第22話 伝説の聖女の力に目覚めた妹がついに勇者と出会いました

「おねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 久しぶりに聞いた妹の声に、私は思わず、笑みをこぼす。

 私はジョゼット。

 大陸列強ハイデミットの公爵家の長女として生まれ、少し前まで隠居していた女。


 色々あって、私は王都から一度逃げ出した。

 でも、今、こうして私は戻ってきた。戻って、そして王都を見渡している。


 二年ぶりに戻ってきた王都は、それはひどい有様だった。


 王都の中心であり、国の中心でもあったランドマークの王宮がなくなっている。

 そこは大きくえぐれて、巨大なクレーターになっていた。


 王宮の周りはほとんど崩壊して、めくれ上がった地面がそのまま見えている。

 そこには、土砂や瓦礫が山と積もっていた。


 さらには王都に住んでいる市民達。

 私から見える範囲で、ただ一人を除いて、全員が幼児退行を引き起こしていた。

 いや、そんな生易しいものではない。完全な赤ちゃん返りだ。


 そんなことになっている原因は、実に明快。

 私が見ている先に立つ、巨大な漆黒の巨人である。

 今もなお、何やら激しい曲調の子守歌を垂れ流しているそれが、全ての元凶だ。


『ふぁ、ふぁふぁふぁ……、誰かと思えば、公爵家の負け犬令嬢ザマスか』


 黒い巨人から聞こえてきたのは、この国を統べる王の声。

 いや、違うか、正確にはその王の中に潜んでいる邪神の声、か。


 鋼鉄の巨人が何なのかは知っている。

 というか、股間にはいている黒いオムツを見れば、一発で推測できてしまう。


 王都の状況と市民達の姿、そして、オムツをはいた元王宮の大巨人。

 どうしようもなく恥ずかしい。どこに出しても恥ずかしい。間違いなく恥ずかしい。


 私は、悟らざるを得ない。

 大陸にその名をはせた列強国ハイデミットの威光も、もはや風前の灯火なのね。


 ――だったら。


 今から、汚濁にまみれ失墜したハイデミットの名に、この私がトドメを刺す。


「総員、行動開始」


 崩れかけた家屋の屋根に立つ私が、スッと軽く右手を挙げる。

 すると直後、遠い場所から派手な音がした。


「ひゃっ、な、何!?」


 音に驚いたエリィがビクリと震える。

 そうして身を縮こまらせたあの子からは、きっと見えなかったろう。

 空に大きく弧を描き、鋼鉄の巨人めがけて飛来する幾つもの攻撃魔法の光は。


 そして、巨人の顔面に真っ赤な爆炎の花が咲く。

 轟く激音が、王都全体に響き渡った。同時に、子守歌が途絶える。


『ぬゥゥ!!?』


 巨人を操る邪神も、いきなりの事態に些か驚いているようだった。

 しかし、そうやってにわかに動揺している間にも、光は次々に巨人へと襲いかかる。


「きゃああああああああ、何よ、何なのよぉ!?」


 両手で頭を抱えたエリィが、その場に座り込むのが見えた。

 すぐにでも逃げてほしいところだけれど、居場所がわかるのは好都合でもある。


「突撃、突撃ィィィィィィィィィ――――ッッ!」

「王都の民を救うのだ。正義は我らにこそありィィィィ――――ッッ!」


 巨人の表面に次々爆発が起きる中、幾つもの蹄の音がそこに重なる。

 馬に乗った無数の騎士が、城壁を超え、ハイデミットの王都へと進撃してきたのだ。

 彼らは、赤ちゃん返りしている市民を助け上げ、安全圏へと避難させていく。


『な、こ、これは……ッ!』


 邪神の声ににじむ、かすかな狼狽の色。

 それはそうだろう。何故なら、騎士達がかざしている旗、それは――、


『エ、エルトラントに、ヴァーゼルデン! それに、ハイデミットの旗も!?』


 そう、それはハイデミットと戦争をしていた隣国エルトラントの旗。

 そこに加えて、高みの見物を決め込んでいた第三国ヴァーゼルデンの旗も。


 さらに、エルトラントと肩を並べることなどあってはならないはずの、ハイデミット。

 その三国による合同軍が、今、この王都に押し寄せているのだ。


 王都の外では、同じく連合を組んだ各国の魔導師達が、攻撃魔法を唱え続けている。

 少しでも、あの漆黒の巨人をその場に押し留めようという狙いだ。


『負け犬令嬢、ジョゼット。貴様、まさかこの国を――』

「ええ、売りましたわ」


 屋根の上で私が言う。

 その顔に、エスティノ村ではついぞ浮かべなかったあくどい笑みを湛えながら。


「不肖、公爵家長女ジョゼット、この国を滅ぼしに参りましたわ、陛下」

「そ、そんな……、おねえ、ちゃん……?」


 告げた宣言に、エリィが顔面を蒼白にする。

 あの子にとって、それは信じがたい内容だったのだろう。しかし、真実である。


『ふぁ、ふぁふぁふぁふぁふぁ! 破廉恥、まさに破廉恥の極みザマス!』


 攻撃魔法を無数に浴びながらも、巨人がまるで揺るがず軽く笑い飛ばす。

 さすがに邪神のご神体とも呼ぶべきもの。

 これだけの攻撃をまともに受けながらも、ダメージなど微塵もないようである。


『妹を救いに来たかと思えば、まさか、売国奴になり下がっていようとは!』

「なり下がったのは、お互い様ですわ」


 屋根の上の私が、軽く肩をすくめた。


「まさか、祖国が邪教の総本山になっていただなんて、前代未聞の醜聞です」

『黙るザマス。この国だけではない。あたくしはこれより、大陸全土に性癖の福音をもたらし、争いのない夢の永劫楽土を築き上げるのザマス!』


「そんなこと、私が許すとお思いですか?」

『何故、売国奴ごときの許可を取らねばならんのザマス。ナメた口を叩くな!』


 ズドン、と、巨人が一歩前に出る。それだけで王都全体が軽く揺れた。

 攻撃魔法の雨を全身で受けながらも、巨人はそれを意にも介していないようだ。


『売国奴の負け犬が、どんな口車で敵国の連中を丸め込んだかは知らんザマスが、オギャりも知らぬ健常者の軍隊風情が、この究極聖母守護合体を倒せるとは思わぬことザマス! 我が唯一の脅威なくして、このあたくしが沈むことなどあり得ぬザマス!』

「でしたら、その脅威をもって、私はあなたを下し、この国を滅ぼしましょう」


 言った私の隣の、一人の青年が姿を現す。

 煌びやかな純白の鎧と真っ赤なマント。右手には、金色の光に包まれた一振りの剣。


『――まさか』


 彼を見た邪神の口から、小さく言葉がこぼれ出た。

 そこには、これまでで最も大きな驚きがありありと表れていた。


「彼に見覚えがありますよね、陛下。――いえ、暗黒性癖邪神バブェル・バルゼバブ・バァル・バズズ。そうです、彼こそは新たに神に選ばれた勇者、その人です」

「え……!?」


 私が紹介すると、邪神だけではなくエリィも驚きの声をあげた。

 あの子からすれば、そういう反応にもなるか。そう思いながら、私は巨人を見上げる。


「改めて自己紹介を」


 屋根の上で、私は恭しく一礼してから、朗々と告げた。


「エルトラント、ヴァーゼルデン、ハイデミットの三国とエスティノ村からなる邪神討伐軍。正式名称、第二次エスティノ義勇軍総司令官、ジョゼットと申します」

「そして、俺が今代の勇者――、トマス・エスティノだ!」


 私の隣で、勇者として着飾ったトマスさんが、右手の剣を高く掲げた。

 すると、それに応じるかのように、剣が激しく輝き出す。


『おお、おおおおお! まさか、勇者! 勇者エスティノ! まさかッ!?』


 邪神の目は、完全にそちらへと釘付けになっていた。

 私が欲しかったのは、まさにその反応だ。


 今しかない。

 そう判断して、私は屋根の上の『私』から視線を外し、物陰から一気に走り出す。


「エリィ、こっちよ!」

「きゃあっ!」


 屋根にいる『私』とトマスさんを見上げて固まっていたエリィの手を掴んで、私は別の物陰まで走っていった。王都が半壊しているおかげで、隠れられる場所に事欠かないのは不幸中の幸いというべきか、何というか。


「何? 何? だ、誰……?」


 私に強引に連れてこられたエリィが、目を白黒させている。

 そういえば、バレないようにフードで顔を隠していたんだった。私はフードを外す。


「私よ、エリィ」

「お、おねえちゃん……!? あれ、屋根の上のおねえちゃん、は……?」


 目の前の私と屋根にいる『私』とを交互に見ながら、エリィはますます混乱する。

 そんな彼女の反応に、私は軽く笑って答えた。


「屋根の上の『私』は、マリシアよ。ちょっと、変装の魔法で私になってもらったの」

「な、どうして、そんなことを……?」


 説明をされて、エリィの疑問はさらに加速したようだった。

 まぁ、肝心な部分はまだ何も話していないし、そんな反応にもなってしまうか。


「まず、大事なことから言うわね。あそこにいるトマスさんだけど」


 私は、屋根の上で剣を輝かせているトマスさんを指さした。


「彼は勇者じゃないわ」

「え……、じゃあ、本物の勇者は――」


「私よ」

「えええええええええええええええええええええええええええええ!!?」


 エリィは驚愕するが、事実だ。

 エスティノ村でのあの夜、降臨した神が勇者に選んだのは彼ではなく、私だった。


「神は語られたわ、勇者として選ばれるために必要な資質。それは、誰よりも勇気を振り絞って手段を問わず目的を達成しようとする心を持てる者だ、って」

「え、それ、って……」


 私はうなずく。


「そうよ。かつての勇者エスティノは、自分が惚れた聖女にいいところを見せるために勇気を振り絞って邪神を背後から不意打ちして暗殺することに成功したわ。それと同じように、私も新たな勇者として不退転の決意となけなしの勇気をもって、手段を問わず、いかなる犠牲を払おうとも、その屍を踏み越えて必ず目的を成し遂げて見せるわ」

「それ、勇気かなぁ? 本当に勇気って言っていいのかなぁ……?」


 私の説明に、エリィは眉間にしわを寄せて首をかしげた。

 この子にはまだわからないのでしょうね。本当の勇気というものの意味が。


『あのぉ~、そろそろいいですかぁ?』

「ひゃっ、誰? 何?」


 いきなり割り込んできた第三の声に、エリィが飛び上がる。

 声の主を知る私は、小さく息をついて、声を発した相手の方を見た。


「まだ、説明の最中だったのですけど」

『そんなこと言わないでくださいよぉ~、ジョゼットさ~ん……』


 気弱な物言いで喋りながら、声の主が広げた私の手の上に降りてくる。


「小鳥? 今喋ったの、この子……?」


 エリィが目を真ん丸にして、声の主を凝視した。

 彼女の言う通り、それは真っ白い小鳥だった。よく見ればその身が淡く光っている。


「神様よ」


 私は、小鳥の正体を端的に告げる。


「え……?」

『はい、あの、神様です。エヘヘ……』


 固まるエリィの前で、小鳥は可愛く首をひねった。


「前回の邪神討伐のときに、邪神を討ち果たしきれなかったクソダサ野郎を勇者に指名した結果、王家は邪神に乗っ取られるわ、王都は邪教の巣窟になるわ、結局、そのツケが回って今の時代で私達がこんな苦労をしなくちゃいけなくなるわで、どの角度から見ても勇者にする人間を間違えたとしか思えない、いわば全ての元凶とも呼ぶべき、任命責任を全く果たせていない、そのクセ、自分は邪神の力が活性化してる影響で矢面に立つことさえできない、虚弱で惰弱で厄介ごとを他人に押し付けるしか能がない卑怯者の神様よ」

『やめてェ! お願いだからもうやめてェェェェェェェェェ!!?』


 神様の紹介をしたら、神様は私の手の上でのたうち回り、エリィは顔を青くした。

 何故だろう、ただ事実を話しているだけなのに。


「おねえちゃん、あの……?」

「ええ、そうよ、エリィ。私は勇者として、この神様を名乗るケダモノの力を使い倒して、エルトラントとヴァーゼルデンにそれぞれ転移して、神と勇者の名のもとに両国のトップに『神敵認定されたくなければ私に従いなさい』と脅し――、もとい、懇切丁寧に説得して、力を貸してもらうことに成功して、義勇軍を編成したのよ」


「おねえちゃん怖い、やってることが魔王の所業だよ……!」

「私は、目的を達成するために必要な行動を最適解で実行しているだけよ」


 これも人がもつ勇気のなせる業。

 私は勇者として、何を利用しようとも、必ず目的を達成してみせるわ。


「ただ、勇気だけではどうにもならないことがあるわ。――それが邪神の討伐なのよ」

「何で? 勇者がいれば、邪神を倒せるんじゃないの?」

「正確には、勇者が持つ聖剣であれば、邪神を討つことができるんだけれど……」


 私は、はぁ、と息をついて、神様を自分の肩に載せる。

 そして、収納袋に入れていたそれを取り出して、エリィに見せた。


「わ、立派な斧だね」

「これが聖剣よ」


「……は?」

「本当に、これが聖剣なのよ。世界で唯一、邪神を倒せる武器なの。今は、伐採用の斧に打ち直されたおかげで、その能力も発揮できなくなってしまっているけれど」


「え、じゃあ、あっちで鎧着た人がピカピカさせてる剣は?」

「ただのピカピカするだけの、安物の魔法の剣よ」


 お父様のコレクションにあった光るだけの杖と同じようなものである。


「本物の聖剣は、こっち。本音をいえば大昔に授けられた中古品なんかじゃなくて、新品の聖剣が欲しかったところなのだけれど、ね」


 言って、私はチラリと肩の小鳥を見る。

 小鳥の姿をしている神様は、何かをごまかすようにして嘴で羽根を繕っていた。


『……いやぁ、神を殺せる武器って本当に使用許可が下りるまでの申請とか手続きとか審査が長くて煩雑でめんどくさくて、その、二回目ともなると、ねぇ?』


 私は神様に向けて言ったわけじゃないのに、何やら勝手に言い訳をし始めた。

 言い訳をするということ自体、やましいことがあると自ら認めているようなものだ。


「そもそも神ともあろう者が、鍛冶屋に打ち直せる程度の強度の聖剣しか用意できないというのは、些かお粗末に過ぎるのでは? 神を殺せる、などという御大層な武器であるなら、せめて人の手では絶対に破壊できないとか、そういった二次的な機能くらいは欲しかったですね」

「おねえちゃん、もうやめてあげて。神様、泣いちゃいそう」


 事実しか語っていないのに、エリィが止めに入った。

 やっぱり、ワルノリしやすいけどこの子は優しい子だ。私は少し、嬉しくなる。

 そして、そんなエリィだからこそ、この戦いの最後の切り札になりえるのだ。


「エリィ、あなたの聖女の力で、この斧を元の形に戻してほしいの」

「あ、そうか! 何でも治せる私の力なら、斧になった聖剣も元に戻せるってワケね!」


 エリィがパンと手を打った。まさにその通りだ。

 そして、エリィは斧を持って軽く念じる。

 すると斧は彼女の手の中で瞬く間に光に包まれ、その形が本来のものに戻っていく。


「やったわ……」


 思わず、声が漏れた。

 飾りは少なく、形状こそ簡素だが、その刀身は神々しさと凄みに溢れている。


 これが、聖剣。

 邪神バブバブバァバを討つことのできる、唯一無二の武器。


「おねえちゃん!」


 エリィが、歓喜に満ちた表情で私を見る。

 私はうなずき、聖剣を受け取ってから、空いている方の手でエリィの手を握った。


「行きましょう、エリィ!」

「え?」


「聖剣の力を使って、今こそ、あなたと私でファイナル・ゴッド・フュージョンよ!」

「え、待っておねえちゃん、何それ、聞いてないんだけど?」


 そして、邪神と勇者の戦いは、ついに最終局面を迎える。


「待って、聞いてない。聞いてないってばァァァァァァァ――――ッッ!!!!」

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