の真ん中にぽつりと取り残された古いベンチ。
「ぐぅぐぅ……」
そこに仰向けになって健やかに寝息を立てる少女。
ホームレス系元聖女アルム・ダンリークである。
「ぐぅ~……よひゃねちゅ・ちゃちゅてりゅ~はげろ……むにゃ」
神官を小さく呪詛りながら寝返りを打った。
「はげたのち、あたまぶつけろ……むに……」
ちなみに、ベンチはアルムの能力によって最高級マットレスのごとき寝心地になっている。
「むにゃむにゃ……」
結界の中には風も吹かず、気温も一定に保たれている。毎日ばっちり安眠できる最高の空間である。
ただ、アルム本人がどんなに健やかに安らかに熟睡していたとしても、事情を知らない人間が見ると「うら若い少女がたった一人で治安の悪い貧民地区のベンチで倒れている図」としか思えない。
ちなみに事情を知っている人間から見ると、「ど腐れ神官に大神殿からいびり出された可哀想な聖女が行き場もなく孤独な夜を過ごしている図」である。
どっちにしろ、周囲の人々からは心からの同情を集めているアルムである。
「むにゃ……よひゃねしゅ……しゃしゅてりゅ……しゃっくりがとまらなくなれ~……」
周囲の心配をよそに、本人は孤独なベンチ生活に心から満足していた。
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