第13話 家庭内害虫は意外と屋外にもいる
大神殿では一つの巨大な陰謀が進行していた。
「くっくっく……ついにやったぞ!」
大神殿の門の外、穴の中から顔を出したヨハネスは夜空を見上げて笑った。
正門には聖女達による高度結界が張られ、他の脱出口もすべて聖騎士に見張られている。そんな圧倒的に不利な状況であっても、ヨハネスは諦めなかった。
聖女と聖騎士の目を盗み、こつこつとトンネルを掘り進み、ついに今夜、牢獄からの脱出を果たしたのである。
「はーっはっはっはっ! 待ってろアルム! 今行くぞ!!」
穴から抜け出したヨハネスは意気揚々と足を踏み出した。
が、その瞬間、闇を切り裂いて銀色の光が迸った。
「っ!?」
ヨハネスはかろうじてそれを避けた。
土に深々と突き刺さったのは、細い円錐形の剣だった。
「これは——暗器!?」
王族の一員として、ヨハネスはその形状の武器に見覚えがあった。主に暗殺者が使う武器である。
「ほう……避けたか……」
闇の中に、ぼうっと黒い影が浮かび上がる。
黒装束に身を包んだ細身の男——その全身からは何の気配もせず匂いもしない。一目でわかる。闇の住人だ。
「貴様っ……何者だ! なぜ俺を狙う!?」
「我は貴様が大神殿の外に出た場合に速やかに排除せよとの依頼を受けたのみ……依頼主の名は明かせぬ」
「明かさなくてもわかるわ! どうせうちのクソ聖女どもだろうが!! 聖女がっ、闇の暗殺者を雇うんじゃねぇっ!!」
ヨハネスは大神殿を見上げて怒鳴った。
「覚悟っ!」
「くっそ! 明確に俺の命を狙いすぎだぞ、あの聖女ども!!」
ヨハネスは怒りながらも暗殺者から逃げた。大神殿の中には敵しかいない。ならばどこへ逃げるか、一瞬考えた末にヨハネスはある場所を目指した。
大神殿の近くに、ヨハネスが子供の頃からよく知っている信頼のおける人物が住んでいるのだ。
真夜中ではあるが、ヨハネスの知る彼であればまだ起きている可能性が高い。
暗殺者の攻撃を紙一重でかわしながら、ヨハネスは走った。
案の定、窓から明かりがこぼれている屋敷の戸を叩き、扉が開くのを待つ。
「叔父上! 助けてくれ!」
中から現れた壮年の男性——現国王の弟である王弟サミュエルは目を丸くした。
***
よく晴れた朝。
アルムは貧民地区の住人にせっせと野菜を売っていた。
最初は反発した住人達も興奮が収まると大人しく野菜を購入するようになったのだ。
販売が一段落して、アルムが肩を揉みながらベンチにひっくり返った時だった。
ガラガラと大きな音を立てて、二頭立ての馬車が走ってきて広場の前で止まった。
「アルム!」
馬車から降りてきたのは、貧民地区にふさわしからぬ三人の美しく汚れなき聖女達だった。
「無事でよかったわ!」
「魔の手が及ぶ前に会えてよかったわ」
「キサラ様にメルセデス様にミーガン様!」
元同僚の登場に、アルムは目を丸くした。
「何故、ここに?」
「ちょっと大神殿から害虫が逃げ出してしまって」
「アルムが狙われるかもしれないって思って」
「あの害虫……いったいどこへいったのかしら?」
貧民地区の住人達は突然現れた聖女達にあんぐりと口を開けていた。
「そんなに大変な害虫なのですか?」
三人の聖女達の深刻な様子に、アルムも思わず尋ねていた。彼女らは聖女ではあるが、それ以前に高位貴族の令嬢達である。
それが、こんな貧民地区にまで足を踏み入れるほどの事態なのかとアルムはベンチに座り直した。
「いったいどんな害虫が……」
「とってもおぞましい害虫ですわ!」
「ええ! おまけにしぶとくて!」
「今日こそはトドメをさしてやりますわ!」
聖女達はひとしきり害虫を罵った後で、アルムの結界の周りに集まった。
「それよりもアルム。貴方はこんなところで過ごしていたの?」
「まさか屋根もないとは……」
「誰がお世話していますの?」
口々に尋ねられ、アルムは首を傾げた。害虫を探さなくていいのだろうか。
「心配ご無用です。自分のことは自分で出来ます」
「まあ……」
アルムの応えに令嬢達は美しい顔を悲痛に曇らせた。彼女達の脳内では、行き場所のないアルムが寂れた公園のベンチでひとりぼっちで夜風に凍えている光景が実際に見てきたかのようにくっきりと思い浮かんだ。
実際には快適結界生活で高いびきをかいている訳だが、令嬢達の中ではアルムはか弱い被害者なのだ。
「ダンリーク男爵家に戻るつもりはないんですのね? それなら、我が家でアルムを保護しますわ」
キサラがそう言うと、メルセデスとミーガンも賛同する。
「いえ、そんな」
アルムが慌てて断ろうとした。その時だった。
「見つけたぞ! アルム!!」
害虫の声が響きわたった。
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