第21話 伝説の聖女の力に目覚めた妹の危機に手紙が届きました

『グレートッッッッ!!!!』


 ポーズを取る。背景に雷鳴。


『カイザーッッッッ!!!!』


 ポーズを取る。背景に雷鳴。


『ハイデミオオォォォォ――――ンンッッッッ!!!!』


 ポーズを取る。背景に雷鳴。


『見・参ッッッッッッ!!!!!!』


 そして最後にポーズを取る。全身から突き刺さんばかりの閃光。


「…………」

「…………」

「…………」

「「「…………」」」


 それを見上げる私達、全員、沈黙。静寂。超サイレント。


『ンッ、ファッファッファッファッファ、驚きに声もないようザマス』


 腕を組んで胸を張る漆黒の鋼鉄巨人から、勘違いにまみれた陛下(変態)の声がする。

 違うよ、みんな等しくすべからく、完全無欠に呆れ果ててるだけよ。


 だって、ねぇ?

 事情を知ってる側からすると、今の状況はこうよ?


 ・バブバブさせるババアがずっと潜んでたウチの王家。

 ・そのババアに乗っ取られて中途半端な女装をキメた国王陛下(女装代は税金)。

 ・なお、オムツ。

 ・女装をキメた国王陛下によって王宮が黒く染まり、しかも浮いて変形した。

 ・そして伝説の守護者であるライオンとドラゴンが来た。

 ・なお、オムツ。

 ・さらに派手なBGMと共に王宮とライオンとドラゴンが合体した。

 ・なお、オムツ。

 ・最後には空に真っ黒い鋼鉄の巨人が現れて、雷鳴と共にポーズを決めた。

 ・なお、最後までオムツ。


「…………うん」


 私は、うなずく。

 もちろんんそれは「もうダメだ、これ」のうなずきである。


 だって、箇条書きマジックにもなりゃしないんだもの!

 どこから見ても、どう切り取っても、大陸列強ハイデミットの権威は棺桶行きよ!


 それがつまり、何を意味しているのか。

 私の輝かしき王妃様生活が、亡き者にされてしいまったってコトよォォォォォォ!


 ずっと、夢見ていたわ。

 私みたいなおバカさんでも、聖女になって、王太子殿下の婚約者になれて、将来的には王妃様になって聖女マウントで旦那の殿下を尻に敷きつつ、色々贅沢しちゃったり、旅行しちゃったり、いろんな人に褒めてもらったりする、そんな生活を。ずっと。


 でも、それがなくなってしまったのよ、今、この瞬間。

 だって、もう、ハイデミットは『王宮がオムツをはく国』になってしまったもの。


 ああ、自分で言ってて意味がわからないわ。

 何なのよ、王宮がオムツをはく国って、一体どういうことなのよ。


 疑問は尽きないけど、空を見上げればそこに答えがあるんだから仕方がないわ。

 ええ、確かに、王宮だった空飛ぶ巨人がはいているのよ、オムツ。

 なのに、突き抜けるような青い空を背景に、そいつはカッコいいポーズをしているの。


 これは、何?

 笑えばいいの? それともツッコめばいいの? 私、完全にシラけてますけど?


『――かつて、この地には性癖の聖地があったザマス』


 あ、何か解説始まった。


『その名は暗黒性癖大祭祀殿バァバ・バブデモニウム! バブりにオギャり、ママプレイにロリ、ケモ、触手、TS、BL、百合、アルビノ、くっころ、絶対領域といったメジャージャンルから、金髪おっぱい、鎖骨、サラシ、黒タイツ、ガーターベルト、ヘテロクロミアなどの中堅ジャンル、そして曇らせ、メスガキわからせなどの新興ジャンルまで、ありとあらゆる性癖に赦しを与え包み込む、まさに大陸性癖の一大中心地ザマス!』


 この変態は何を言ってるんだろう、と、私は思った。


『性癖とは人の心の陰。それを自らひけらかす輩もいるザマスが、そんなものは所詮ファッションに過ぎぬザマス。真の性癖とは、それに対して確かな愛情を抱きながらも、されど周囲には理解されまいと決めつけて、ひたすらに押し殺し、隠し続けるもの。それに赦しを与え、生きる力に変えることこそがアタクシの教えなのザマス!』


 この変態は何を言ってるんだろう、と、私は思った。


『この教えによって、アタクシの勢力は一時、大陸の半ば以上を支配するに至ったのザマス。ふぁふぁふぁふぁふぁふぁ! 自らの心の陰に赦しを得られると知れば、雲霞の如く群れ集う。まさに人とは罪深く、業深き生き物ザマスね!』


 こんなヤツに支配される大陸とか、ただの暗黒大陸じゃない。

 何もかも未知のまま一晩で海底に沈んでくれていいのに。


『ところが、アタクシの愛しき子供達を性癖沼から解放し、ただの人間へと戻そうとする愚かな連中が現れたのザマス――、そう、あのにっくき勇者と聖女が!』


 勇者と前の聖女さん、こんなの退治するために勇者と聖女になったのかー。

 と、思うと、同情を感じるより先に、面白くなってちょっと笑いそうになった。


「エリィ。……君も多分、アレを何とかするために聖女になったんだと思うよ」

「やめて殿下、人の心を読まないで!?」

「いや、読むまでもなく顔に出ていたというか……」


 くっ、私の素直で正直で嘘がつけない性格が災いしてしまったようね。


『永き戦いの末に、あたくしは敗れ、我が暗黒性癖大祭祀殿バァバ・バブデモニウムは崩壊したのザマス。何たる悲劇。あたくしはただ、誰もが性癖を隠さずにいられる世界、誰しもが自由に己の性癖を解き放ち、周囲もそれを『うんうん、それもフェティシズムだね』とおおらかに笑って許す、そんな素晴らしい世界を目指しただけなのに!』


 世の中ではそれを地獄と呼ぶのよ。知らないのかしら、この邪神。

 いいトシしたオジサンが小太り腹サラしてオギャるのが普通なんて、地獄でしょ!


 でも、それを言ったってどうせ通じやしないのだろう。

 相手は変態の総大将。オギャりのラスボス。下手化粧オムツ装備済み国王陛下だ。

 あー、こうして言語化するとアレね、もう絶望しかないわね。


『神殿を失い、信徒を失い、果ては勇者と聖女によって、自らの肉体をも失ったあたくしは、間一髪、己の魂をとある司祭の家系の娘に潜ませることに成功したのザマス』


 あー、そしてその家系の人が王家に嫁いで、今こんなになっちゃったのかー。

 邪神がしぶといのか、前の勇者と聖女が情けないのか。


『全てを失い、力なき魂のみとなったあたくしは必死に考えたのザマス、大陸の半分を牛耳るほどにまで勢力を拡大したあたくしのいとし子達が、何故敗れたのか。どうして、あたくしはこのようなみじめな姿になってしまったのか!』


 そんなの、考えるまでもないわよね。

 どう言い繕ってもこいつは邪神なんだから、聖剣を授けられた勇者の持つ正々堂々とした心と大きな勇気、そして聖女の持つ清らかな愛情と全ての闇を祓う神聖な力で――、


『結論は明白だったのザマス。そう、あのとき、あたくしが暗殺さえされなければ!』


 …………暗殺?


『あのとき、勇者と聖女は全ての装備を捨てて下着だけの姿になって、土下座して地面に額をこすりつけ、泣きながら誰にでも聞こえるような大声であたくしに降伏すると訴え、それに気をよくしたあたくしは自ら二人を迎え入れ、神殿内を案内しようとしたその瞬間、勇者がパンツの中に隠し持っていた聖剣で、あたくしを後ろから突き刺したのザマス。あれさえなければ。あれさえなければッッッッ!』


 あ、暗殺だァァァァァァァ――――!?

 やってることが、間違いなく卑怯者の所業だァァァァァァ――――ッッ!!!!


 って、パンツの中に隠し持っていた聖剣!!?

 何よそれ、一体、どんなデカパンはいてたのよ、勇者様!


『これによって、あたくしは史上初の『パンツ一丁の勇者に倒された神』となり、勇者は史上初の『陰毛見えかけるまでローライズの状態で神殺しを成し遂げた勇者』になったのザマス。それについては、見事と言うほかないザマス。見事、神殺し、見事なり!』


 見事じゃないよ。全然、すこっしも見事じゃないよ。

 股間見えかけの状態で邪神を討伐したところで、股間見えかけなのよ、そいつは。


『しかし、あたくしはそれによって学んだのザマス。我が教えを広めるのに、常識は不要。寛容さは邪魔。速攻こそが慈悲である、と。そして、ハイデミットの国家予算のうち三割を毎年『国王のお小遣い』として計上しつつ、それをちょろまかしてひそかに作り上げたのが、この究極聖母守護合体グレート・カイザー・ハイデミオンなのザマス!』

「な……ッ!!?」


 邪神のたわごとに、王太子殿下が顔色を変えた。


「まさか、毎年の陛下のお小遣いが、そんなことに使われていたなんて!?」

「いやいや、殿下、金額おかしい。おかしいから」


 毎年の国家予算の三割がお小遣いとか、どんなアルマゲドンな金銭感覚なのよ!

 少しはそこに疑問持ちなさいよ、それって国民の税金なんだからね!


『このグレート・カイザー・ハイデミオンさえあれば、勇者など恐れるに足らず。ましてや、今はその勇者も存在せず聖女のみという中途半端な状態ザマス。これは、もはや勝負は見えたザマス。そう、勝ったも同然ザマスね。ふぁふぁふぁ、やったか!? この戦いが終わったら、あたくしは故郷のあの子に勝利の報告をするのザマス。そしてかつて交わした約束通りに結婚をするのザマス。ふぁふぁふぁ、もうすぐ子供が生まれるという妄想もしてしまうくらいには勝利は確実ザマスね。こりゃあ、戦いのあとの一杯が楽しみザマス。こうしちゃいられねぇ、こんなところにいつまでもいられるかザマス、あたくしは自分の神殿に帰らせてもらうザマス――、って、ここがアタクシの神殿だったザマス。あっちゃー、いっけねー、もう勝った気になってて忘れってたー! めんごめんごー!』


 え。

 何か、すごい勢いで死亡フラグ立て始めてるんだけど、この邪神。


『さぁ、遊びは終わりザマス。――戦いなんてくだらねぇ、あたくしの歌を聴けェ!』


 そして、漆黒のオムツ鋼鉄巨人が降り立って、地面が大きく震えた。


「きゃっ!?」

「エリィ! 危ない!」


 堪えきれず倒れそうになる私を、殿下が抱き支えてくれた。

 オムツをはいていても、やっぱりこの人は頼りにできるんだなと、私は感じる。


 その、私の耳に、何かが聞こえてくる。

 それは、黒い鋼鉄巨人が合体するときにも聞こえていた、何かやたら熱いメロディ。


「あ、これ……!」


 よくよく聞いてみると、それは、ただのBGMではなかった。


「……子守歌だ」


 そう、それは子守歌だった。

 熱く、速く、激しい曲調になっていて、ほとんど原形を留めていないが。


「――おぎゃ」


 背後に、誰かが赤ちゃん泣きをする。でもその声は、オッサンの声。

 ギョッとなった私が恐る恐る振り向くと、そこには地面に横たわるオッサンがいた。


「おぎゃっ、おぎゃ……、まんま、まんま……」


 オッサンは、目に涙を浮かべて親指をチュパチュパし始めていた。

 まるで、私が毎夜あやしていたバブバブっ子のように。


「うぇぇ、うぇぇぇぇぇぇぇええええん!」

「みぎゃあ! ぎゃあ! おぎゃあ!」

「ままぁぁぁぁぁぁ、ま、ままぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ところどころ、どころじゃない。

 そこかしこ、いや、それこそ私の周り全体から、次々に上がるオギャりの声。


 おじいさんが、おばあさんが、おねえさんが、男の子が、女の子が。

 私と一緒に鋼鉄巨人を見上げていた王都の人達が、どんどん赤ちゃんに返っていく。


「な、何、何が起きてるの!?」

「くっ……! そぅいう、ことか……!」


 殿下までもが、額を手で押さえながら、苦しげに身をかしがせた。


「殿下!」

「子守歌だ、エリィ。……この子守歌が、人をオギャらせている、くっ、おぎゃ!」


 殿下は、必死にオギャりそうになる自分を抑えながら、私に教えてくれた。

 この、激しく鳴り響く熱血ハート子守歌が、人を強制的にオギャらせているのか。


『子を慈しむ母は、あたくし一人で十分。それ以外のすべての生きとし生けるものは、全て、あたくしのいとし子となればよいのザマス。さぁ、世界よ、オギャるのザマス!』

「……邪神、バブバブバァバ!」


 何が全ての性癖に赦しを与える、だ。

 私は確信した、こいつは、正真正銘にして本物の邪神だ。


 性癖っていうのは、誰かにやらされるものじゃない。自分の中にあるものだ。

 そんなこと、誰にだってわかる。頭の悪い、私にだって。


 特に、こいつは誰よりもそれをわかってなきゃいけない存在のはず。

 それなのに、こんな、人にオギャりの性癖を押し付けるようなことをするなんて。


「すっごい気に入らないわ! 自分の考えを他人に押し付けるのなんて、最低よ!」

『ふぁふぁふぁ、愚かな。勇者もいない分際で、聖女一人がさえずったところで、あたくしの勝利はもはや揺るぎなしザマス。ふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁ!』


 くっ。

 あれだけ派手に死亡フラグ立ててたクセに、確かに状況はあっちの圧倒的有利。


 可愛くて清らかで聖女な私にできることなんて、可愛くて清らかでいることだけ。

 ここから、あの鋼鉄巨人をブッ倒すなんて、そんなのできるワケない。


「うぐ、エリィ……、逃げ、お、おぎゃあ! おぎゃっ!」


 ついに、殿下までもがその場に倒れてオギャり始めた。

 そして私を見下ろす鋼鉄巨人が、地面を揺らしながらこちらへと踏み出してくる。


『終わりザマス、聖女よ!』


 鋼鉄巨人が、私へと手を伸ばしてくる。

 その手はあまりにも大きすぎて、恐怖に満たされた私は立ち尽くすしかない。


「……おねえちゃん」


 巨人の手が目前に迫り、私が身を縮こまらせて呟いた、そのとき――、


 シュピーン!


『ぬぅ!!?』


 巨人の手と私の間を、何かが流星のように鋭く行き過ぎていった。

 地面にサクッと刺さったそれは、今までに何度も見てきた、手紙の封筒だった。


「こ、この封筒は……!」


 私は、急いで拾い上げると、封筒を開けて中に入っている手紙を読んだ。

 手紙には、とってもきれいな文字で一文だけが書かれていた。


『エリィ、たすけてあげるわ』


 私は、封筒が投げられてきた方向を見る。

 そこには崩れかけた大きな家があって、その屋根に、一つの人影があった。


「お」


 気がつけば、私は手紙を抱きしめて、涙ながらに叫んでいた。


「おねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 ジョゼお姉ちゃんが、腰に手を当て、微笑んだ。

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