第8話 元聖女ととある陰謀




「今日こそはアルムを連れ戻しに行くぞ!」


 ヨハネスは集めた聖騎士達にそう宣言した。

 昨日は結局、聖女達に動きを封じられて、それを解くのに体力を果たして動けなくなってしまった。王族になんてことしやがる。


「だが、やつらも大分、力を消耗したに違いない。今日はもう『光環封術』は使えないはずだ」


 ヨハネスはにやりと笑った。今日こそはアルムを連れ戻し、聖女として自分とともにこの国の腐敗と戦わせるのだ。アルムとならば、どんな相手とも戦える。負けはしない。


「よーし! 待っていろアルム!」


 聖騎士達を従えて、ヨハネスが意気揚々と大神殿から飛び出した。

 だが、一歩踏み出した途端、地面が陥没してヨハネスは穴の底に落ちていった。


「な、なんだ!?」

『イェーイ! 大成功!』


 落下したヨハネスの頭の上で、聖騎士達がきゃっきゃっとはしゃぐ声が聞こえてくる。


「なんのつもりだお前ら!!」

「我々は聖女を護るのが使命! 聖女アルム様を護るために力を合わせて悪しき者を地の底へ封じたまでのこと!」

「何が「までのこと」だ!! 王族を落とし穴に落としてただで済むと思ってんのかテメェら!!」

「やーねー。身分を笠に着て脅すだなんて……」

「アルム様のこともいつもこうやって脅していたのよ。野蛮よねー」


 何故か主婦の井戸端会議みたいな口調でヨハネスを批判してくる聖騎士達に、ヨハネスのこめかみに青筋が浮く。


「いい加減にしろ! この国にアルムの力は絶対に必要なんだ! 俺はアルムを連れ戻すまで諦めないぞっ!」


 どいつもこいつも理解していない。アルムがどれだけすごい力を持った聖女であるかを。


(アルムのことを理解しているのは俺だけだ)


 初めて出会った時のことを思い出す。他の聖女達とは違って、控えめに隅の方に立っていた少女は、ヨハネスと目が合うと紫の瞳を丸くして幼子のように純粋に笑ったのだ。

 王族の端くれとして、周りの人間に決して気を許さずに生きてきたヨハネスは、その汚れのない無垢な笑顔に誓ったのだ。

 この国を、この聖女にふさわしい清らかな国にしてみせると。


「アルム……」


 やたら深い落とし穴の底で、ヨハネスは少女の名を呟いた。



 ***




 聖シャステル王国宰相クレンドール候はその報告を聞いて口角を持ち上げた。


「やはり、聖女アルムは神殿を出たのか」


 この好機を逃すべきではない。クレンドールはすぐさま聖女アルムを自らの陣営に引き抜くための方策を講じた。


 クレンドールは高潔で清廉潔白な第五王子の即位を阻止したいという野望を抱いていた。彼は優秀すぎて傀儡に出来ない。

 おまけに、神官となった第七王子は第五王子派だ。このまま第五王子が立太子してしまえば、大神殿を後ろ盾に政教協力体制の元でその権勢は揺るぎないものとなってしまう。


「だが、聖女に逃げられるとは、これは第七王子の明らかな失態だ。第七王子の力を削げば、第五王子も無傷では済むまい」


 クレンドールは低い笑い声を漏らし、聖女アルムの存在を最大限に利用することを決意したのだった。




***



「ぐうぐう……ん?」


 ベンチでお昼寝をしていたアルムは、ざわざわと騒がしいのに気づいて目を覚ました。


「……?」


 公園の周りにぐるりと人だかりが出来ていた。結界でそれ以上に入ってこれない彼らは、畑と化した公園を見て驚愕している。


「な、なあアンタ! この畑、アンタのか?」


 中の一人が、代表して声を上げた。


「そうですけど?」

「た、頼みがある。作物を少し、分けてくれないか?」


 アルムは目を瞬いた。

 彼らは貧民地区の住人なのだろう。みなりはぼろぼろだし、気の毒になるくらい痩せている。作物を分けるぐらいならなんでもない。


「構いませんよ」


 答えると、アルムはぱちん、と指を鳴らした。途端に、大量の果実や野菜が結界の外に飛び出した。人々は歓声を上げて上から降ってきた作物を受け止めた。


「な、なあ、アンタ……聖女様なのか? なんでこんなところにいるんだ?」

「私は聖女じゃありませんよ」


 もう、辞めたのだから。と、アルムは思った。




 ***




「何? 聖女が?」


 王宮の一角で、豪奢な椅子にもたれた麗しい美形の青年が愉しそうに笑った。


「さようでございます。第七王子は聖女アルムと仲違いをして、大神殿から追い出したそうなのです」

「なんてことだ。大切な聖女を蔑ろにするとは」


 クレンドールの持ちかけてきた話に、青年は金の髪を指でくるくる弄んだ。


「まったくもって。第七王子は聖女の大切さを理解しておられないようですな。ヴェンデル第一王子殿下のように、聖女の必要性を理解してくださる御方が傍にいれば、聖女アルムも出奔などせずに済んだでしょうに」


 クレンドールは大袈裟に眉間に皺を寄せて首を横に振った。


「ふむ。そうだな」


 ヴェンデルは秀麗な容貌を歪めて笑った。

 クレンドールはほくそ笑む。王子の中で、もっとも容姿が優れているのが第二妃の産んだ第一王子ヴェンデルだ。

 彼が甘い言葉を囁くだけで、令嬢は思い通りになってくれる。その魅力を聖女アルムを取り込むために使ってもらおう。


「聖女が行き場所もなく不安な目に遭っていると思うと心が痛い。私が助け出し、保護しようではないか」


 自信たっぷりのヴェンデルは、哀れな聖女を救い民衆からもてはやされる己れの姿を想像して愉悦に浸った。



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