第16話 伝説の聖女の力に目覚めた妹が王宮の真実を目撃しました

 神に選ばれし聖女エルミーナ、二週間ぶりに王宮に来たる!


 オオオオォォォォォォ――、

 ゥオオォォォォォ……、

 アアアアァァァァ、オォォォォォォォ~~……、


 みたいな低いうめき声がいっぱい聞こえてる、黒くてトゲトゲした王宮に!


「…………」


 いや、おかしいでしょ!?

 何で、ちょっと見ない間に建て替えられてるのよ、ウチの王宮!


 前は白くて光ってたわよね? どこも黒くなかったわよね?

 あの、壁から生えてるねじくれた角みたいな装飾は何?

 あの、人の泣いてる顔を重ねたみたいな禍々しい柱とか、ホント何なの!?


 これじゃあ、まるで本当に邪神の神殿みたいじゃない!

 まさか、景気づけに言っただけの口から出まかせが現実になっちゃった?

 神に選ばれた私、実は聖女に加えて現実改変能力者だった!!?


「はぇ~、すっご……」


 私の近くにいる一般市民のおじさんが、城門を見上げてそんなことを言った。

 のん気! チョーのん気! この有様を見て出る言葉がそれなの!?


「さすがに、立派な建物ですなぁ。この、王宮は」


 邪神討伐をお題目に掲げる私についてきた割に、おじさんはマジでのん気だ。

 完全に、言ってることが観光名物を見てる観光客のそれなんだけど……。


「……私には、少し禍々しく感じられますね」

「聖女様ともなれば、私らにはわからないものもわかるんですなぁ!」


 私の言葉に、おじさんが驚き顔でそんなことをのたまった。

 いや、この真っ黒く変形した王宮見て、何も思わないの、このおじさん!


「こんな『白くて』立派な王宮が、禍々しいとは」


 ――え?


「聖女様によると、お城が禍々しいらしいぜ!」

「ええ、こんな真っ白でピカピカしてるのにかよ!?」


 後ろで、私の話をかすめ聞いていた人達が口々に騒ぎ出す。

 どうやら、本当に彼らが見る王宮はいつも通りに白く光り輝いているようだ。


 つまり、黒く禍々しい王宮が見えているのは私だけ。

 これって――、



「いいえ、私にはわかります。今、王宮は黒き邪神の瘴気に包まれています!」



 私は、背後を振り返って、金色に輝く聖杖(安物)を高く掲げた。

 すると、屋敷を出たときの数倍に膨れ上がっていた民衆が大きくどよめいた。


「おお、ではやはり王宮に邪神が!」

「聖女様が言うのならば間違いないッ!」

「王都を覆っている不吉な影は、全て邪神の仕業なんだ!」


 ウフフ、盛り上がってる盛り上がってる。


「「聖女様! 聖女様! 聖女様! オオオオオオオオオオオオオオ!」」


 声援をバックに、私は黒い王宮を見上げた。

 その威容は、聖女の私にしか見えない――、そう、やっぱり私は特別なんだ!


 そりゃあそうよね、だって、私は神に選ばれたんだモン。

 一国の国王とか王太子なんかより、ずっとずっと偉いしすごいのよ!


 そんなすごい私に、今、これだけの人数がついてきてくれている。

 私の視界いっぱいに、王都の市民達が連なって、そして私を応援してくれてる。


 フフフフフ、今の私は無敵よ。

 例え、真っ昼間からバブバブっ子が来たって、私を脅かすはできないわ。


「行きましょう。皆さん。神の名のもとに、今こそ王都に安らぎを!」

「「ウオオオオオオオオオオ! 聖女様、ウオオオオオオオオオオオオオ!」」


 王都、王宮城門前に、すさまじいまでの熱狂が渦を巻く。

 こうして、私はハジける市民の皆さんと一緒に、悪しき王宮に乗り込んだ。


 ――って言っても、やるのは父様を探すことと、陛下への直談判だけど。


 本当に戦争で負けそうなら、見切りつけるのは早い方がいいモンね。

 と、いうワケで、私は神に選ばれた聖女として、威風堂々、城門をくぐった。


 そーいえば、何で城門前に兵隊さんいないのかな?

 ま、いっか。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ……何じゃ、こりゃあ。


 意気揚々と王宮に突入した私達は、いきなり足を止めることとなる。

 そこは、王宮の中でも特に煌びやかなエントランス。

 私にはやっぱり、黒くてトゲトゲしてて、角ばっててギザギザな感じに見えるけど。


 だけど、そこに驚けるのは私だけ。

 私についてきた庶民のみんなが驚いている理由は、全くの別だ。


「だ、だぁ……、ばぶ……」


 ほとんど裸の男の人が、一人、広いエントランスを四つん這いではいはいしてる。

 それを見て、みんなは驚き、足を止めたのだ。


「オ、オムツ……?」


 さっき私と少し話したおじさんが、男の人がはいているソレを見て呟く。

 そう、エントランスではいはいしてる男の人はオムツをつけていた。


「バ、バブバブっ子!? 何で、こんなトコにいるのよ!」

「は? バブバブ……、何です?」


 あ、やっば。

 つい、声が出てしまった。おじさんが不思議そうな目でこっちを見ている。


「ん、んんッ!」


 私は誤魔化すために咳払いをすると、聖杖(安物)を輝かせて叫んだ。


「神が申されました、王宮に巣食う邪神の名は、バブバブバァバです!」

「じ、邪神バブバブバァバ!?」

「そんなものが、この王宮に潜んでいるのか……!」


 私の言葉に、またしてもザワつく民衆。

 もちろん、そんな邪神いるワケないけどね。たった今、そういうことになったわ。

 元はといえばあれが全ての元凶みたいなモンだし、責任なすりつけちゃえ。


「何ということでしょう! あの方は邪神の瘴気によって、心が……!」


 私は聖杖(安物)で、ハイハイしてるバブバブっ子を示し、さらに告げる。

 もう、こうなりゃ全部の責任をバブバブ連中に押し付けてやるわよ。


 この一年で溜まりに溜まった鬱憤を、今日、この場で晴らしてやるわ!

 そうよ、考えてみれば、考えるまでもなかったわ。

 お母様のバァバ襲名事件も、私の性癖ごった煮キメラ化事件も――、


「皆さん、行きましょう。我々の手で、邪神に蝕まれたこの国を救うのです!」


 全部、全部、バブバブ野郎共が悪いのよォォォォォ――――ッッ!!!!


「行こう、聖女様と共に!」

「ハイデミットを、俺達の手で救うんだ!」

「「聖女様! 聖女様! 聖女様! オオオオオオオオオオオオオオ!」」


 そして、私達は城の中を進撃する。

 途中、そこかしこにバブバブっ子が転がっていた。


 皆、オムツ姿で床に寝転んで、親指をしゃぶったり、泣き喚いたりしてる。

 真っ昼間から王宮の通路でそんなプレイに勤しむってどーなの?


 さすがに、背筋にうすら寒いものを感じてしまう。

 だって、バブバブしてるの、男の人だけじゃなくて女の人もよ?

 いや、オムツはいてるってコトじゃなく、ママ役やってるって意味でね。


「は~い、ままでちゅよ~」

「あ、あ~、あ~。きゃっきゃ♪」


 いい年コイた太ったオッサンを抱えてあやす、小柄な十代半ばくらいの侍女。

 なんていう、この世の終わりみたいな光景がそこかしこに見られた。


「お、おぞましい……」

「邪神じゃ、邪神の仕業じゃあぁ~……」


 謁見の間へと向かう私の後ろで、市民達が恐れおののくのがわかる。

 いや、そりゃあそうよね。白昼堂々、王宮でやることじゃないでしょーに。


 でも、やっちゃってるのよねー。

 バブバブっ子共も、バブバブママ共も。何考えてるのかしら。


 っていうか、何で王宮でやってんの?

 クラブの活動って、ずっと秘密にしてなきゃいけないものじゃなかったっけ?


 私、覚えてるわよ。

 クラブの拠点に行くまで、メチャクチャ厳重だったこと。

 その日ごとに入り口が変わって、そこからさらに何回も転移させられて。


 なのに、何で今、こんなにあけっぴろげにバブバブしてるの?

 ただのバブバブだけじゃ飽き足らず、ついに国家公認露出プレイに走ったの?


「――お父様、大丈夫かしら?」


 城内がこんな状況で、私が思うのはただただその一点だった。

 こんな場所に来て、三日かー。お父様、無事ならいいんだけどなぁ……。

 思いながらさらに王宮内を進み、謁見の間へに続く大扉がいよいよ見えてくる。


「だぁ、ばぶー」


 あ、お父様。


「…………」


 え、お父様?


 私は足を止めて、たった今見たものを確かめるべく、振り向いた。


「あ、あー。あー」


 裸にオムツで、親指をチュッパチュッパしてるお父様がいた。。


「やっぱりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」

「せ、聖女様!?」

「いかがなされました、聖女様!」


 頭を抱えて悲鳴をあげる私を、市民の皆さんが取り囲む。

 それに構わず、私は彼らを押しのけ、座りこんでるお父様へと近寄った。


「……お父様?」

「あ、あぶ……。ばぶ、あぶ、ぶぅ~」


 唇をプルルルさせるお父様は、まるっきりあの夜と同じ格好だった。

 しかし、あの夜と違って、今は完全にバブバブしきっている。


「せ、聖女フラーッシュ!」


 私はお父様に向かって、聖女の力を使った。

 光が迸り、お父様の顔つきが変わる。


「はっ、私は一体……!」

「お父さ――」

「おお、エリィ、これは……、うっ! ば、ばぶぅ~」


 はっや! バブバブに戻るまではっや!?


「聖女フラーッシュ! ツヴァイ!」

「は、エリィ! 私は……、あ、あ~、ばぶ!」


「聖女フラーッシュ! ドライ!」

「むっ、エリィ! 一体、何が……、お、おぎゃっ、あぶ、あ~」


 ダメだぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 聖女の力で一瞬だけ治るけど、またすぐオギャりだすゥゥゥゥゥゥ!


 何、これは何?

 今の王宮、一体どーなってるのよ! 聖女の力が通用しないっての!?


 ――と、思ったそのときだった。



『さすがは、聖女か』



 重々しく響く、その声。


『まさか、これほど迅速に余らの動きを察知しようとは』


 それは、目の前の大扉の向こうから響いてくるものだった。


『だが、ゆえにこそ嬉しく思うぞ、聖女よ』


 ゆっくりと、ゆっくりと、大扉が開かれていく。

 そしてその向こうに、真っ黒な謁見の間が、垣間見えた。


「……陛下」


 私は、赤ちゃん返りしているお父様をその場に残して、立ち上がった。

 謁見の間には、二つの玉座がある。

 一つは、国王陛下の座る玉座。もう一つは、王太子殿下の玉座。


 そこに、二人はいた。

 王としての権威を示す王冠とマントを身に着けた、裸オムツ姿の陛下。

 それと全く同じ格好、同じポーズをしている、王太子殿下。


「「ようこそ、我が腹の中へ」」


 二人は声を揃えて、私に向かって言ってくる。

 え、隠し芸?

 二人で同時に同じことを喋るとか、なかなか器用なことするわね。


「「さぁ、入ってくるがいい、神に選ばれし聖女よ」」


 もはや、バブバブっぷりを隠そうともしない二人が、そう言って笑った。

 フフン、バカなヤツー。

 そんな余裕ぶったって、私には市民の皆さんがついてるのよ。


 見たところ、兵士さんもいないし、数の差は歴然じゃない!

 いくら王様だって、数の暴力には敵わないわよ。そして数の力こそ、私の力!


「さぁ、今こそ邪神の企みを打ち破るときです。行きましょう、皆さん!」


 私は聖杖(安物)を輝かせ、周りの市民の皆さんに促す。

 すると、私の言葉に皆さんはたちまち熱狂し――、


 …………。


「…………」


 …………あれ?


 反応がない。

 私は、謁見の間に固定されていた視線を、自分の周りに移す。


「だぁ、だぁ、ばぶー」

「きゃっきゃ、あ、あーうー」

「おぎゃっ、おぎゃっ、きゃはははは」


 ぎゃあああああ、全員バブッてオギャッとるやんけ――――ッ!!?


「「我が腹の中にあって、常人が意識を保てるワケもなし」」


 そう言って、陛下と殿下は、同じポーズ、同じ表情で笑った。

 え、待って待って。

 じゃあ、何? 今から私、あの変態列強国家元首親子と、タイマン?


「「さぁ、近う寄れ、聖女よ。ゆるりと語り合おうではないか」」


 笑みを深める変態親子を前に、私は思った。


 たすけて、おね――――ちゃ――――んッッ!!!!

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