第15話 伝説の聖女の力に目覚めた妹がついに立ち上がりました

 お父様が王宮から帰ってこない。

 もう、三日も。


 あの、怖すぎる夜が明けて、お父様はすぐに王宮に向かった。

 理由はもちろん、殿下と陛下に事情を聞くためだ。


 私は反対した。

 だって、絶対あいつらまともじゃないモン! 何よ、黒オムツって!


 それに、私が感じた、あの薄気味悪い気配。

 聖女である私に向かって「許すまじ」とかいうヤツなんて、悪者に決まってる。


 だから私は反対した。

 おねーちゃんに事情を話して、何かアイディアをもらおう、って。


 私を二回も助けてくれたおねーちゃんなら、何とかしてくれるって説得した。

 でも、お父様はそんな私の頭を撫でて、こう諭した。


「エリィ、あんまりジョゼに助けてもらってばっかりじゃ、いけないよ?」


 私は、何も言えなかった。

 そしてお父様は馬車に乗って王宮に向かって、そのまま――、


「もぉ、お父様、どうして帰ってこないのよ!」


 自分の部屋のベッドの上で手足をバタバタさせて、大声で叫んだ。

 しかし、それでお父様が帰ってくるはずもなく、ただ虚しさが去来するだけ。


 ため息が漏れる。

 お父様がどうなったかもわからないし、王都も、何か変だ。

 一昨日あたりから、急に「戦争に負けそうだ」みたいな噂が流れ始めてる。


 私はそれを、私の話し相手になってくれる侍女から聞いた。

 何でも、敵国の勢い凄まじく、ハイデミットの軍は圧されるばかりだ、とか。


 はいはい、どうせ私のせいなんでしょ。

 侍女のあの子はそれっぽいことは言わなかったけど、さすがにわかるわよ。

 もう、今日で二週間、私は外に出てなくて、人前にも顔を晒してないんだから。


 いくら私がバカでも、それくらいは想像がつくわよ。

 だって、エントランスで続いてる騒ぎが、ばっちりこの部屋まで聞こえてきてる。


「聖女様はこちらにいらっしゃらないのですか!」

「どうか、どうか、お目通りを!」

「聖女様、ハイデミットをお救いください、聖女様ァ!」


 もーね、がっつり聞こえてるわよ。

 ウチのエントランスで、警備の人と押し問答してる王都の市民達の声。


「聖女様は現在ご病気につき、療養中である! 控えよ!」

「ウソだ! 神様に選ばれた聖女様が、病気なんかに負けるワケねぇだろ!」


 すごい勝手なこと言われてる……。

 いや、まぁ、その通りではあるんだけど、病気とか、聖女の力で治せるし。


 でも、今の私は不治の病なんですー。

 お父様早く帰ってこないかな病っていう、不安で仕方なくなる病気なのー。


 私は愛用の枕を両手に抱いて、ベッドの上を転がった。

 うあ~ん、お父様大丈夫かなー。王宮に見に行った方がいいかなー。でもなー。


 王宮に向かうことは、お父様から止められていた。

 自分が戻ってきたとき、改めて一緒に王宮に登城しよう、そう言われていた。

 そして、帰ってこないワケよ! 不安にもなるってものだわ!


「あ~ん、もう、お父様ァ~!」


 私はどうすればいいの?

 このままずっと、お父様が帰ってくるまで待っていればいいの?


 この、どんどん大きくなっていく不安を抱えたまま?

 明日も? 明後日も? その次の日も? さらにその次の日も!?


 無~理~、絶対無理よー!

 ただでさえ、外に出られなくてフラストレーション溜まってるのに!


 三日よ、三日!

 世界で一番儚くてか弱い生き物の私が、三日も耐えたのよ!

 それなのに、まだまだ我慢しなくちゃいけないなんて、無理よォ――――!


 おねーちゃんに助けてほしい……。


 でも、今のままだとおねーちゃんに手紙を送ることもできない。

 秘匿転移便を使うには、お父様の許可が必要だから。そして、お父様はいない。


 うあああああああ、詰んだ、詰んだわ!

 世紀の美少女、神に選ばれし聖女な私の命運は、ここに詰んだのよ!

 きっと、私はこのまま、待ち続けるストレスで死ぬのね。聖女死亡確定だわ!


「どうか、お助けください! 聖女様!」


 ――ベッドでのたうち回っている私の耳に、声が届いた。


「うー……」


 聞こえてから、私は一度唸って、ベッドでもがくのをやめた。

 外からは、変わらず門前で衛兵と押し合っている市民達の声が聞こえている。


 助けてください。

 お助けを。

 お救いください、聖女様。


 言い方は違っても、内容は全部同じ。

 助けて。助けて。助けて。って、誰も彼もがそればっかり。


 不安なのはわかるけど、他に言うことないのかな。

 私なんて、もう三日も我慢してるのよ。三日も、助けてって言わずにいるのに。


 それに比べて外のみんなったら、情けないわね。

 何で、私なんかに助けを求めるのかしら。

 私なんて、ただの神様から選ばれた聖女っていうだけの美少女なのに。


「…………」


 私は、おもむろにベッドから身を起こした。

 気づいたのだ。


 ――あ、そっか、私、すごいんだ。


 よくよく考えれば、神様に選ばれるって、とんでもないことだモンね。

 顔も知らない市民のみんなが、私を頼ろうとするのも当たり前なくらいに。


「聖女様、どうか我らをお救いください!」

「どうか、どうか!」

「お救いください、お助けください!」


 彼らの、私を呼ぶ声が聞こえる。

 それはきっと、おねーちゃんに手紙を出すときの私と同じ気持ちだ。


 毎回毎回、手紙の最初に『おねーちゃんたすけて』と書く、私の気持ち。

 それは、ただただ、必死の一言に尽きる。とにかく助けてほしい。それだけだ。

 その私と同じモノを、今、玄関前の人達は私に対して訴えているワケ、か。


「……お父様も、言ってたモンね」


 そうよ、助けてもらってばっかりじゃダメよ。

 それじゃあ、あまりにもバランスが悪いわ。好き嫌いはしちゃダメよ!


「誰か、衣装の準備をして!」


 近くにあった人を呼ぶための鈴を鳴らし、私は、声を大きく張り上げた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 聖女の装いに身を包み、私はエントランスへと出た。


「お勤め御苦労様でーす」

「……エリィちゃん、何してるの?」


 警備主任のおじさんが、私の方に近づいてきて小声で言ってきた。

 この人は、ずっと前から仲良くしてくれてて、家族以外で唯一私をエリィと呼ぶ。


「え、聖女様」

「いやいや、それは見ればわかるけど。何で出てきちゃったの!?」


「だって、みんなが私に助けを求めてるんだもの。私、もう見てられないわ」

「ええええぇ~、だからってさぁ~……」


 おじさんは、しっかり眉間にしわを作って私を見る。

 あ、心配してくれてるんだ。やっぱりおじさん、優しいなぁ。


「でも、あそこの人達、このままにしておけないでしょ?」


 私は、チラリと門前を見る。

 そこでは、今も助けを求める市民達が、警備の人と揉み合っている。


「せめて、旦那様に了解取らないとさぁ……」

「だって帰ってこないじゃない、お父様」


 私が言うと、おじさんは「それを言うなよ」と苦い顔。


「お母様も引きこもってるし、つまり、この家で今一番偉いのは私よ」

「で、だから?」


 おじさんの目が私に「何する気だ?」と訴えている。

 私はそれにニッコリと笑って返し、右手に握った杖を高く掲げた。



「――ハイデミットの民達よ!」



 聖女になって以降、度重なる戦場への視察で培ったこの声量を聞きなさい。

 生半可な声で言っても、全然響かないんだもの、戦場って!


「この声は……!」


 私が一声あげただけで、門前の市民達がザワついた。

 はぅん、そんなおっきく反応されたら、何かゾクゾクしちゃう~。


 私は、何とか顔をニヤけさせないよう頑張りながら、歩き出した。

 後ろで警備主任のおじさんが「あちゃ~」と額に手を当ててたけど、何かしら?


 ま、いっか。

 今はそれどころじゃないし。


「エルミーナ、様……」


 警備兵の一人が、私を呼ぶ。

 見れば、門前に集まっている警備兵全員が、こっちを見ていた。


 ああ、この視線。

 これよ、これなのよ。この二週間、ずっと欲しかったのはこの視線なの!


「通ります。おどきください」


 私が短く告げると、警備兵のみんながザッと左右に割れた。

 壁が崩れるようにではなく、扉が開くように。私の前に道ができる。


「おぉ……」

「聖女様だ……」


 その向こう側にいた市民のみんなが、私の登場に息を呑んだ。

 ああ、そのリアクション。最高よ。私が考えてた通りの、私を迎える理想の反応。


 私は必死にすまし顔を取り繕いながら、カツンと踏み出し、歩いていく。

 周りに、一切動きはなかった。その場にいる全員が、私の登場に呑まれていた。


「……見た目に騙されてんなぁ」


 後ろから、警備主任のおじさんの呟きが聞こえてくる。うっさいわね!

 と、いう内心はおくびにも出さず、私は杖を高く掲げる。


「ハイデミットの民達よ、ときは来ました!」


 ここで、また腹の底から大声を出した。

 すると市民も警備兵も、ビクッと身を震わせて、残らず私に視線を注ぐ。


「神は言われました、このたびの騒乱の陰に、邪神ありと!」

「邪神……!?」

「そ、そんなものが、ハイデミットに!」


 いや、知らんけど。

 っていうか、邪神って何かしらね、勢いで言っちゃったけど。


 ま、いいよね。

 考えてみればバブバブクラブとか、何か怪しい宗教みたいだし。

 全部、あいつらが悪いってコトにして、このまま勢いで突っ切っちゃおっと。


「この杖を御覧なさい、これこそは、神より賜りし聖杖です!」


 私が言うと、掲げた杖の先端から、金色の輝きが溢れた。

 それを見た市民達は揃って息を飲み、目を丸くして、杖を見上げた。


「いや、それ旦那様が騙されて買った、ただの先端が光るだけの杖じゃん」


 後ろから、警備主任のおじさんの呟きが聞こえてくるけど、聞こえなーい!

 こんなの演出よ。ノリと勢いと演出で大体何事もどうにかなるのよ!


「神は言われました、今こそ、邪神を討つべきときであると、その言葉を授かるために私は部屋に籠もらねばならなかったのです。待たせてしまって、ごめんなさい」

「おおおおおお、聖女様が、神よりのお言葉を!」

「聖女様、我らをお救いください、聖女様! 聖女様ッ!」


 杖を掲げる私は、途端に市民達に囲まれた。

 彼らはその場にひざまずいて手を合わせ、私に祈りを捧げ始める。

 そんな彼らに、私は言った。



「お救いします、皆さんを」



 それは間違いなく、不安に潰されそうな彼らが最も欲している言葉。

 言った直後の反応は、まさに劇的だった。


「聖女様、おおおおおお、聖女様ァ!」


 涙をあふれさせて私を崇める人。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 泣きながら、その場で感謝の土下座を敢行する人。


「ああ、よかった。これで救われる。母さん、よかったよぉ!」


 感激のあまり、奥さんとおぼしき女の人と抱き締め合うおっちゃん。


「「「聖女様! 聖女様! 聖女様! おおおおおおおおおおおおおお!」」」


 市民の皆さんは、一丸となって私を称賛し、敬い、喝采を上げた。

 そして、全方位からそれを浴びる私は――、


「……エヘヘ」



 き、気ン持ちいいいいいいいィィィィィィィィィィ――――ッッ!!!!



 何これ、今まで感じたことないんだけど、この気持ちヨさ!

 頑張って聖女モード保ってたのに、思わず顔がニヤけちゃったわよ!


 市民達が私を呼ぶ声が、私に助けを求める視線が、私の体を熱くする。

 熱が巡る。力が漲る。今だったら私、何でもできる気がする。


 もう、何も怖くない!


 これが――、助ける側に回ったときの気持ちなのね。

 ああ、ダメ、なかなか表情が戻せない。顔がニヤけて戻らないぃ~。


「おお、聖女様が笑みを……!」

「我らを安心させようとしてくださっているのだ!」

「「「聖女様! 聖女様! 聖女様! おおおおおおおおおおおおおお!」」」


 そう、そうよ、もっと褒めて! もっと盛り上がって!

 聖女の私にもっと頼って、もっともっと、私はすごい子だって言ってッ!


 ああ、満たされる。おねーちゃんが私を助けてくれるワケだ。

 人を助けることが、こんなに気持ちいいなんて知らなかったわよ、私。


 これは、気合を入れるしかないわね。

 この人達の不安をブッ潰すついでに王宮に行ってお父様を探すわ。


「邪神は、王宮に潜んでいると言われました! いざ、王宮へ!」

「「「聖女様! 聖女様! 聖女様! おおおおおおおおおおおおおお!」」」


 興奮する市民達の声援を背に受けながら、私は杖で王宮を示す。

 その先には、真っ白くて大きな王宮が――、


「……あれ?」


 王宮って、あんなに黒くてトゲトゲしてたっけ?

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