第24話 伝説の聖女と勇者の力に目覚めた姉妹が怒りを爆発させました
私は、エリィに向かってピシャリと言った。
「思い出すのよ、エリィ。――あなたが聖女になってから、今日までの日々を」
「聖女に、なってから……」
幾度かまばたきを重ねながら、エリィは私の顔をじっと見てくる。
そのまなざしに、私は笑みを返してうなずいた。
「そうよ、エリィ。そうすればはっきりとわかるはずよ。あなたの心の奥底、そこにドス黒く凝り固まりながらも、フツフツと煮え滾っている灼熱の憤怒が」
「え、わかんないよ。お姉ちゃん、一体、何の話……」
「何の話か。それは、もちろん」
私はうなずき、言った。
「あなたの中にある『何がバブバブだ、ふざけんな!』の話よッッ!!!!」
「あ、うん! それならめっちゃあるッッ!!!!」
『ええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??』
エリィが、残像ができる速さでうなずいてくれた。
わかってくれたのね、エリィ!
神様は何やら驚愕しているようだが、一体、その驚きは何なのか。
これこそが、私とエリィを繋ぐ唯一にして無二の強い繋がりだというのに。
まぁ、神様は別にいい。
私はエリィの方に視線を戻して、深く深く、うなずいた。
「そう、あるわよね。あるに決まっているわ。私は半年間。エリィ、あなたにいたってはそれこそ年単位で、いいトシしたオッサン共の赤ちゃんごっこにママ役で付き合わされて、寝不足になったり排泄物の処理をさせられたりしてきたんですもの」
「うん、うん……!」
私の言葉に、エリィが涙ぐみながら何度もうなずく。
その様子を見れば想像がつく。きっと、この子もはけ口が欲しかったのだろう。
溜まりに溜まった鬱憤を、何ら気兼ねなく誰かに吐き出せる機会。
聖女として行動する限り決して訪れることのないそれを、ずっと待ちわびていた。
私にはそれだわかる。何故なら、私もそうだったから。
農村にいる間も、私は癒されながらも、心のどこかにその欲求がしつこく残り続けた。
特にそういった性癖を持たない人間が、行為を強要されることの辛さ。
この場合でいえば、ママ役をさせられること。そのストレスは、まさに想像を絶した。
けれど、私はまだいい方だ。
長くて辛い半年だったけど、それでもたった半年だ。
一方で、エリィは違う。彼女は実に私の倍以上の年月を、ママとして過ごしてきた。
打たれ強かろうと、その状況に順応できようと、ストレスは募り続ける。
しかし、その間も心の底では怒りと恨みと憎しみが醸造され続けていくのだ。
今日までのエリィのそれを思うと、私の胸がチクリと痛んだ。
その痛みが教えてくれる。この一点においてならば、私とこの子は思いを重ねられる。
「――怒らないはずがないわ。恨まないはずがないわ。憎しみを抱かずにいられるはずがないわ。そう、そうよ! その憤激こそが、私とあなたを繋ぐ絆! この世界で、私達姉妹しか共有できない、最大最強最高至高の絶対的究極憎悪なのよ!」
聖剣を掲げて、私は熱弁を振るう。
すると、エリィが瞳を潤ませながら体を震わせて、
「お姉ちゃん!」
私の胸に、飛び込んできた。
「エリィ!」
私は両腕を広げてしっかりと妹を受け止めて、強く抱きしめる。
今ここに、断絶されていた姉妹の絆は固く結ばれた。
共に抱く『何がバブバブだ、ふざけんな!』という穢れなき怒りと憎しみを鎹として。
『え、えぇ~……。そこですか? よりによって、そこなんですかぁ?』
だというのに、無粋にも神様が水を差してきた。
もう少しエリィとの感動の抱擁を堪能していたかったけれど、私は視線を上げる。
「神様、何か、ご不満が?」
『ピィッ!?』
私に見られただけで、空中の神様がビクリと震えた。
随分な反応だ。ただ見上げただけで怖がられてしまうとは、実に心外甚だしい。
「神様、私は別に、神様を虐げるつもりなどありません。何かあるなら、どうぞ」
『え、え~とですね……』
「お姉ちゃん、神様、見た目がブレるくらいプルプルしてるよ?」
神様がこっちを勝手に怖がっているだけだ。私のせいではない。
思いつつ待っていると、神様がおずおず言ってきた。
『あ、あの~、これから、いよいよ邪神討伐じゃないですか?』
「はい」
『で、エリィさんは聖女で、ジョセさんは勇者じゃないですか?』
「はい」
それが、一体なんだというのだろう。
『せっかく聖剣を使うんですから、勇者らしく、正義とか勇気とかを、ですね……』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~……」
『うひゃあ、めちゃくちゃ長い溜息つかれたんですけど!!?』
何を言うかと思えば、本当にしょうもない。
「その、正義と勇気にどんな力があるんですか?」
『へ?』
「ですから、正義と勇気とやらにはどれ程の威力が期待できるのですか?」
『い、威力、ですか……?』
目をパチクリさせる神様へ、私は呆れと共に端的に説明する。
「いいですか、神様」
『はい』
「いかに奇麗事で体裁を整えようとも、これから私達がやることは、敵を殺す。この一点に尽きます。必要なのは、それをなせる威力を見込めるかどうか。正義と勇気でそれができますか? できないのならば、その辺に捨て置いていただけますか?」
『そんなぁ……』
神様が情けない声を出すが、知ったことではない。
「これから起きる事実を、耳触りのいいサーガにするのは、それこそ後世の吟遊詩人達の仕事でしょう。私達は、私達の武器と、矜持と、理由と、力をもって、あそこに暴れる邪神を討ち果たすのみですから。――さぁ、エリィ」
そして私は、再びエリィへと聖剣を差し出した。
柄の上の部分を私が握り、今、下の部分をエリィがしっかりと握り締める。
「やろう、お姉ちゃん」
聖剣を間において、私とエリィが互いにまっすぐに向き合う。
「ええ、そうね。今こそ――」
次の瞬間、聖剣の刀身から、光が溢れた。
『お、おお! ついに聖剣が起動……、って、あれ?』
神様が一瞬歓喜したかと思うと、それはすぐに霧散した。
きっと、聖剣から放たれた光が見るもおどろおどろしい赤黒い色であったからだろう。
そもそも、それを光と呼んでいいものかどうか。
メラメラと燃え立つ炎のようにも見えて、ねばつきながら泡立つ粘液にも見える。
私は寡聞にして見たことがないが、溶岩とは、こういうものなのかもしれない。
見るものにそう思わせる、赤黒いエネルギーの顕現であった。
「感じるよ、お姉ちゃん!」
「ええ、私も感じているわ、エリィ」
いずれにせよ、それこそが私達姉妹の絆の証。
そう、感じている。聖剣を介して、エリィがこれまで感じてきた怒り、恨み、憎しみ。
それはどこまでも激しく、まっすぐで、そして純粋なものだった。
同じように、エリィも感じているだろう。私の中に脈づき、渦巻く、激情を。
「……そうよ」
エリィが、小さく言った。
「何が、何がバブバブよッ! 王太子殿下の婚約者になったんだから、もっとチヤホヤされて当たり前なのに、何で私がチヤホヤする側に回ってるのよッッ!!!!」
鋭く尖るエリィの目つき。剣呑とした気配が、彼女の全身から解き放たれる。
聖剣の刀身が纏うエネルギーが、一気に増大して激しく荒れ狂った。
そのエネルギーの余波が圧となって風を生み、私の髪を軽く舞い上げる。
こうして、妹が抱えていた憤怒を全身で実感し、私は不謹慎にも少し嬉しくなった。
今、私とエリィは、確かに思いを共有している。
たった一つの感情を分かち合えている。それが何より、嬉しい。だから、
「そのことだけは、感謝しますわ。陛下」
告げて、私もまた聖剣へと、己の感情を注いでいった。
刀身を覆う赤黒いエネルギーは果てしなく濃度を増していき、それはもう、どう見ても闇、もしくは黒、としか形容しようのないものへとなっていった。
『色合いがおぞましい……』
神様がドンビキしているが、これは生存戦争である。手段など何でもいいのだ。
相手が神だろうと、手段がおぞましかろうと、仕留めれば勝ち。明快な道理である。
「お姉ちゃん!」
「なぁに、エリィ?」
刀身から放たれるエネルギーが増大する。
「私、あの連中、マジブッ殺したい!」
「そうね、私もよ、エリィ」
刀身から放たれるエネルギーが増大する。
「私より年下なんて誰もいないのに、毎晩毎晩、ぐずりやがって!」
「そうね、こっちの寝不足なんてお構いなしにぐずっておねしょしてたわね」
刀身から放たれるエネルギーが増大する。
「普段はエラそうにふんぞり返ってクセに、ベッドじゃ寝返り一つできないとかさぁ!」
「そうね、そのたびにギャン泣きして、こっちの鼓膜を壊しにかかってたわね」
刀身から放たれるエネルギーが増大する。
「私におっぱいをせがむんじゃないわよ! それはガチでセクハラでしょうが!」
「そうね、おっぱいをせがむのはクラブでも禁止だったけど、いたわね。時々」
刀身から放たれるエネルギーが増大する。
「やっと終わったかと思ったら、次のバブバブがもう準備万端だしさぁ!」
「そうね、一回一時間で決まってたわよね。システム的には完全に水商売よね」
刀身から放たれるエネルギーが増大する。
「だからね、つまりね、お姉ちゃん!」
「そうね、ちゃんとわかっているわよ、エリィ」
刀身から放たれるエネルギーが増大し――、
「「人に、性癖を、押し付けるなァァァァァァァァァ!!!!」」
臨界を迎えたそれが、ついに爆ぜる。
『うひゃあ……』
増しに増して、ついには漆黒の火柱となって天を衝いたそれこそ、神殺しの刃。
先代ではなし得なかった、聖女と勇者の完全なる聖剣励起――、
「これが、ファイナル・ゴッド・フュージョン」
身を寄せ合い、二人で聖剣を握りながら、私とエリィは漆黒の火柱を見上げた。
すると、その先に黒い鋼鉄の巨人が見える。その顔と、ばっちり目が合った。
『何、……ザマス?』
久しぶりに聞いた気がする、陛下の声。
それは戦慄によって凍え、恐怖によって震えていた。
肌で感じているのだろう。
私とエリィとが織り成すこの黒い火柱が、己を滅ぼすものであることを。
『な、何たる邪悪な波動。……これは、人のなしたものだというつもりザマスか!?』
「視点からしてすでに愚かしさに満ち溢れていますわね、陛下」
たじろぐ陛下に、私は告げる。
「この力は、私とエリィの中にあるバブバブへの怒りが具現化したもの。元をただせば、その原因はバブバブクラブにあるのです。つまるところ、身から出た錆でしょうに」
『黙れ、負け犬がザマス。あたくしの崇高なる教えを解することもできぬ劣等が、よくもまぁホザけたもの! 母性の何たるかも知らぬ分際で――』
「あ、いいよ。もういいから」
言葉を続けようとする陛下を、だが、エリィが一言で遮った。
「どうせもう、口でもバトルでも勝てないんだから、巻き入れてくれない?」
続けられたそれは、現役聖女による、圧倒的高度を誇る上から目線だった。
ここまでの鮮やかな見下しは、私ですら見たことがない。
エリィ、何だかんだ言いながらも、あなたも立派に公爵家令嬢なのね。
お姉ちゃん、ちょっと感激しちゃった。
『ぬううううううううおおおおおおおおおおおおおお! おのれ、負け犬令嬢が! 脳みそツルツルゼラチン聖女めがァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
そして、言い負かされた陛下は、ついにキレてこちらへと突撃してきた。
『何故、どうして理解できぬザマス! この母の愛を、赦しを! それこそが万民の求めるものであると、どうしてわからぬザマス! 現実の辛さに、苦しいだけの世界に、人は癒しを求めて己の性癖に目覚める! けれど、それは影。決して表に出せない、己の歪みの一端だと、皆が認識しているのザマス! やっと目覚めた己の本性にそんな評価を下すしかないなんて、そんなのは寂しすぎるザマス! だからこそのあたくし、だからこその聖母神バブェル・バルゼバブ・バァル・バズズなのザマス! この世界であたくしだけがあらゆる性癖に赦しを与えられる存在、つまりは世界の闇を切り拓く無二の光! ロリを、ショタを、ケモを、触手を、メスガキを、わからせを、あらゆる分野の、あらゆる性癖を、あたくしだけが許容する。それこそが、至高の母性! 性癖なるもの全ての母! バブバブのバブバブによる、バブバブのための、バブバブ、バブバブ、バブバブバブバブバブバブバブバァブバァブバァババババババブブブブブブブゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!』
けたたましい奇声を発し、鋼鉄の巨人が襲いかかってくる。
それに対して、私も、そしてエリィも、その表情は妙に落ち着いていた。
きっと、やるべきことも言うべきことも、全て決まっているからだろう。
私が聖剣の柄を握る手に力を込めると、エリィもうなずいて、手に力を込めた。
「いいわね、エリィ」
「うん、お姉ちゃん!」
共に前を見据え、私とエリィが黒い火柱を噴き上げている聖剣を、限界まで掲げた。
『バブバブバブバブ! ババブ! バブバブ! バブバブバブバブバブバブバブバブバブバブバブッ、ババブバブブブバブバブバブバブブババブバブバブ、バババババババババババババババババババババババァブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!』
狂乱と共に、巨人が迫る。
轟く雄叫びは、まさしく暗黒性癖邪神のもの。
オムツをなくし、神たる証を失ってなお、邪神は聖母を名乗り続けた。
その姿勢はまさにママ。バブバブの、バブバブに相応しき、バブバブと言っていい。
しかし、だからこそ私も、そしてエリィも、何も感じることはない。
だってバブバブバァバの教えは、すでに破綻しているのだから。
人に性癖を押し付けることもいとわないような教えが、正しいはずがない。
バブバブバァバには性癖を語る資格など最初からなかったのだ。
『バババブバブバ! バブバブバブバブ! バブブブババババブブバブバブバブバ、バブバブバブバァバブバブバブバァァァァァァァァァァァァ――――ッ!!!!』
それでもバブバブの声を響かせる邪神へ、私達から言うことは一つしかない。
「「何がバブバブだ、ふざけんなッッッッ!!!!」」
そして、私達は聖剣を振り下ろした。
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