第9話 大神殿から出られない
一週間前に来た時とは違い公園に人だかりが出来ているのを目にして、ワイオネルは眉をひそめた。
「何だ?」
近寄ってみると、人々はその手に山のように野菜や果物を抱えている。
市でも立っているのかと思ったが、その様子はない。
人々が作物を抱えて貧民地区へ帰っていくのを見送ると、人だかりの消えた空き地のベンチで疲れた様子で息を吐いているアルムの姿がみつかった。
「アルム」
「うぎゃっ?」
ワイオネルが声をかけると、アルムはベンチの上で飛び上がった。
「な、何かご用ですか……?」
「怯えるな。様子を見に来ただけだ」
何故かぷるぷる震えだしたアルムを落ち着かせると、ワイオネルは空き地を見回して首を傾げた。
「お前が、貧民に食料を施していたのか?」
まさかと思いながら尋ねると、アルムは恐る恐る頷いてワイオネルの目の前ににょきにょきと木を生やした。その木から、桃の実が一つ落ちてきてワイオネルの手に収まり、木はしゅるしゅると縮んでいき土の中に戻って跡形もなくなった。
ワイオネルは手の中のまるまるとしてみずみずしい果実を眺め、アルムが豊穣の女神の寵愛を得ているのだと確信した。
「お前は、毎日ここで木を生やし、作物を配っているのか?」
アルムが頷くと、ワイオネルは難しい表情で黙り込んだ。
アルムはもう王家に関わりたくないのに、何故第五王子がここを訪ねてくるんだろう、と思いながら居心地の悪い思いをしていた。
ややあって、ワイオネルが再び口を開いた。
「まったくの無料で配っているのなら、それはやめた方がいい。お前のためにも、貧民地区の住人のためにも良くない」
アルムは目を瞬いた。
何を言っているんだろう。食べるのにも事欠く貧民地区の住人はアルムの与える作物を有り難がっている。彼らがお腹いっぱい食べられるようになるなら、それでいいではないか。
アルムが納得のいかない表情をしていることがわかったのか、ワイオネルは短く息を吐いた。
「お前は人々を助けているつもりなんだろうし、それ自体は素晴らしく慈愛に満ちた行動だ。だが、お前はまだ幼い。まだ人間を見ていないのだ」
ワイオネルはアルムをまっすぐにみつめて言った。
「人間は、与えられることに慣れてはいけないのだ。お前にも、すぐに理解できるだろう」
そう告げると、ワイオネルは踵を返して去っていった。
その後ろ姿を見送って、アルムは「むう」と頬を膨らませた。
***
大神殿から出られない。
毎日毎日、速攻で仕事を片づけては貧民地区へ向かおうとするのだが、ことごとく聖女と聖騎士達に阻止されてしまう。
意味がわからない。
「なんで、テメェらは俺の邪魔をするんだ!? 神官で第七王子だぞ俺は!!」
ヨハネスは握った拳で机を叩いた。
神官が聖女を迎えにいこうとするのを、何故止められなければいけないのだ。
アルムを迎えに行こうとするヨハネスを、キサラ初めとする三人の聖女達は邪を滅する光の魔法を駆使して食い止め、聖騎士達は落とし穴や執務室の扉を板を打ち付けて塞ぐなどの物理的な方法でヨハネスを外に出すまいとする。
どいつもこいつも戦う相手が違うだろう、とヨハネスは思うのだが、悲しいことにヨハネス以外の者は全員ヨハネスを食い止めることに全力を尽くしている。
「クソォ……早くアルムを取り戻さなければ……!」
「もう、諦めたらどうです?」
「馬鹿を言うな! アルムの力を失うわけにはいかない!」
ヨハネスの言い分に、護衛の聖騎士は呆れ果てたように溜め息を吐いた。
「貴方がそうやって、あの子を道具扱いしているうちは、皆会わせたくないと思いますよ」
聖騎士の言葉に、ヨハネスは振り向いた。
(道具扱い……?)
皆そう思っているというのか。ヨハネスが、アルムを道具扱いしていたと。
(そんな馬鹿な)
ヨハネスは他の誰よりも一番、アルムの力を認め、アルムの存在を必要としてきたのに。
その行動が、周りからはアルムを使い潰しているように見えたのだという。
そんな馬鹿な、と考えつつ、ヨハネスはふと不安に思った。
アルム本人も、そう思っていたらどうする。ヨハネスから酷使され、都合のいいように利用されたと思っていたら。
「いやいや。まさか、そんな……」
ヨハネスは不吉な想像を頭を振って振り払った。
「とにかく、この国にはアルムが必要なんだ。だから……」
「それなら、他の神官を迎えにやったらどうですか? オーリオ神官でもファネル神官でも、ヨハネス殿下以外ならアルム様を迎えにいけるでしょう」
聖騎士に言われて、ヨハネスは口を噤んだ。
聖騎士の言うように、大神殿にいるヨハネス以外の神官に頼んで迎えにいってもらえばいい。
言われるまでもなく、それはわかっているのだが。
「……いや。アルムは俺が迎えに行く」
何故か、それは気が進まなかった。
自分以外の神官は、アルムの真価を知らないのだ。自分が一番アルムを認めているのだから、連れ戻せるとしたら自分だけだ。
ヨハネスは自分にそう言い聞かせた。
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