第17話 伝説の聖女の力に目覚めた妹が一発カマしてやりました

 何を言えばいいのか、わからなかった。


「…………」


 黒く染まった王宮の中心で、私は頭を真っ白にしてその場に立ち尽くす。

 壮麗だった謁見の間は、まるっきりその様相を変えていて、見るからに禍々しい。


 例えば、玉座。

 陛下と殿下が隣り合って座すそれは、前はキラキラでピカピカだった。

 なのに、今はギザギザでマガマガな感じになっている。


 他にも、天井と壁。

 国一番の芸術家と建築家に作らせたっていうそれは、前は神様の彫刻があった。

 なのに、今はオムツをつけて杖を握る雄々しいオッサンの彫刻になっている。


 特に、天井にあったはずの、謁見の間全体を照らす巨大なシャンデリア。

 それが今は、数え切れないほどのドクロを寄せ集めたシャンドクロになっていた。

 チラと見上げれば、目と開いた口に蒼白い炎が灯っている。


 その、メチャクチャ不穏な灯りが、王宮の黒くてグロい現状を照らし出していた。

 何がグロいって、例えばこの場にいる男共――、


「おぎゃっ、あ、あぁ~」

「だぁ、だぁ……、あぅ……、あ、あー」

「ばぶ、チュパッ、チュッパ、チュッパ、あぶぅ~」


 陛下と殿下以外、全員がバブバブしていた。

 お父様含めて! 私が連れてきた人達も、全員! バブバブ! バブバブと!


 一方で、この場にいる女の人達も――、


「はぁ~い、ママでちゅよ~」

「こもりをうたってあげましょうね~」

「いいこでちゅね~、は~い、たかいたか~い」


 私以外、全員がバブバブママと化してしまっている。

 しかもみんな、目の焦点は定まらずうつろな笑顔、平たい声。首もカクカクしてる。

 どこからどう見てもまともじゃないです。面白い薬でも飲んじゃった?


「「見るがいい、聖女よ。この安らぎに満ちた景色を。麗しき母と子の愛を」」


 こんな状況で、陛下と殿下が同時に口を開いて全く同じことを言う。

 しかも二人は格好すら同じ。王冠、マント、そしてオムツ。

 二人に言葉を向けられた私は、本当に、何を言えばいいのかわからなかった。


 ――どこからツッコめばいいのかわからないって意味でねッッ!!!!


「「クックック、言葉もないようだな」」


 オムツマント姿の陛下と殿下が、同じタイミングで足を組み、頬杖をついた。

 確かに、言葉が出ない。私は絶句している。

 でも、この絶句の理由を感情に直すと、多分、呆れって言葉になるのよねー……。


 だって――、


 果てしなく闇! どこまでも邪! 突き抜けるほどに悪! そんな王宮。

 でもやってることは、オギャりーの、バブりーの、親指チュッパチュッパしーの。


 ……なのよ?


 呆れるでしょ。そりゃあ呆れるでしょ。

 まともな感性を持った、ごくごく普通の聖女なら、呆れて当然の状況よ、これ!


「……あのー」


 だから、私はおずおずと挙手をした。


「「フッ、何かね、聖女よ。ついに降参する気になったか?」」


 頬杖を突いたまま、陛下と殿下が声を揃える。

 すでに勝ち誇っている彼らに向かって、私は決然と声を張り上げて言った。


「トイレ行きたいので、ちょっと行ってきていいですか!」


 逃げよう。

 私は、ひそかに決意を固めていた。


 うん、無理だ。こんなの一人で解決できるはずがないよ。

 お父様の現状を確認するという目的も果たせたし、これはもう、撤退一択ね!


 別に、臆病風に吹かれたワケじゃない。

 あれよ、いわゆる戦略的撤退よ。戦術的撤退ともいうわね。

 私は負けたワケじゃなくて、勝つために必要なものを確認しに来ただけよ!


 さぁ、後ろに向かって前進よ。

 これから一回帰って、部屋でベッドに寝っ転がらなきゃいけないわ。


 そうして頭を落ち着かせて、冷静な状態で次の作戦を練るのよ。十日くらい!

 ああ、でも万全を期すために準備を入念にしなきゃいけないわ。

 だから、その分、考える時間が長くなっても仕方がないわね。三倍くらい。


 と、私は後ろに向かって前進する気満々になっていると、


「「漏れそうなのかね」」

「…………」


 な、なんつーコトを聞いてくるのよ、この変態親子わ!?


「「おまえの膀胱に水分が溜まり切り、今にもはち切れんばかりである、と」」


 表現!?

 なんていうか、どうなのよ、その言い方は!


「「だが安心したまえ。この場で漏らしても、君のオムツは用意してある」」

「あ、なるほどー。それなら――」


 安心できるかァァァァァァァァァァァァァ――――ッッッッ!!?


 一瞬、ホントに安心しかけて手を打ちそうになったわ。

 でもよくよく考えたら、何も安心できないわよ。むしろ危機感が天に達したわ!


「「どうした? 漏らさないのか? それとも――」」


 陛下と殿下が、揃ってわずかに口の端を吊り上げる。


「「……漏らせない理由でも、あるのかね?」」


 そこカッコつけるところじゃないから。

 何なのよ、年若い聖女に「漏らさないのか」とか聞く王族って、何なのよッ!


「……えーっと、何で陛下と殿下は声揃えてるんですか」


 ああああああああ……。

 混乱と怒りがないまぜになってどうでもいい質問しちゃった。


「「フフフ、なかなか鋭い質問だ。さすがは聖女よ」」


 え、なかなか鋭かったの?

 もしかして私、目の付け所がよかったりしたの?


 ……エヘヘ。

 やっぱりなー。何か怪しいと思ってたのよねー、実は! 


「「これぞ、我が血族に宿りし大いなる神のなせる業である」」


 え。


「「かつて王家に加わりし巫女。その血に宿るは神、バブバブバァバ也!」」


 え。え。


「「我が目的は、我が血に宿る神に器を与え、降臨せしめることであった」」


 え。待って、その器ってもしかして――、


「「この二つの肉体は、いわば仮の器。血を連ね、神を次代に繋ぐためのもの」」


 …………。


「「わかるか、聖女よ。親も子もない。我らは等しく我が神の器なのだ」」


 えーと、つまり。

 バブバブバァバっていう神様がいて、それを体に宿した巫女がいて。


 それで、その巫女がこの国の王家に加わって。

 そこからずっと、王家はその神様を宿しながら受け継いできた、ってこと?


 で、陛下も殿下も、王家だから神様が体内に宿ってて。

 だから、その神様の力が表に出て、そんな無残なことになっちゃった、と?


 なるほど~。

 つまりこの国の王家は、ずっとバブバブの神様を受け継いできたのね。


「…………え、バカ?」


 自分の中で出た結論が、呟きとして漏れ出てしまった。

 いや、でもこれはバカでしょ。

 王家ともあろうものが、何受け継いでるの? 恥ずかしくないの?


 しかも話聞いてる限り、バブバブバァバってアレでしょ。クラブのアレ。

 ってことは、今二人が言ってた器って、お母様のことよね。多分。


 いやいや、ちょっと待ってよ。

 人の母親をそんな恥ずかしいものの器にしないでよ!


「「クックック、我らの使命、聖女といえど理解できまいか」」


 そんな使命を理解できるヤツなんてこの世にいないわよ。

 あ、いたわ。ごめんなさい。

 多分、他のクラブの連中は理解しそう。いや、する。あいつらならするわ。


「「さぁ、聖女よ、君も我らがママとなれ。共にバブり合おうではないか」」


 バブり合おうではないか。

 かつて、ここまで身の毛がよだつ誘い文句があっただろうか。


 あってたまるか!

 全身くまなく、脳天から爪先にいたる隅々まで綺麗に総毛立ったわよ!


「え、あの、トイレ……」

「「逃がしはせぬ。おまえはこれからここで永劫、我らのママとなるのだ!」」


 死ねと言われる方がマシなんですけど!?


「「フフフフ、神に選ばれし聖女よ! おまえこそが我らの新たなママだ!」」


 エキサイトした様子の陛下と殿下が、同時に玉座から立ち上がる。

 イヤに決まってるじゃない、そんなの!


「「我らをあやしてくれ。子守唄を唄ってくれ。オムツを変えてくれ!」」


 二人はさらに興奮のボルテージを上げる。

 だが逆に、私の心はどんどんと醒めていった。ママなんてやらないわよ。


「「我らを甘やかし続けるのだ、その命ある限り、ずっと、ずっと!」」


 だから、そんなのゴメンだって――、


「「それこそがママの使命。さぁ、我らを甘やかせ! 今、この場で!」」


 ……あー。


「…………」


 私は、握っていた聖杖(安物)を放り捨て、ツカツカと二人に歩み寄った。

 陛下も、殿下も、顔が興奮に歪んでいた。

 その瞳には、明らかな期待のまなざし。私は王太子殿下の眼前に立つ。


「「フフフ、そうだ。それでいい。我が神が降臨するまで、共にバブり……」」

「歯ァ、喰い縛んなさい」


 私は告げて、右手を思い切り振りかぶる。


「「え?」」


 すると、二人揃って呆け顔になる。

 まぬけヅラを晒している殿下の頬へ、私は全力で右手を叩きつけた。


「おぶゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!!?」


 久しぶりに聞いた、王太子殿下単独の声。それは悲鳴だった。

 渾身の平手打ちによって、殿下はきりもみ回転しながら玉座へと吹っ飛んだ。


「な、何と……!」


 これには、さしもの変態野郎な陛下も驚きに目を剥いた。


「何故だ、聖女よ! 我らのママに選ばれる栄光を、何故拒絶する!?」

「何故……? 何故ですってぇぇぇぇぇ?」


 半笑いを浮かべて、私は陛下の方に顔を向けた。

 オムツ姿の陛下はたじろぎ、声を荒げる。


「神より、我らを阻めと命じられたか! 今さら、己の使命に目覚めたか!?」

「そんなのどーだっていいわよ! 神も邪神も知ったこっちゃないわ!」

「ならば、何故――!!?」


 叫ぶ陛下に、私はそれ以上の声量で答えてやった。



「私を甘やかさないからに決まってるでしょッッ!!!!」



 いうと、陛下の顔から表情がすこんと抜け落ちる。

 あー、そのツラ、マジムカつくわ。

 自分が甘やかす側に回るっていう発想がカケラもない、そのツラ!


「考えてみりゃおかしいのよ! 何でいっつも私が甘やかす側なのよ!」


 叫び、吼えて、私の視線はぶっ飛んだままの殿下を射貫く。


「う、う……」

「う、う……、じゃねぇわよ!」

「ぐはッ!」


 うめく彼を、私はゲシゲシ蹴りつけた。


「おかしいでしょ! 私より年上のあんたが、しかも婚約者で、私を甘やかさなくちゃいけない立場のあんたが、何で私を甘やかさないのよ! 逆でしょーが!」


 ゲシゲシゲシゲシ!


「政略結婚なのは知ってたわよ、私、頭悪いけど、お互い利用し合うだけの関係なのもわかってたわよ! でも、ママしなきゃいけないなんて聞いてなかったわよ!」


 ゲシゲシゲシゲシ!


「赤ちゃんだから優しくしないといけない? ふざけんじゃないわよ! こっちは聖女なんて重い責任負わされて、人一倍甘えたいお年頃真っ最中なんだからね!」


 ゲシゲシゲシゲシ!


「あんた、もっと婚約者の私に優しくしなさいよ! 甘やかして、笑いかけて、頭撫でて、マッサージして、お小遣いくれたりして、デートに連れてきなさいよ!」

「そ、それ以上はいけない!」


 溜まりきってた鬱憤を一気に吐き出していた私を、陛下が羽交い絞めにする。

 しかし、一度噴き出たものはすぐには収まらず、私は派手にもがいた。


「うるせー! 私を甘やかせー! 私は甘えんぼさんなんだからねー!」

「お、落ち着いて! 落ち着いて深呼吸をするのだ、聖女よ!」


「聖女聖女うっさい! 私はエルミーナよ、可愛くエリィって呼びなさいよ!」

「わかった、わかったから、エリィ! 一度落ち着いてだね……」


「何よ! 何、勝手に人のこと愛称で呼んでるのよ! ナメてんの!?」

「おまえがそうしろと言ったのだろうが!?」


 ああ言えばこう言う、そういう揚げ足取り、ホンットーに最低ね!


「う、ぐぅ……」


 私が陛下に捕まったあとで、殿下はまた小さくうめいた。

 そして、彼はゆっくりと閉じていたまぶたを開け、私を見て第一声――、


「……え?」


 何よ、その不思議そうなツラ。

 可愛くて賢いエリィのカッコよさに見惚れちゃったとでも言うつもり?


「あ、あれ? ここは?」


 ……おや?


「エルミーナ……、エリィ。それに父上――、一体、何が?」


 あれ、何、殿下のこの反応。

 まるで、さっき私の聖女の力で一瞬だけ正気に戻ったお父様みたいな……。


「……うおおおおおお、何だ、この格好は! 何故、僕が裸に!?」


 あ。

 この人、ホントに正気に戻ったっぽい。


「み、見るな! 見ないでくれェ~!」


 驚く私の前で、殿下は頬を赤らめ、羽織っていたマントで自分の体をくるんだ。

 それを見て、そんな場合じゃないのに、私はちょっとだけ可愛いと思った。

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