第18話 第七王子の相談




ヨハネス・シャステルは執務室に呼び出した三人の聖女の前で静かに立ち上がった。


「お前達に、聞きたいことがある」


 三人の聖女達は眉をひそめた。ここのところ狩る者と狩られる者の関係が定着していた聖女達とヨハネスであるが、元は貴族令嬢と王子である。王子から真剣に命令されれば彼女達が聞かないわけにはいかなかった。


 三人の聖女達を見据えて、ヨハネスは尋ねた。


「その……アルムはどれくらい俺のことを嫌っているだろうか?」


「何か言ってますわよこのウニ男」

「ウニ男の分際で」

「よしなさい貴女達。ウニに対して失礼よ」

「申し訳ありませんキサラ様!」

「ウニに対する配慮に欠けておりました!」

「わかればいいのよ」


 なんと言ってもウニは高級食材。馬鹿にしてはいけないのだ。


「ウニのことはいい! アルムのことを話してるんだ!!」


 ヨハネスは真っ赤になって怒鳴った。

 聖女代表キサラが一歩前に歩み出た。


「今さら、「どれくらい」なんてほざいている時点で殿下の頭は害虫畑ですわ」

「害虫畑ってなんだ!? 普通そこはお花畑じゃねぇのか!?」

「お花畑だなんて、おこがましい……そんなに綺麗なものじゃありませんわ!」


 仮にも王族に対して「お前の考え方は汚れている」と突きつけてくるのはどうなんだと思いつつ、ヨハネスは深呼吸をして心を落ち着かせた。


「つまりだな……アルムがここへ戻ってくる可能性があるかどうかを知りたいんだよ」


 ヨハネスはウニに閉じこもってしまったアルムを思い出して苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。

 ヨハネスの姿を見るなりウニ化してしまったアルムを説得するためには、聖女達の協力が必要不可欠だ。まずはヨハネスの話を聞くように彼女らに説得してもらわなければならない。

 だが、聖女達を自分に協力させることはかなり難しいだろうとヨハネスは理解している。何せ、暗殺者まで雇うぐらい聖女達の中でヨハネスの評価は地に落ちているのだから。


「殿下はアルムの能力が勿体なくてそんなことをおっしゃっているんですの?」


 キサラが少し首を傾けて問いかけてきた。


「いや、俺は……」


 ヨハネスは言葉を濁した。

 この一年間、ヨハネスはずっとアルムを傍に置いていた。誰よりも近くに居て他に目を向けさせないようにした。

 アルムの能力を皆に知らしめたいという望みも確かにあったが、それ以上にアルム自身に対する独占欲もあったのだと思う。今にして思えば。


「俺は、聖女としてでなくとも、アルムに傍にいて欲しい」


 思えば、初めて笑顔を見た瞬間から好意が芽生えていたのだろう。


「殿下……」


 キサラが胸の前でそっと手を組んだ。


「……寝言をほざかないでくださいませっ!! 害虫の分際でアルムに懸想するなど、身の程を知りなさい!!」

「身の程ってどういうことだ!! 王子だぞ!!」


 そう簡単に認められるとは思っていなかったが、案の定キサラ始め聖女達は避難囂々だった。


「わたくしの目の黒いうちはアルムに指一本触れさせませんわっ!!」

「その通りですキサラ様!! おぞましい害虫からアルムを守りましょう!!」

「わたくしも、いざとなったら刺し違えてでもっ……」


 ヨハネス・シャステル。十六歳。

 刺し違える覚悟の聖女を倒さない限り、初恋は実らないらしい。

 前途多難であるが、自業自得である。



***



 王宮の一角、宰相執務室にてクレンドール候は憤怒の形相で書類を睨みつけていた。

 本日提出されたその書類は、『国民に対する適切な食料供給に関する提言』である。

 極めて真っ当な書類である。まともな書類が書けたのかと、まずそこに驚いた。とても第二王子が書いたとは思えない。

 そう、第二王子ガードナーによって提出された書類である。


「何故だ……っ」


 クレンドール候は顔を歪めた。


「何故……第二王子が国民の食糧事情などに興味を持つのだっ」


 先日、適当に理由をつけて聖女アルムを連行するように焚きつけた第二王子は、手ぶらで帰ってくるや執務室に突撃してきた。

 聖女を連れてくるはずだった第二王子は、何故か国中に筋肉の良さを広めるために痩せている国民を太らせると言い出した。


「おのれ、聖女アルム……っ、よもや、筋肉にしか興味のない第二王子を福祉に目覚めさせるとはっ……!!」


 筋トレしている姿しか見たことがない第二王子から「公共の福祉」について質問されたあの日のことをクレンドールは忘れないだろう。


「目指せ貧困撲滅」「国民に栄養を」とスローガンを掲げた第二王子が城中に啓蒙ポスターを貼ってしまった。無論、宰相執務室にもである。


「三年以内に飢えを無くす、だと? 簡単に言いおって!」


 クレンドールはポスターの標語を睨んで吐き捨てた。


 聖女アルムの手練手管によって、第一王子に引き続き第二王子までも見る影もなく変えられてしまった。使える駒が残っていない。第三王子は肥満で滅多に動かない、第四王子は引きこもり、第六王子は何を考えているかわからなくて不気味だ。


「次の手を考えねば……」


 クレンドールは聖女アルムの懐柔を諦めることなく、次なる手を考えはじめた。


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