第2話 第七王子の罪状〜究極の二択を添えて〜




 ヨハネス・シャステルは苛ついていた。


「ったく、どいつもこいつも使えねぇ……っ」


 各地の小神殿から上がってくる報告には相変わらずろくなものがない。この国の神殿が腐敗しているのは知っているが、悪事を働くならせめてもっと狡猾にやれと言いたくなるぐらい稚拙な改竄書類を見て思い切り舌を打った。


「チッ! 本来なら壁になるはずのキラノード小神殿がまったく働かねぇから王都にまで瘴気が入り込んでくるんだろうがっ……おい! アルムを呼べ!」


 がりがりと頭を掻きむしりながら、ヨハネスは背後に控える聖騎士に命じた。

 だが、命を受けて即座に動くべき聖騎士はぴくりとも動かなかった。


「呼べませんよ」

「なんだと?」


 聖騎士は呆れたような目線だけをヨハネスに送った。


「いない者は呼べません」

「はあ? どこに行ったんだ、あいつ。サボってんのかよ」

「何を言っているんですか?」


 ゴミを見るような目で見られて、ヨハネスは眉をひそめた。この聖騎士は王家への忠誠心が厚く、第七王子にして神官であるヨハネスの護衛を長年勤めているのだ。主君をこんな捨て忘れた生ゴミを見るような目で見るような不忠者ではないはずなのだが。


「御自分が、追い出したんでしょうが」

「は?」

「さんざんいびり倒して、嫌がらせに暴言罵倒、パワハラの嵐で心身ともに追いつめて……王子殿下ともあろう方が清らかな少女をいじめ殺そうとなさるとは……」

「ちょ、ちょっと待て!」


 物騒な響きに、ヨハネスは狼狽えた。


「なんの話だ!?」

「ですから、ヨハネス殿下がやらかしたことですよ。神殿内部のことは外に漏らしてはいけないという掟があるから、他の王族へ助けを求めることも出来ず、見ていることしか出来なかった我々も同罪ですがね……あの子が無事に逃げてこんな暴君のいない場所で幸せになってくれればいいですが」

「おい!」


 やらかした、だの、暴君、だのひどい言い草だ。


「逃げたってどういう……」

「殿下!!」


 ヨハネスと聖騎士の会話に割って入ったのは、すごい剣幕で執務室に飛び込んできたキサラ・デローワン侯爵令嬢だった。

 彼女はこの神殿にいる四人の聖女の一人だ。

 キサラは美しい葡萄酒色の瞳を怒らせてヨハネスに食ってかかった。


「アルムを追い出したんですって! この恥知らず!!」

「はあっ!?」


 突然の罵倒に、ヨハネスは椅子を倒して立ち上がった。


「何の話だっ!!」

「神殿中で皆が言っておりますわよ! ヨハネス殿下は本当に最低だ、人間の屑だ、人の心がない!」

「最低! 死ねばいいのに!」

「下水道に詰まったまま三年ぐらい放置されればいいのに!」

「おい!!」


 いつの間にかキサラの他の二人の聖女も加わって、ヨハネスを罵倒してくる。


「王族を下水道にとは何事……いや、そんなことより! お前らなんて呼んでいないぞ! アルムはどうした!?」


 ヨハネスが怒鳴ると、聖女三人と聖騎士はそれはそれは不快そうな表情になった。

 それは例えるなら、台所の排水口からよくわからない虫が這い出てきたのを見た人間が浮かべるような表情だった。


「だから……ここにはもういませんよ」

「……なに?」


 聖騎士が鬱陶しい虫を払うような仕草で手をひらひらさせた。


「あなたが言ったんじゃないですか。「辞めちまえ」って」


 ヨハネスは目を丸くしてぽかんと口を開けた。



***




 浄化や治癒、結界の維持など本来なら他の聖女と分担して行う仕事もすべてアルムに回される。

 本来は聖女がやる仕事ではない山のような書類仕事までやらされた挙げ句「遅い」「字が乱れている。聖女の自覚があるのか」と罵られる。

 聖水を汲むのは交代のはずなのにいつの間にか毎日アルムがやる羽目になっている。

 早朝の祈りにも誰よりも早く来ていなければならず、他にまだ来ていない聖女がいるのにアルムだけが「遅い」と罵られる。

 あまりに疲れすぎていて、昼食後にほんの少し目を閉じていただけで「サボるな」と怒鳴られる。

 疲労と睡眠不足で食欲がまったく無くなっても「聖女が食物を粗末にするなど許されない」と残すことを許さない。

 極めつけには神殿の庭の花が枯れていたことまでアルムのせいにされて叱責された。


 この尋常じゃない酷使に、最初はいい気味だと笑っていた他の聖女達も、徐々に眉をひそめるようになっていき、アルムを手伝おうとするようになった。

 だが、手伝うとまたアルムが叱責されるのだ。


「わたくし達はアルムがここへ来てから、アルムを「男爵家の分際で」と見下し、仲間外れにして時には嫌がらせもしましたわ」

「愚かでしたわ」

「ええ。けれど、一年前にヨハネス殿下がここへ来てから、殿下のアルムに対する悪魔のような仕打ちに、私達は悟ったのです。「身分が上であろうと屑は屑だ」と」


 三人の聖女が読み上げた罪状に、ヨハネスはぱくぱくと口を開閉させた。


(尋常じゃない酷使? 悪魔のような仕打ち?)


 思いも寄らないことを言われて、ヨハネスは戸惑った。


 そりゃ確かに、アルムに仕事を割り振ることが多かった。

 何故ならば、アルムは誰よりも聖女としての資質が高かったからだ。

 ヨハネスはこの国の王族として、自らの力で腐敗した神殿を建て直したいと思っていた。

 そんな理想を胸に宿してこの神殿に来て、出会ったのがアルム・ダンリークだったのだ。

 光を浴びるときらきら輝く銀の髪と、アメジストのような瞳を持つ少女は、神殿の片隅でひっそりと丁寧に生きていた。高位貴族の令嬢に現れることの多い聖女の中で男爵家と身分が低かったせいで周りから見下されていたが、ヨハネスには一目でわかった。アルムの持つ聖女の力は他の聖女より遙かに強い。或いは、歴代最高と言っても過言ではないかもしれない。

 ヨハネスの理想はアルムと出会ってことさら激しく燃え上がった。

 彼は思った。アルムがいれば、この国を変えられる。と。


 だから、一刻も早くアルムの実力を他の者に理解させたかった。

 他の聖女にやらせるよりアルムがやった方が遙かに出来がよかった。聖水もアルムが汲めば治癒力を持ち、護符もアルムが書けば通常の三倍は強固な結界を張れるようになった。


「だから、アルムの実力を皆に認めさせるために、難しいレベルの仕事を課したんだ。それに、誰も気づいていなかったが、アルムの力は日に日に高まっていた。それは修行のたまもので……」

「あれは修行じゃなくて虐待ですわ」

「拷問しておいて「俺のおかげで力が高まった」とか言ってますわよ」

「最低を通り越して外道ですわ」

「いえ、こういうのは下種と言うのですわ」

「あんな人間にだけはなりたくないものですわね」

「頭頂部から徐々に禿げていけばいいのに」


 散々な言われようである。


「ええい、うるさいっ! それで、アルムはどこへ行ったんだ!?」

「知るわけありませんわ」

「もう、そっとしておいてあげてくださいまし!」

「足の爪先から順に謎の毛が生えていけばいいのに」


 三人の聖女は「ふん!」とそっぽを向いて、ヨハネスに背中を向けて執務室を出て行った。

 取り残されたヨハネスは、「禿げてほしいのか毛むくじゃらになってほしいのかどっちだ!?」と混乱した。



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