第17話 第二王子の目覚め




 第二王子がマッチョだった件。にアルムが対応できずにいる間に、貧民地区の住人達がいつものように公園へやってきた。

 彼らは立派な馬車が停まっているのを見て、また誰かアルムの知り合いが来ているのかと思った。


 だが、そんな彼らの目に映ったのは、ベンチに座ったままぽかん、と口を開けている聖女アルムと、彼女に筋肉を見せつけるようにポージングするマッチョな大男だった。

 どういう状況?

 貧民地区の住人達の頭に疑問符が浮かんだ。


「ふははははっ! どうした聖女よ!! この肉体美に声もないか!!」


 アルムはぱちりと目を瞬いた。声もないのは確かだ。


「ふははははっ! そうかそうか!! この筋肉に魅入られて身動きがとれんのだな!! これぞ筋肉の力よ!! 思い知ったか!!」


 ヒートアップする第二王子ガードナーは、筋肉を見せつけつつ、じりじりベンチに迫った。


 端から見ると、筋骨隆々なマッチョ男が、ベンチに腰掛けてぼんやりしている少女に迫っていく図である。


 なんかやべぇ。


 そう思った貧民地区の住人達が思わず公園に駆け寄った。


 第二王子が駆け寄ってくる人々に気づいて、そちらへ注意を向けた。


「——むぅっ!?」


 その目が、驚愕に見開かれた。


 彼の目に入ったのは、貧民地区の住人達の——痩せた体。


 ガードナーは第二王子である。生まれた時から王宮で暮らし、何不自由ない暮らしを送ってきた。食うに困るなど、想像すらしたことがなかった。

 故に、ガードナーは見たことがなかったのだ。貧民と呼ばれる人々を。


 貧民地区の住人達を初めて目にしたガードナーは、あまりのことに声を失った。

 彼はこれまで見たことがなかった。肉のついていない、骨と皮の体を。あばらの浮いた体を。筋肉も、筋肉となるための脂肪もついていない肉体を!


「な……なんということだあぁぁぁっっ!!」


 ガードナーは吠えた。空気がびりびりと震えた。


「脂肪すらないのでは、どんなに鍛えても筋肉にはならんではないかあっ!! 何故、貴様らはそんなにも痩せているのだ!?」


 何言ってんだこいつ。


 貧民地区の住人達は眉をひそめた。


「お貴族様みてぇにたらふく食える訳じゃねぇんだよ」

「それでも、最近は聖女様のおかげで随分マシだけど」

「毎日食うもんがあるだけで有り難いよな」


 口々に言う住人達の言葉に、ガードナーは衝撃を受けた。


 まさかこの世に、筋肉の無い世界で生きる者達がいるだなんて。


「……くっ! こうしてはおれんっ!! この国に筋肉の素晴らしさを普く広めるのが俺の役目っ!!」


 ガードナーは己れの使命を悟った。


「待っていろ!! 俺は必ずっ! この国に筋肉を広めてみせるぞぉぉぉっっ!!」


 よくわからない雄叫びを残して、第二王子は嵐のように去っていった。


 後に残されたアルムは、ぽかんとしたまま去っていく馬車を見送った。



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