第16話 第七王子の自覚
「ふふふ。神殿内の空気が澄んでいるわね」
お茶のカップを傾けながら、キサラがゆったりと微笑む。
「ええ。害虫がいませんものね」
「平和ですわ」
メルセデスとミーガンも満足そうだ。
「しかし、あの害虫こちらに戻ってこないところを見ると、またアルムに迷惑をかけているのでは?」
「やはり害虫は駆除するべきでは?」
「そうね。そろそろ本腰を入れて取りかからねばならないかもしれないわ」
「叩き潰すべきですわね」
「いえ、やはり殺虫剤がよろしいかと」
「死体が残るのは嫌ですわ。焼却処分がよくなくて?」
「よくなくねぇわっ!! 聖女が茶を飲みながら王子暗殺を企てるなっ!!」
美しき聖女達の清らかな茶会に、忌まわしき害虫が乱入した。
「何に本腰を入れるつもりだっ!? 暗殺者を雇うだけじゃ飽きたらず、自らの手を汚すつもりかっ!!」
このままだと殺虫剤と称して毒を盛られたり、焼却処分と言い出した聖女に炎魔法で襲われかねない。
ヨハネスは聖女達の前に立って出来るだけ冷静に口を開いた。
「その……俺のアルムに対する態度が良くなかったことは認める」
さしものヨハネスも、民衆に石を投げられたことで己れの行いが非道なものであると認めることが出来た。
今にして思えば、アルムという存在をみつけたことで舞い上がってしまっていたのだと思う。
彼女が大聖女となり自分がその隣に寄り添う姿を夢想して、アルムの優秀さを知るほどに理想は際限なく高く強くなっていった。
アルムが離れていったことで、ヨハネスは初めて自分の気持ちと向き合った。
自分がアルムに抱いていたものは、途方もなく大きな期待と——独占欲。
自分がみつけた、自分だけの聖女だという想いが、確かにあった。
(そうか。きっと俺は、聖女としてだけではなく、アルムに惹かれていたんだ……)
「はっ!」
「うおっ!?」
アルムを想いしみじみしていたヨハネスは、突如聖女キサラが撃ってきた光の攻撃魔法をすんでのところでかわした。
「何すんだっ!?」
「今、確かに邪な波動を感じましたわ……」
邪悪を討ち滅ぼす聖女の本能が、目には見えぬヨハネスの邪な心を見抜いたのであった。
「アルムのことを考えただけでなんで攻撃されなきゃならねえんだ!?」
好きな女の子のことを考えると聖女に攻撃されるという、なかなかにレベルの高い青春がそこにあった。
概ね自業自得である。
***
いつものようにベンチに寝転がって、アルムはヒンドに言われたことを考えていた。
アルムには帰る場所があると、ヒンドは言った。
(帰る場所なんてないよ。大神殿には帰れないし、私には家なんかないし……)
アルムは一応アルム・ダンリークとダンリーク男爵家の名を名乗っているが、聖女となって以降はダンリーク家とは一切関わっていない。
男爵家から聖女を出したという栄誉にもそれで得られるはずの利益にも、ダンリーク家は手を出してこない。
思えば、ダンリーク家の者はアルムに対して冷たかったが、令嬢として必要な物は与えてくれたし教育も受けさせてくれた。
良くも悪くも、ダンリーク家は極めてまっとうな貴族であるといえよう。
まともな貴族であるが、アルムの家族ではない。
「ここにいればいいんだ。私は……」
アルムは空を見上げて呟いた。
その時、けたたましい音を立てて大きな馬車が近づいてきた。
「?」
思わず顔を上げたアルムの前で、停まった馬車から筋骨隆々な大男が現れた。
「わははははっ!! ここが聖女のいる公園か!!」
地を震わすようなバリトンボイスが響いて、アルムはちょっとびりびりした。
「俺はガードナー・シャステル!! 第二王子だ!!」
大男は肘を曲げて力こぶを作った。金糸の縫い取りのあるきらびやかな礼服がはちきれんばかりだ。ムチムチである。ムキムキである。
「聖女よ!! 第一王子を倒したそうだな!! だが俺は決して倒れん!! お前を城へ連れ帰ってくれよう!! ふんっ!!」
第二王子は何故か筋肉を見せつけるポーズを取った。
アルムはぽかん、とした。
第二王子ガードナーは筋肉の塊だった。自らの体を鍛えることにしか興味のない、脳筋の中の脳筋だった。
アルムがぽかん、としたまま反応を返さないのには理由がある。
第二王子の筋肉だ。
第二王子はマッチョである。膨れ上がった筋肉に日に焼けて黒光りする肌。岩のように大きくごつい大男。
アルムは幼少期を男爵家で過ごした。身の回りの世話をする侍女をつけてもらい、ほとんどその侍女としか会話をしたことがない。異母兄である男爵の姿は時々見かけたが、ごく普通の貴族の若者だった。
男爵家を出た後は大神殿にて聖女と神官と共に過ごした。ヨハネス以外の神官はだいたい皆穏やかで声を荒らげることもない、慎ましやかな人々だった。
どういうことかと言うと、アルムはこれまで貴族的な優男か痩せ衰えた貧民地区の住民しか見たことがなかった。
つまり、アルムは筋肉モリモリのマッチョ男に耐性がなかったのだ。
故に、どんな反応を返せばいいのかわからずにぽかーんとしていたのである。
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