第14話 ウニと王子と新たなる陰謀




 一晩、叔父の家でかくまってもらった害虫ことヨハネスは、日が昇り闇の住人が姿を消したことを確認してから家を出た。

 そしてようやくのことでたどり着いたこの場所で、ついに探し求めていた少女と再会したのだ。

 つややかな銀髪に、ぱっちり見開かれた紫の瞳。アルム・ダンリークがそこにいた。 


 ようやく見つけた。そう思い、彼女に近寄ろうと足を踏み出した時だった。


ギィィィィンッ


「何っ!?」


 アルムの姿が見えなくなった。


 アルムが常に自分の周囲に張っている球型の結界を不透明にしたのだ。周りで見ている者には突然黒い大きな球が出現したように見えた。

 さらに、


ギャンッ


と不穏な音と共に黒い球から鋭い棘が放射状に突き出てきた。


「これは……アルムの防衛本能! 害虫を目にした瞬間に有害な情報をシャットアウトしたんだわ!」


 キサラが叫ぶ。


「では、このトゲトゲも害虫に対する「近寄るな!」というメッセージですのね」


 メルセデスも頷く。


「かわいそうに……この世に害虫が存在するせいで何も悪くないアルムがこんな風に閉じこもらなければいけないだなんて」


 ミーガンが涙する。


「おいコラ! 何を適当なこと言ってやがる!」


 害虫は三人の聖女達を蹴散らして黒い球体に向かって怒鳴った。


「アルム! 出てこいコラっ!!」


 その様子に、三人の聖女達のみならず、馬車を走らせてきた聖騎士も眉をひそめてこそこそ囁き合う。


「見て、あの野蛮なこと」

「品性を疑いますわ」

「所詮は害虫ということですわ」

「あれだけ明確に拒否られてるのに、まだ怒鳴るって……」


 一連のやりとりを見ていた貧民地区の住人達は、最初は何が起きているのかわからなかったが、ヨハネスの態度と聖女達の台詞を聞いているうちにだんだん事情がわかってきた。


「え? つまり、聖女様はいじめられていたってことか?」

「神官が聖女をいびって大神殿から追い出した?」

「それであの子はこんなベンチにいるのか」

「自分で追い出したくせに今更何しに来たんだ?」


 聖女達が聞こえよがしにヨハネスの罪状を上げ連ねるので、徐々に真相が広まっていき、それが住人達の怒りに変わる。

 その場にいる全員から冷ややかな目で見られていることに気づき、ヨハネスは狼狽えた。


「な、なんだ貴様ら……」


 四方八方から二週間放置された生ゴミを見るような目で視線を注がれ、ヨハネスは弱々しく睨み返す。


「あのトゲトゲを見たら拒否られてるってわかるよな?ww」

「どんだけ嫌われてんのwww」

「あんなウニみたいになるほど嫌がられてるってwwww」

「俺だったら心折れるわーwwwww」


 侮蔑と嘲笑がヨハネスに注がれる。

 抜け出したはずの大神殿の空気に似ている。


(何故だ!? 何故、俺がここまで「踏んだら靴底が汚れるから踏みたくないけど目障りな害虫」を見るような目で見られねばならん!?)


 ここ最近、そうした視線しか注がれていないため、ヨハネスの視線に込められた意味を読みとる能力は順調に高まっていた。




一方、ウニの内部では、


「ううう……なんでここにヨハネス・シャステルが……」


 アルムが頭を抱えて縮こまっていた。

 何の用か知らないが、アルムの快適自堕落生活に介入してこないでほしい。


「退職届は出したし、もう何の用もないはず……さっさと帰ってよぉ」


 アルムはぶつぶつと祈りの言葉を口ずさんだ。



 ***




「皆さん! この男が一人の少女をこんなになるまで追いつめた極悪人ですわ!」


「ひどいわ!」

「その上、まだつきまとってんのか!」

「ふてぇ野郎だ!」


 キサラのよく通る美しい声が響き、集まってきた聴衆が諸悪の根源に石を投げる。


「痛っ! テメェら! 王子にこんなことしていいと思ってんのか!?」


「ほほほほ! 世論の力を思い知りなさい!」


 聴衆を扇動している侯爵令嬢は手を緩める気配がない。さしものヨハネスもいったんはこの場を引かなければならないと諦めた。


「くっ……! 俺はっ、アルムを連れ戻すまでは何度でも戻ってくるぞぉぉっ!!」


 醜い執着心をさらけ出しながら、ヨハネスはその場から逃げ出した。


「やりましたわ!」

「追っ払ったぞ!」


 聖女達と貧民地区の住人達の心が一つになった。


 聖女アルムの存在が、彼らの間の壁を取り払ったのである。

 身分差の大きいシャステル王国において、高位貴族と最底辺の貧民が協力した歴史的にも重要な出来事であった。




 ***




 その頃、王宮では宰相クレンドール候が苦々しい思いで書類を睨んでいた。

 第一王子をけしかけて失敗した聖女アルムの懐柔を彼はまだ諦めていない。そこで、アルムの実家であるダンリーク男爵家に話をもちかけてみたのだが、


「聖女となった時点で当家の娘ではなく神の嫁であると認識している……だと? そういえば、ダンリーク家は聖女を出しておきながら、それを利用してのし上がろうとはしなかったな」


 聖女を輩出したというだけで家の格は上がり、付き合いたいという家も増えるだろうに。上手く利用すれば陞爵も可能だ。


(アルムと侯爵家との縁談を匂わせてみたというのに、食いつきもしなかった……聖女を利用するつもりがないのか)


「びあんきゃは僕のどこがしゅき~?」

「もぉ~、殿下ったらこんなところでそんなこと聞かないでくださいまし!」

「教えてくれるまで離さないじょ~」

「きゃっ。いやん」


「ええい!! イチャつくなバカップルども!!」


 目障りな二人を一喝して、クレンドール候は拳を握り締めた。


「こうなったら、力尽くで聖女を連れてこさせよう! 第一王子ほど操りやすくはないが、第二王子を丸め込んでやろう」


 アルムに新たなる脅威が迫ろうとしていた。



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