第19話 伝説の聖女の力に目覚めた妹がお姫様だっこされました
バブェル・バルゼバブ・バァル・バズズ。
それが、私達を前にして、国王陛下が名乗った名前だった。
何か、ものすごい物々しく感じるわね。
でも、ちょっとしてから、私は気づいてしまった。
「あ、略してバブバブバァバなのね!」
思わず、私はポンと手を打っていた。
なるほどー、そういうことかー。
エヘヘ、すごいことに気づいちゃった。私、実は感性が鋭いかも?
「…………」
「…………」
って思ってたら、何よ、どうして陛下も殿下も、こっち見てるのよ。
しかも何か「今さら何言ってんだ、こいつ」的な目で。
「今さら何を言っているんだ、君は?」
「あー! 言った! 言っちゃったわね、殿下! 口に出しちゃったわね!」
「な、何だ! 何で僕が責められるんだ!?」
何でそこでうろたえちゃうかなー。
そこは、こっちの言いたいことをビシッと察するところでしょ。
もー、普段はキレるオトコな雰囲気のクセに、肝心なところでダメなヤツー。
「ファ、ファファファファファファファファファ!」
そして、玉座。
そこで両手を腰に当てて、やたら胸を張って笑っている、人型の変態。
――いや、陛下。
――いやいや、陛下。だったもの。
自称、聖母神バブェル・バルゼバブ・バァル・バズズ。
とかいう、略称バブバブバァバの変態さんである。
「ついにこのときが来たザマス! あたくしの溢れる母性で、この大陸に住まう全ての坊やを包み込む、そのときがッッッッ!」
「溢れてるのは母性じゃなくて犯罪臭じゃないかなぁ」
だって、いい年したオッサンがケバい化粧して女装してオムツはいてマントよ。
はっちゃけるにしてもちょっと方向性が行方不明すぎない?
「しゃらっぷ! あたくしに口答えは許さないザマス!」
「その口調が場の混沌を果てしなく加速させている事実に気づいてください、父上」
殿下の声がすごい冷たい……。
さすがに、父親があんなになっちゃって居た堪れないのかもしれない。
ちょっと、かわいそうかも。
そう考えた私は、彼を元気づけることにした。
「大丈夫ですよ、殿下」
「大丈夫? 何のことだい、エリィ」
「ほら、殿下もオムツじゃない? 今の陛下と実はそう変わらないわよ!」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!???」
あ、精神崩壊した。
あれー、何でだろう。ちょっと励ましが効きすぎちゃったかな?
「……くっ、だが僕は負けない。この国を救うまでは!」
お、立ち直った。案外強い子だわ、
「でもオムツ姿の殿下に救われるような国って、やっぱ生き恥国家よね」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!???」
また精神崩壊した。忙しい人だなぁ。
「……いいや、負けない。僕は負けないぞ!」
わ、また立ち直った。
強いのか弱いのか、どっちかにしてほしいんだけど。
「エリィ!」
「ほへ?」
「父上は未だ邪神に囚われている。僕と同じように、それを祓うことはできるかい? いや、祓ってくれ。今となっては、君だけが頼りだ!」
殿下が、私に向かって厳しい顔つきで言ってくる。
そのまなざしに込められた必死さが、否応なく私の心を引き締めさせた。
「大丈夫よ、私は神に選ばれた聖女様なんだから」
「ふぁ、ふぁふぁふぁふぁふぁ! これこそまでに笑止千万、片腹痛し!」
私が拳を握ると、陛下(変態)が高らかに笑う。
それを聞いて、私もまた笑ってやる。
「聞いた、殿下?」
「何がだい」
「片腹痛し、ですって。やったわ、聖女の力でまずは先制ダメージよ!」
別に殴ったつもりはないけど、きっと何か、神っぽい力がドーンしたのね。
おなかって痛くなると辛いし、これは結構ダメージあったのでは?
「――って」
「「…………」」
何よ。
何で殿下も陛下(変態)も、そんな生暖かい目で私を見てるのよ。
「エリィ。片腹痛しというのは、別に実際痛いワケじゃないんだよ」
「えっ、そうなの!?」
そんな、痛いって言っておきながら、痛くないの!?
私は事実を確かめるべく、陛下(変態)へと視線を向ける。
「……あ、うん」
陛下(変態)は、やや戸惑いがちにうなずいた。
「別に痛くないザマス」
「私をダマしたのね、この卑怯者ォ――――ッ!」
「エリィ、それはさすがに理不尽すぎる言いがかりだと思うよ」
「私、悪くないモン!」
たしなめようとしてくる殿下に、私は頬を膨らまえてそっぽを向いた。
「何よ、人をダマす邪神の方が悪いに決まってるじゃない!」
「え、あの、それはさすがに冤罪……」
「さすがは邪神ね。こうして人の心を弄ぶのね。油断できないわ!」
「エリィ、油断大敵なのは正しいけど……、まぁ、いいか。うん。邪神が悪い!」
「何でそこで諦めるザマスか、マイサン! もっと頑張って!?」
陛下(変態)が何やら必死に訴えているが、全く、それこそ油断でしょ。
私は、近くに転がっていた聖杖(安物)を拾い上げる。
「むぅ?」
陛下(変態)がそれに気づいて、こっちを見た。
そしてケバキモいその顔に、不気味としか言いようのない笑みを浮かべる。
「今さらそんなものを持って、どうするつもりザマス?」
「決まってるでしょ。陛下の中から、悪いモノを追い出すのよ!」
「ほぉ、それで、どうするザマス?」
「それも、決まってるでしょ」
私は瞳を見開き、告げる。
「正気に戻ったオムツ姿の陛下に現実を叩きつけて、弱みを握って私が影の支配者になるのよ! そしてお金と権力使い放題の幸せ人生計画、コンプリート! よ!」
「実は君が一番邪悪なのでは?」
陛下(変態)に指を突きつける私の隣で、殿下が意味わかんないことを言う。
「何言ってるのよ、陛下。私は聖女よ。清らかで、神聖で、可愛いのよ!」
「自分の邪悪さを理解してない、一番ドス黒いタイプザマスね」
胸を張る私に陛下(変態)もそんなことをのたまうが、私にその手は通じないわ。
私は私。例え、どんな甘言を囁かれようとも、もう、惑わされないんだから。
「さぁ、陛下。覚悟してもらうわよ!」
「ふぁふぁふぁ、愚かザマスね、聖女。あたくしこそは聖母。そしてこの肉体こそは、あたくし自身。一体どうやってあたくしをこの肉体から祓うつもりザマス!」
マントをはためかせ、陛下(変態)は両腕を大きく広げる。
その様は、格好こそ生存権を脅かすレベルに変態だが、実に堂々としている。
自分の勝ちをまるっきり疑ってないその態度、気に食わないったらないわ。
だから私は、聖杖(安物)を思い切り高く掲げて、
「こうするのよ!」
それを思い切り、陛下(変態)に向かってブン投げた。
「「え?」」
オムツ親子の声が、キレイに重なる。
直後、聖杖(安物)の先端、何かゴテゴテした大きな飾りがついた部分が、ちょうど陛下(変態)の顔面に直撃して、ブチャア、みたいな音がした。
「ぶべらっ」
顔面に杖をめり込ませた陛下(変態)が、変な声を出して仰向けに倒れる。
それを見た私は、すぐに殿下に向かって叫んだ。
「今よ、殿下!」
「え、な、何がだい、エリィ?」
何かに呆気に取られている様子の殿下が、気の抜けた声を出す。
この男、完全にわかってない。
やることなんて、一つに決まってるでしょ!
「だから、こうするのよ!」
私は、殿下が見ている前で投げつけた聖杖(安物)を拾い直す。
そして、まだ倒れたままでいる陛下(変態)を全力でボコしにかかった。
「悪・霊・退・散! 悪・霊・退・散!」
「うぎゃ――――ッ!」
ひどい悲鳴ね。聞くに堪えないわ。
でも、逆に言えばこれこそは私の聖なるチカラが効いてる証ともいえる。
「な、何をしているんだ、君は!?」
だっていうのに、殿下がいきなり後ろから私を止めに入った。
「何って、陛下の中にいる邪神を追い出してるのよ!」
「いやいや、ただ暴力を振るってるだけじゃないか!?」
「そうよ、暴力よ!」
「一切のためらいなく断言しないでくれ!!?」
ああ言えばこう言うねー、ホント。
そういうヘリクツはあとにしてくれないかしら。今、忙しいのよ!
そう思った私は、殿下に向かって端的に説明した。
「殿下に暴力振るったら治ったんだから、陛下にも暴力よ!」
「な、なるほ、ど……?」
うなずきかけた殿下の体から力が抜ける。
私はそこでスルリと彼の腕からすり抜けて、再び聖杖(曲がった)を振り上げた。
「そーれ、悪・霊・退・散! 悪・霊・退・散!」
「ひぎゃ――――ッ!」
うんうん、悲鳴が大きくなってきたわ。
これは、陛下(変態)の中にいる邪神も相当苦しんでると見えるわね。
でも、このままじゃダメ。まだ、暴力が足りないわ。
「殿下!」
「え?」
「何ボサっとしてるのよ、ほら、一緒に暴力!」
「い、いや、しかし……」
私が促しても、殿下から返されるのはそんな煮え切らない返事。
もう、ためらう要素、ある? ないでしょ!
「しっかりして、殿下。大丈夫だから! イケるから!」
「どこにそんな保証が……?」
「実践した例、私! 実践された例、殿下!」
「…………おお、確かに!」
一瞬考えこむような顔を見せたのち、殿下がポンと手を叩いた。
「やっとわかってくれたのね、殿下! じゃあ、ほら、暴力!」
「うむ、わかったよエリィ、暴力だ!」
こうして『邪神撃滅合体攻撃・セイント殴る蹴るの暴行』が開始される。
何気にこれ、夫婦になる前の初めての共同作業じゃないかしら?
……やだ、ちょっとだけ照れちゃう。
「「悪・霊・退・散! 悪・霊・退・散!」」
「ふんぎゃ――――ッ!」
よーしよーし、効いてる効いてる。
やっぱりこういうときは暴力よね。大抵のもめごとは暴力で解決できるのよ。
財力、権力と並んで、まさに世界三大最強パワーと呼ぶに相応しいわ!
「「悪・霊・退・散! 悪・霊・退――」」
「悪霊じゃなくて神ザマスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!」
わきゃ――!?
突然巻き起こった強風が、私と殿下を吹き飛ばす。
「エリィ、危ない!」
と、いう声と共に、私を抱きとめる殿下の腕の感触が伝わってきた。
「フゥ、フゥ~……!」
咄嗟に閉じたまぶたを開けてみれば、そこには、鼻血ダラダラの陛下(変態)。
こっちを睨む、その頭おかしい眼光に、私は悟らざるをえなかった。
「……邪神が出ていってない!?」
「ふぁ、ふぁふぁ、当たり前ザマス。聖女にあたくしは倒せないザマスわ!」
そんな、殿下はこれで戻せたのに、一体どうして!
「マイサンは次期本体。だからあたくしの力の支配下にあっただけ。しかし現在の本体であるこの肉体はワケが違うザマス! 聖女の力は治す力、しかしあたくしは別に異常があるワケじゃないザマス。よって、聖女の力はあたくしには無効! あたくしをどうにかしたければ、勇者を連れてくるコトザマスね! ファ、ファファファファファファファファ!」
ドドーン!
と、音にすればそんな感じで、衝撃の事実が明かされた。
っていうか、何それ。そんな設定あったの? それをよりによって今出すの?
……その後出しは、ひどすぎない?
「ひどくないザマス! むしろそれがないと勇者の意味がなくなるザマス!」
「くっ、こっちの心を読んでくるなんて、卑怯よ!」
私がたじろいだ、そのとき。
いきなり、王宮が揺れた。
「きゃあ!」
「な、何だ!?」
壁が、柱が、玉座が、景色全体が、激しく上下に揺さぶられる。
そんな中、私は立っているられるはずもなく、その場に倒れ込みそうになった。
「おっと!」
しかし間一髪、殿下が私の腕を取って支えてくれた。
殿下は、こんな揺れの中でもしっかりと床に立っている。さすがは男の子。
「まんま、まんまー!」
「いとしいぼうや~。いとしい~」
「きゃっきゃ! バブバブゥ!」
「ああああああ、可愛いわがこぉぉぉぉぉぉ!」
景色全てが揺れる中、バブりに溺れていた他の人達が、いきなり叫び出す。
何、これ。何が起きてるの。一体、何が起きようとしているの。
「……決着をつけるザマス」
陛下(変態)――、いや、邪神の瞳が赤く妖しく輝いた。
「運命的究極破局最終鬼畜抱擁超聖母合体――、ファイナルセーフティ・アンロック!」
え、何それ、覚えきれない。
言おうとしても絶対舌噛むわよ。絶対……、って、わわわわわ!?
揺れが、さらに激しく、大きくなる。
私は何とか転ばないように陛下に身を寄せた。すると、すぐ近くで聞こえる。
「逃げよう」
「は?」
殿下の方を見上げたときには、私は、もう彼に抱き上げられていた。
え、ちょ、ええッ!?
「で、殿下ァ……!?」
「一旦退却だ、エリィ!」
そう言って、殿下は私をお、お、お姫様だっこしながら扉の方へと走り出す。
視界が、世界が、上下左右縦横斜め縦横無尽に回っていく。
「逃がすと思うザマスかァァァァァァァ……!」
「いいえ、思ってません。ですが、逃げます。それでは父上、また後日」
そんな会話が繰り広げられている間に、殿下はもう、玉座の間を出ていた。
彼の太い腕に抱き上げられながら、私は思った。
……気持ち悪い。吐きそう。
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