第11話 元聖女の決意
巨大な木の根に驚いて逃げたのか、集まっていた群衆は一人残さずいなくなっていた。
「……ふう」
第一王子を王宮へ送り届けた後で、アルムはベンチの上でごろんとひっくり返った。空を見上げて、眉をしかめる。
最近、貧民地区の住民はひっきりなしに食料を求めてくる。おかげでアルムはずっと法力を使いっぱなしだ。
それに、彼らの要求がエスカレートしてきたことが気がかりだった。
別に泣いて感謝しろとは言わないが、当然と言わんばかりの態度で作物を持ち去り、あまつさえ「もっと寄越せ」「早くしろ」とアルムを責め立ててくるのは違うのではないか。だって、アルムには別に作物を作って彼らに渡す義務はないのだ。
「……与えられることに慣れてはいけない」
今になって、アルムはワイオネルが危惧していたことがわかる気がした。
「どうしようかな」
アルムが考えなしに食料を渡したがために、貧民地区の住民達は働きもせず努力もせずに日々の糧を得る楽さにどっぷり浸かってしまったのだ。
このままではいけない。
アルムは寝転がったまま考えた。
翌日、やってきた貧民地区の住民達をアルムはベンチに座ったまま出迎えた。
「なんだ。何もないじゃないか」
「早く食べ物を寄越せよ」
住民達は口々にアルムを責め立てる。
だが、アルムは表情を変えずに静かに口を開いた。
「皆さん、私はもう無償で食べ物を配るのを止めにします」
アルムが言うと、住民達が顔色を変えた。
「何言ってやがるっ!」
「落ち着いてください。無償で配るのを止めるだけです。今後は市場の価格の半額で作物を売ります」
貧民地区の住人であっても、一日まじめに働けばいくつかの野菜を買えるはずだ。
「そして、作物を売るのは午前七時からの一時間と、午後五時からの一時間に決めました。それ以外の時間には対応いたしません」
アルムがそう告げると、案の定不満の声があがった。と、同時に、地面からズボォッと生えてきた植物の蔓が絡み合って住民達の前に壁を作った。ぽぽぽぽんっ! と小さな花が咲いて、壁に花文字が綴られた。
『本日定休日』
「あ、月曜と木曜はお休みします」
アルムは壁に向かって言ってからベンチに寝転がった。
住民達の騒ぐ声が聞こえてくるが、アルムは気にしないことにした。もう聖女ではないのだから、恨まれようと嫌われようと構わない。
朝の七時に安い値で野菜を買い、それを正規の値で売れば十分に利益が出るはずだ。そして夕方五時に家族で食べるための野菜を買えばいい。
そうすれば、充分に暮らしていけるだろう。
「……与えられることに慣れると駄目になる、か」
アルムは眉を下げて小さく呟いた。
***
「ねぇ、兄ちゃん」
畑仕事の手伝いを終えて帰ってきた兄のヒンドに、ドミが尋ねた。
「どうした?」
「あのお姉ちゃん、天使様じゃなかったのかなぁ」
ドミはがっかりしていた。貧民地区の皆もがっかりして怒っている。
最初はたくさん食べ物をくれていたのに、急にお金を払わないと駄目と言い出した少女に、他の皆が言うようにドミも不満を口にした。
しかし、ヒンドはそんなドミをたしなめた。
「あの人は間違っていないぞ。むしろ、あの人はとても優しい人だと兄ちゃんは思うな」
「どうして?」
目を丸くするドミに、ヒンドは苦笑してこう言った。
「俺達だけがただで美味しい物をもらっていたら、そのことを他の地区の人達が知ったらどう思うかな。もしも、逆の立場だったらドミはどう思う? ドミは一生懸命働かないと食べ物が買えないのに、他の人は働かなくても食べ物をもらえたら」
「……ずるいって思う」
「そうだろう? だから、俺達もただで食べ物をもらっちゃいけないんだよ。最初は俺達がお金を持っていなくて、倒れそうなぐらいおなかがすいていたから、あの人は食べ物をくれたんだ。だけど、ずーっとあの人から食べ物をもらって生活することは出来ないんだよ」
ドミはまだよくわかっていないように首を傾げた。
「そのうちわかるよ。他の皆も、薄々わかってるんだよ。自分達が悪かったって。あの人は普通の値段よりもずっと安いお金で食べ物を売ってくれるんだ。それだけで、十分すぎるほどだって」
「じゃあ、やっぱりあの人は天使様なの?」
ヒンドは笑って応えた。
「さあな。天使様ではないけど、もしかしたら聖女様かもな」
***
その頃、ホームレス聖女アルムはベンチの上で腹筋をしていた。
「食っちゃ寝食っちゃ寝していたからな~。さすがにちょっとは動かないと体に悪いよね……」
自堕落生活をやめるつもりはないが、お腹に余分な肉が付くのは十五の乙女的によろしくない。
「第五王子が出没したり第一王子が殴り込んできたり、最近は何かと物騒だからな~。鍛えておかないと」
一国の王子達を治安悪い扱いしつつ、アルムは「ふいー」と息を吐いてベンチに倒れ込んだ。
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