第20話 伝説の聖女の力に目覚めた妹がさすがに同情しました
揺れる、揺れる、私が揺れる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「びゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!?」
私を抱っこする殿下が吼えて、抱っこされる私が叫ぶ。
震える王宮を、構わずにひた走る彼。おかげで私の視界はメチャクチャだ。
横から上に揺れたかと思えがまた横に揺さぶられて、下、下、左。
うぼぇぇ……、ガクガクされて酔ってきたよぅ。気持ち悪いよぅ……。
耳元では風がゴォゴォと唸って、周りの音はあんまり聞こえない。
そのクセ、
「ファファファファファファファファファ――」
あの、銀髪女装キングオムツ自称聖母現実変態国王の笑い声が遠くに聞こえる。
何という楽しげな笑い声だろう。
私は、こんなにも現在進行形でキツい思いをしているのに。
心が怒りに沸く。とても激しい怒りに。
それは、邪神を憎む聖女の清らかにして正しい怒りに違いない。
いや、単にムカついただけじゃないわよ。私をムカつかせたら大したものだわ。
ギュンギュン巡っていく景色の中に、幾つか人の姿も見える。
でもダメ、全員がもれなくオギャってママってる。
大陸列強の威信の象徴であった純白光輝のハイデミット王宮。
しかし、そこは今やバブりの沼に沈み果て、歪んだ性癖の坩堝と化していた。
いや、そんなこといいのよ、どうでもいいのよ。
それよりも早く下ろしてぇぇぇぇぇ~、気持ち悪いのほぉぉぉぉぉ~!
「城門が見えた。一気に抜けるよ、エリィ!」
殿下が、私にそんなことを言ってくる。
「みゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ!?」
「え、何だって、聞こえないよ、エリィ」
悲鳴あげてるのよ! 見ればわかるでしょ!?
「まあいい。それよりも舌を噛まないように気をつけてくれ」
だったら突っ走ってる真っ最中に話しかけんじゃないわよ!
このオムツ! オムツマント! オムツ貴公子! オムツ王太子野郎!
と、思いはするものの、口に出すことはできない。
だって、今、大きく口を開いたら、確実に出ちゃうもの。胃から、中身が。
神に選ばれた絶対最高清楚清らか(本人無自覚の二重表現)な聖女がゲロなんて!
吐くか、吐いてたまるか。私はヨゴレじゃないんだから!
だから、私は必死に腹筋に力を込めていた。
胃の中がグルングルンしてるのを感じているけど、ダメよエリィ。それだけは。
例え世界が滅ぼうとも、聖女はゲロを吐いてはならないのよ。
「よし、城を抜けたぞ!」
耳元に、殿下の声。
直後、私を苛んでいた激しい揺れが、嘘のようにピタリと止まる。
……た、助かった?
必死に堪えて身を縮こまらせていた私は、ゆっくりと体から力を抜いていく。
だが、安堵したのも束の間、ガクン、とまた地面が揺れた。
「みゃあ!?」
「くっ」
何、何よ何よ、何なのよ!
もう、王宮の外には出たでしょ。それなのに、どうしてまだ揺れてるのよ!
「うおお!」
「何だぁ、地震か!」
周りから、驚きの声が聞こえる。
見れば、城門前の広場にいた市民達が、地面の震えにビックリしていた。
「エリィ、王宮が……!」
「え?」
王太子殿下に強張った声で呼ばれ、私は再び王宮の方を向く。
すると、そこに信じがたい光景があった。
漆黒に染まった王宮が、震えながら徐々に空に浮かび始めていたのだ。
「……はぁ?」
それを見上げた私は吐き気も忘れ、間の抜けた声を出してしまった。
何の幻? 夢? と思ったが、しかし、残念ながらそれは現実なのだった。
王宮が、周りの敷地を派手にめくれ上がらせながら、空へと上がっていく。
巻き上がった土や砕けた石畳が、パラパラと雨のように降ってきた。
「まずい土砂が……、エリィ、ここは危ない。退避しよう!」
殿下が、放心しかけている私の手を掴んでくる。
彼が見せる切迫した表情に、私は今立っている場所がどれほど危ういか知る。
「君達も、すぐに逃げるんだ! 早く!」
そして、この辺りはさすが殿下というべきか。
彼は、周りの市民達にも、大声で避難を促そうとしていた。
「あ、王太子殿下がオムツだ!」
「本当だ、オムツだ! しかも偉そうにマントまで!」
「へ、変態だァ――――ッ!」
だけど、市民達が注目したのは、全く別のところだった。
「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェ――――ッッッッ!!!!」
響き渡る、殿下の何度目かの精神崩壊による奇声。
それは、土の雨降る城門前広場の隅々にまで響き渡ったのだった。
「あ~ぁ……」
それを見て、私は小さく嘆息しそうになった。
だけど、次の瞬間。広場のど真ん中に大きな塊が落ちた。
それは、家。
王宮の浮上に巻き込まれた家一軒丸々が、空から降ってきたのだ。
場にいる全員の目が、一斉に降ってきた家の方へと向く。
全員驚愕、放心、硬直、かーらーの、
「「「逃げろォォォォォォォォォォォォォォォ!」」」
市民の皆さんが、蜘蛛の子を散らすようにして広場から駆け出していく。
場は、一気に騒然となった。
「エリィ、僕達も行こう!」
いつの間にか復活していた殿下が、再び私の手を握る。
周りには、次々と落ちてくる石や建物の一部、砕けた壁など、ヤバイヤバイ!
「そうね、逃げなきゃね!」
私も殿下の手を取って、慌てつつも逃げようとする。
突如として勇壮な音楽が耳朶を打ったのは、まさにそのとき。
「……な、今度は何?」
広場を、いや、王都全体を満たすかのような大音量で、それは鳴り響いた。
おなかに響く太鼓の音に、烈風を思わせる甲高い弦の音。
それは、人の心の中に眠る勇気を、無理矢理奮い起こさせるような曲だった。
「王宮からだ!」
空を見上げて、殿下が叫んだ。
つられて、私も同じように視線を上げて、そして――、
「な、何、あれ?」
そこにある見たこともない景色に、私は、目を剥いた。
~♪(勇気を奮い起こすヒロイックなBGM)
空の彼方から何かが飛んでくる。
いや、駆けてくる。
前進が黒く染まった、鋼でできた巨大な獣である。
屈強な四肢で空を蹴って、それが、空高く雄々しく咆哮した。
「まさか、あれは!」
「知っているの、殿下!?」
「ハイデミットの建国神話に出てくる守護神獣ハイデミット・ライガー!」
「何それ、いきなり何の伏線もなしに出していい設定なの!?」
これまで、そんな情報どこかに出てた? 出てないよね?
~♪(勇気を奮い起こすヒロイックなBGM)
「見ろ、また何か来るぞ!」
逃げる市民の一人が、ライガーとは別方向の空を指さす。
私がそちらを向くと確かに見えた。大きな黒い翼を広げる何かが。
「ド、ドラゴン……!?」
太陽の下で、漆黒の巨体を空に回せる、鋼鉄のドラゴン。
ライガーと同じく、それは甲高い雄叫びを私達に向かって轟かせた。
「まさか、あれは!」
「知っているの、殿下!?」
「ハイデミットの建国神話に出てくる守護神竜ハイデミット・ドラグーン!」
「いいの? そんな次々と新設定出して、収拾つくの?」
私としては、むしろそっちの方に危機感を覚えるんだけど。
「それにしても、守護神獣に、守護神竜……」
見上げた先で、ライガーとドラグーンが、浮上する王宮の周りを巡っている。
それは、あまりに現実離れした光景。
吟遊詩人が語る英雄譚の一説にでも出てきそうな光景――、なのだが、
「……オムツ、してるわね」
「ああ、オムツを、しているね」
そうなのだった。
突然現れた守護神獣に守護神竜、そのどちらもが、オムツをはいているのだ。
もうそれだけで、あいつらがどういう存在なのかわかってしまう。
「殿下、あの……」
「言わないでくれ、エリィ」
「でも、あの」
「言わないでくれ。伝説の守護者達もバブバブだったとか、考えたくない!」
問いかける私を振り切る殿下の声は、あまりにも切実だった。
建国神話とか、王族からしたらご先祖様のお話だモンねー。
それがこうして、思いっきり穢されたワケだから、この反応もむべなるかな。
~♪(勇気を奮い起こすヒロイックなBGM)
「おお、見ろ!」
市民の一人がまた叫ぶ。
どうでもいいけど、さっさと逃げたらどうなんだろう、この人達。
とか思ったのも一瞬のこと、空に起きた異常に、私の目は釘付けになる。
「お、王宮が……」
王宮が、変形を始めたのだ!
~♪(勇気を奮い起こすヒロイックなBGM)
ガキィン!
ガショーン!
~♪(勇気を奮い起こすヒロイックなBGM)
キュイーン!
ガキャン、ガシューン!
「ああ、あああああ……!」
王宮が変形して、それはまるで、人の胴体のように。
そして、ライガーとドラグーンもまた、それに続いて変形を開始する。
~♪(勇気を奮い起こすヒロイックなBGM)
ギュオンギュオンギュオン!
ドドドドドドドドドド、ドギャーン!
分かたれたライガーの胴体が両腕となる。
そして今度は、分かたれたドラグーンの胴体が両足へと変わっていく。
~♪(勇気を奮い起こすヒロイックなBGM)
分離したドラグーンの翼が王宮の背中にドッキング。
そして、胸部にはライガーの顔が!
~♪(勇気を奮い起こすヒロイックなBGM)
ガシュン、ガシュン! ガキーン!
両腕の先から、手が生えて力強く拳を握ったァ!
~♪(勇気を奮い起こすヒロイックなBGM。クライマックス)
ガコンッ、キュィィィィィィィィ!
――――ヴンッ!
そして、胴体の先から頭が生えて、瞳の部分に緑色の光が灯る!
『究極!』
ポーズを取る。背景に雷鳴。
『聖母!』
ポーズを取る。背景に雷鳴。
『守護合体!』
ポーズを取る。背景に雷鳴。
『グレート・カイザー・ハイデミオン、見・参ッッ!!!!』
そして最後にポーズを取る。全身から突き刺さんばかりの閃光。
その額に燦然と輝く、金色の『母』のエンブレム。
けれども、太陽を背にするその体色は見事にブラックなメタリック。
――究極聖母守護合体グレート・カイザー・ハイデミオン。
自らそう名乗った漆黒の鋼鉄巨人を前に、私はただただ立ち尽くす。
『さぁ、大陸列強ハイデミット、最後の日ザマス』
聞こえた声は、陛下(変態)のもの。
国王自らがハイデミットの終焉を宣言する、それはまさしく異常事態。
けれど、きっとその言葉は、この場にいる誰の耳にも届いていない。
だってみんな、完全にあの巨人の腰に目と意識を奪われているから。
グレート・カイザー・ハイデミオンがはく、グレート・カイザーな黒オムツに。
「……終わった」
唇を真っ青にして、殿下が呟く。
この日、大陸列強ハイデミットの王族は、国民の前でこれ以上ない形で自らの恥を晒したのであった。もう、王族として完全に立ち直れないレベルで。
これは、さすがに同情するわ。
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