第7話 邪を打ち払う光魔法
「何ですって!? アルムが?」
ワイオネルからの報告を聞いたヨハネスは、大神殿の執務室で椅子を蹴倒して立ち上がった。
「貧民地区……なんだってそんなところに……っ」
ヨハネスは拳を握りしめた。
「あの子は何故、一人であんな場所にいるのだ?」
「まぁ……行き違いがありまして……」
ワイオネルの質問にヨハネスが言葉を濁すと、背後に控える聖騎士が「はっ!」と嘲笑うように吐き捨てた。おい、態度。
「と、とにかく、すぐに連れ戻しますので、ワイオネル様はご心配なさらないでください」
ヨハネスはなんとか取り繕い、ワイオネルは自分は大神殿の関係者ではないからとそれ以上は何も言わずに王宮へ帰って行った。
「よし! アルムを連れ戻しに行くぞ!」
「させませんわっ!」
早速、貧民地区へ向かおうとしたヨハネスだが、すかさずキサラの声が響いた。
「何っ!?」
ヨハネスはきらきら輝く光の輪が自らの体に巻き付いて動きを封じたことに、驚愕の声を上げた。
「こ、この術はっ……」
「ええ。これは聖女のみが使える光の魔法……聖女に敵対する者の動きを封じる『光環封術』! 私にも遂に使うことが出来ましたわ!」
姿を現したキサラが手をかざしながら歩み寄る。
「き、貴様っ……!」
ヨハネスが顔を歪める。大神殿で聖女が神官を封じるという前代未聞の事態である。光の魔法は邪を打ち払うための魔法なのだが。
「あなたをアルムの元へは行かせない……決して!」
「な、何故だっ!? アルムは聖女だぞ! 連れ戻して何が悪いっ!?」
「なんて醜悪な生き物かしら……! これ以上、あなたの好きにはさせないっ!!」
キサラは渾身の力を込めて祈った。
「……くっ! 駄目だわ! 私の力では、奴を浄化できないっ……!!」
「神官を浄化してどうするんだっ!? 離せコラッ!!」
なんで自分が倒すべき魔物みたいな扱いをされなければならないのだと、ヨハネスは青筋を浮かべて怒鳴った。
「神よ……私に力を! 聖女に仇なす者に裁きをっ!!」
「「キサラ様っ!! 私達も共に戦います!!」」
「あなた達っ……」
他二人の聖女も駆けつけてきて、三人は力を合わせて敵に立ち向かった。
「だから、なんで神官を倒そうとしてるんだテメェらっ!!」
ヨハネスの怒声が響くが、大神殿の中には聖女達の暴走を止める者もヨハネスを助けようとする者もいなかった。
***
「ん~、昨日の第五王子はいったい何をしに来たんだろう?」
リンゴをかじりながら、アルムは呟いた。
「やっぱり、私を連れ戻しにきたのかな……?」
ベンチの近くに生やしたリンゴの木からぽとぽと落ちては宙にふわふわ浮かぶリンゴに囲まれて、アルムは難しい表情をした。
大神殿に戻るつもりは全くないが、第五王子がやってくるぐらいだから何かアルムに大切な用があるのかもしれない。
「でも、何も心当たりはないしな……」
宙に浮いているリンゴをぽいぽいとマジックバッグに放り込んでいく。
荒れ果てていた公園のひび割れた地面は、アルムの力によって肥沃な大地に変わっていた。ベンチに寝転がったままで土を耕して畑にし、いろいろな作物を育てては収穫した野菜や果物をマジックバッグに放り込んでいる。
もう一つリンゴを食べようとマジックバッグから取り出し、口を開けてかじり付こうとしたアルムは、公園の外に小さな子供が立っていることに気づいた。
貧民地区の住人だろう。薄汚れた服を着て、随分と痩せている。
子供はアルムが手にするリンゴをじっとみつめていた。
アルムはリンゴを子供に向かって放り投げた。
リンゴはまるで宙を飛ぶような動きで、呆気にとられる子供の手の中にぽすっと着地した。
子供は手の中のリンゴとアルムを交互に見て戸惑っていたが、やがてリンゴを大事に抱えて貧民地区の中に走っていった。
それを見送って、アルムはふわぁ、と欠伸をした。
***
神の奇跡によって井戸が復活した貧民地区では、住人達が喜びと安堵に包まれていた。
「しかし、あの風はなんだったんだ?」
「神の御業だろう」
大人達は口々に神への感謝を述べる。ヒンドも心の中で神に礼を言った。
「兄ちゃん!」
「ドミ、どこに行ってたんだ?」
姿の見えなかった弟が戻ってきたが、ヒンドは弟が手にしているものを見て目を見開いた。
「お前、このリンゴどうしたんだ?」
「もらったんだよ! 天使様に!」
「天使様?」
ドミはにこにこと嬉しそうに笑った。
「外の空き地のベンチに寝っ転がってたんだ! 天使様だよ!」
ドミはアルムの姿を思い浮かべて言った。あんなに綺麗な女の人は初めて見た。肌は白くて服も真っ白で、どこも汚れてなんかいなかった。貧民地区の住人しか知らないドミには、清潔な身なりのアルムが天上の存在に見えたのだった。
「すごいんだ! 空き地だったのに、全部畑になっていたんだ!」
彼女はきっと自分達の元へ遣わされた天使に違いない。
ドミはそう信じていた。
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