第12話 伝説の聖女の力に目覚めた妹の姉が窮地に陥りました

 ハイデミット辺境、エスティノ村。

 その村の、村長宅。

 つまり私の家に、トマスさんを始めとして、多くの村人が詰めかけていた。


「お嬢さん……」


 みんなが集まるリビングで、トマスさんが私を見つめる。

 その瞳には、困惑の光が色濃く揺れていた。


「どうして、こんなことを?」


 全ての村人を代表して、彼が、私にそれを尋ねてくる。

 トマスさんの隣には、村の長老格であるガゥンドさんも付き添っている。


 普段、ガゥンドさんはあまり村に顔を出さない。

 その彼が、こうして村人と一緒にいるということは、それだけの事態だということ。


 私は、一通り視線を巡らせて、他の村人達の様子も確かめた。

 お向かいに住んでいるおばさんも、道を挟んだ先に住むおじさんも。その息子も。

 全員が、トマスさんと同じように困り顔を浮かべている。


 怒ったり、私をなじったりしようとする人は、今のところ誰もいなかった。

 つくづく私はいい場所に来たのだと、実感する。申し訳ないほどに。


「お嬢さん」

「はい、わかっています」


 トマスさんに呼ばれ、私はうなずいた。

 彼は、私を質しているワケではない。ただ、理由が知りたいだけなのだ。


「どうして、冬への備蓄に手をつけてしまったんですか……」

「…………」


 彼のその問いに、私はただ、押し黙るしかなかった。

 王都に向けて転移便を送るために行なった方法、それは供物を捧げることだ。


 私の家の倉庫に積み上げていた、冬を乗り切るための備蓄食料。

 干し肉、魚の干物、干した薬草、氷室に入れた冷凍野菜。諸々の加工食品。


 それらを供物として捧げ、マリシアに手紙の転移を行なってもらった。

 備蓄食料は全て、春と夏の間に用意したものだ。

 地脈が活性化している時節に収穫したそれらには、大地の力が豊富に宿っている。


 そして、魔法陣の効果によって食料を魔力に還元し、不足分を補った。

 他に方法はなかった。手紙を王都に送るには、こうする以外になかったのだ。


 今、私の家の裏手にある倉庫は、完全に空っぽだ。

 そこにあるのは、マリシアに書いてもらった転移用の魔法陣だけ。

 本来、山と積んであるはずの食料は、そこにはもう、ひとかけらもありはしない。


「とんだ自殺行為じゃのう」


 ガゥンドさんが言う。

 もちろん、そんなことは百も承知している。


 高地にあるこの村は、冬になると雪によって道が閉ざされてしまう。

 外との行き来も出来なくなるため、閉じこもるしかない。

 だから、村の各家々で春と夏の間に食糧を溜め込んで、冬を乗り切るのだ。


 食料の溜め込みは、家単位で行われる。

 私も、それは知っていたから、春になると同時に備蓄の準備を始めた。

 そうして貯蓄できた量は、計算上、冬を十分に越せる量だった。


 それが、なくなった。


 私と、マリシアと使用人達は、この村で冬を越せなくなったのだ。

 だからといって、他家に助けを求めるわけにもいかない。


 この村では、みんなが助け合って暮らしている。

 それは、比較的豊かなこともあるが、単純に村人達がいい人だからでもある。

 だがその善良さも、こと生き死にが関わってくるなら話は別だ。


 他の家々とて、私と同じ、冬を越せるだけの食料は溜めているだろう。

 しかし、それはもちろん家族の人数に合わせた計算のもと、できあがった貯蓄だ。

 そこに別の人間が一人でも加われば、計算は破綻し、最悪、共倒れになる。


 冬が目前に迫ったこの時期に、食料の備蓄をなくす。

 それは事実上、この村での生活を放棄するに等しい行為なのであった。


「お嬢さん、理由を、話してくれませんか?」


 トマスさんが、真摯な目で私を見て、まっすぐに尋ねてくる。

 重ねて記す。彼は、私を質しているワケではない。心配してくれているのだ。


 もう二年近く、この村で彼や、他の村人と日々を過ごしてきた。

 だから私にはわかってしまう。

 皆がここに集まった理由が、私やマリシアを心から心配しているからだ、と。


「……ごめんなさい、トマスさん」


 そんな彼に、彼らに、だけど私は理由を言えない。

 だって、話すなら確実にクラブの存在に触れねばならなくなる。


 クラブに関する情報は本来、門外不出にして口外厳禁。

 軽々しく外に吹聴すれば、それだけで口封じを目的とした大虐殺が起きかねない。


 だから言えない。言えるはずがない。

 理由を告げて、もし、この村の人々が王都の連中に目をつけられたら……、


 ――いや、よそう。そんなの、ただの自分への言い訳だ。


 私が本当に恐れているのは、トマスさん達が私を許してしまうことだ。

 事情を全て話して、もし、彼らが私を許したらどうする。

 そして、食料の備蓄をみんなで分け合いましょう、なんてことになったら――、


 おそらく、ほぼ確実に、誰かが飢える。

 死ぬとまでは行かなくとも、食料不足は絶対に起きるだろう。


 私は、それが怖い。

 この村で懸命に生きている皆に、私は多大な迷惑をかけることになってしまう。

 村人達は、それをも許すかもしれない。だが、私が私を許せなくなる。


「食料がなくなった以上、私は冬になる前にこの村を出ていきます」


 私は、決意をもってトマスさん、ガゥンドさん、他に皆にそう告げた。

 後ろで、マリシアがため息をつくのが聞こえる。


 ごめんなさいね、マリシア。

 この村は、あなたにとっても安住の地になったでしょうに。


 それを、私のわがままで退去させることになってしまう。

 私は彼女に何と詫びればいいのか。

 償いができるとは思えないが、何とか、できることをやっていくしかないだろう。


「お嬢さん、理由は何なんですか?」

「……それは、その」


 気色ばむ彼の顔を、私はこれ以上見れない。

 きっぱりと話せませんとも言えず、どうしても言い淀んでしまう。


 私を案じてくれている。

 それが、一目見ればわかってしまうから、申し訳なさがさらに募っていく。

 同時にそれを嬉しく思ってしまうのが、私のどうしようもなさだ。


「この村が、イヤになりましたか?」

「そ、そんなことはありません!」

「だったら、どうして話してくれないんですか。食料は、どうしたんですか!」


 トマスさんが、ついに叫んだ。

 その顔は辛そうに歪んで、それでも私を見る瞳はどこまでもまっすぐで。


 ああ、死にたくなってしまう。

 私なんかのために、王都のアホな妹のために、彼にこんな顔をさせてしまった。

 自分の不甲斐なさが、心底から情けなくなってしまう。


「トマスや、そう声を荒げるでない」

「……ガゥンドさん」

「見てみぃ、村長の嬢ちゃん、泣きそうになっておるではないか」


 え。


 ガゥンドさんに言われて、私はあわてて目元を拭った。

 涙は、零れていない。でもきっと、私は酷い顔をしていたのだろう。


「すみません、お嬢さん……」

「いえ、いいんです」


 トマスさんも、気まずそうに私から離れた。

 私はかぶりを振ると、今度はガゥンドさんが私に向かって言ってくる。


「何やら事情があるのはわかった。が、これだけは確認させておくれ」

「何でしょうか……?」


「このままじゃ、あんたの言う通り、あんたらは村を出てかねばならん」

「……はい」


 うなずくと、ガゥンドさんの表情が険しいものに変わる。


「いいんじゃな? この二年近くを、あんたは捨てて行くんじゃな?」

「…………」


 そんな言い方、ズルい。

 私だって、捨てたくない。この村はとてもいいところで、すっとここにいたい。

 トマスさんとも、ガゥンドさんとも、他の人達とも、もっと仲良くしたい。


 でも、あの手紙を送らなきゃ、エリィがどうなっていたかわからない。

 あの子は、バカで、調子に乗りやすくて、いつもそれで失敗をしてしまう子だ。


 だけどきっと、バカなのは私も同じで。

 どうしても、あの子を嫌いになりきれない。非情に徹することが、できない。


 手紙を送ったことに、後悔はしてる。

 でも、送らなきゃ、もっと大きな後悔をしていたと、私は思っている。

 だから、この選択で正しい。私は、この村を出て――、



「もういいでしょう、お嬢様」



 突然、マリシアが割って入ってきた。


「マリシア?」

「これ以上、お嬢様が苦しむ必要がどこにあるのですか」


 マリシアは硬い顔つきでそんなことを言う。

 それは、彼女の怒りの表情だ。

 私が王都を出ることになったときにも見せた、心底からの激怒の顔つき。


「マリシア、まさか、あなた……」

「百万歩譲って、エルミーナ様も被害者と見てもいいと思わなくもありません」


 大体あの子が悪いって言いたいのね、マリシア!


「しかしながら、かの連中によってお嬢様が苦しまれるのは、看過できません」

「マリシア……」


 待って、マリシア。

 ダメ、言ったらダメなのよ。クラブに関する情報を、外に出してはダメ!


「かの連中、というのは何じゃい?」


 ガゥンドさんが、眉間にしわを寄せてマリシアに尋ねる。

 私は、マリシアに目配せして、必死にかぶりを振った。


 絶対に言っちゃダメ。

 この村の人達を巻き込むのはダメよ、わかってるわね、マリシア。


「かの連中というのは、ハイデミット王都の王宮に巣食うバブバブクラブという、いい年してるクセに赤ちゃん退行オギャリというイカれた性癖を共有する夜の紳士共(鼻で笑う)の巣窟です。元々王太子殿下の婚約者であったこちらのお嬢様と、妹君で現婚約者あるエルミーナ様は、毎晩毎夜、王太子殿下のオギャリ担当ママをさせられておりまして、そこにさらに国王陛下まで加わられて、おまけにお嬢様の母君であるクラリッサ様がバブバブバァバなる、脳の全血管が完全に腐り果て落ちた人間が考えたとしか思えない頭の悪い称号を授かりそうになりまして、それに対してお嬢様とエルミーナ様が協力してロリロリクラブなる、自称真なる紳士(失笑)の集いを利用し、阻止したはいいのですが、エルミーナ様は根っからのアホの子でございまして、ロリロリ含めた他のクラブからちやほやされたくてクラブ秘伝の錬金薬を飲んだ結果、聖女のくせして股間に棒が生えるという面白珍生物化して、戻れなくなってしまったのです。それを戻すための方法を記した手紙を送るために、食料の備蓄を使わせていただきました。本当に、皆様にご心配をおかけして申し訳ありません。悪いのはアホの子のエルミーナ様と脳みそがヘドロ化しているバブバブクラブの面々ですが」


 マリシアァァァァァァァァァァァ――――ッ!?


 マ、マ、マ、マリシアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!???


 あなた、口外厳禁どころか、知ってるコトあますところなくブッパしたわね!

 しかも、エリィのことをそこまで強くアホの子と思っていたのね!


「ああ、何てことを……」

「スッキリしました」


 膝から崩れ落ちる私に、マリシアは真顔で淡々とそう言った。

 心なしか、お肌のつやが増しているわ、マリシア。


 ああ、でもこれで、終わってしまった。

 バブバブクラブの話をしてしまった以上、この村の人達を巻き込むことになる。

 それは、私が許されるのと同じくらいに恐れていた事態だ。


 こうなると、あの王都の連中の性癖についても語らなきゃいけなくなる。

 それが何よりも、気が重い。

 この村の、純朴で真っ当な感性を持った人達が触れていいものじゃないでしょ。


 ああああああああああ、マリシアったら、もぉ~……。

 と、嘆きかけていたら――、


「まさか、バブバブバァバですって!」


 トマスさんが、血相を変えて大声で叫んだ。

 見れば、ガゥンドさんもその顔を青ざめさせ、村人達もザワついている。


 ……あれ、何かしら、この反応?


「村長の嬢ちゃんよ」


 逆に戸惑う私に、ガゥンドさんが深刻な顔で近づいてくる。


「まさかあんた、あいつらを知っておるのか?」

「あ、あいつら……?」


 私が問い返すと、ガゥンドさんはうなずき、重く沈んだ声で告げる。


「大陸最古最悪の暗黒性癖邪教集団――、バブバブバァバ教団じゃよ」


 この人は何を言ってるんだろう、と、私は思った。

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