第9話 伝説の聖女の力に目覚めた妹だった人が家の中で遭遇しました
――何か、慣れたわ。
十日も経つと、ネコミミも羽根も、案外悪くないって思えて来るのな。
それに今は男でガキだし、ママにならなくていいんだよな、俺。
「わ~、楽。すげー楽じゃん。最高じゃん」
元々の俺の部屋で、俺はベッドに寝転がって本を読んでいた。
親父が読書家なのもあって、この家には結構でっかい書庫があったりする。
前は、本なんて読むのもめんどくさかった。
けどこの姿になって、親父に匿ってもらって、やることなくて退屈になった。
で、本を読み始めたら、案外面白いでやんの。
食い入り嫌いってダメだなー、あ、違った。食わず家来だっけ。あれ?
ま、いいや。本の続き、本の続き。
今読んでいるのは、大昔の寓話や伝説を集めた寓話集みたいな本だ。
俺と同じ聖女が、勇者と一緒に魔王をやっつけた、って話を読んでる。
どうやらこの話は現実にあったらしくて、勇者の名前までばっちり書いてあった。
変な名前の勇者だなと思いつつ、俺はページをめくっていく。
魔王は聖剣を持った勇者に倒されて、最後は聖女と仲間達と共に旅に出る。
そして物語はハッピーエンド。めでたしめでたし、だ。
お伽話みたいな話だけど、現実にあったって考えると何かすごいな。
ま、俺も神様に選ばれた聖女だったけどさ。
今は男でガキで、聖女でも何でもなくなっちゃったけど。
「さ~て、次の本、次の本」
読み終えた本をその辺に放って、俺は次の本を取ろうと手を伸ばす。
だけど、あれ、手を伸ばした先に何もない。
「あ~、新しく本を持ってこないと、か~……」
少し離れた場所に机があって、本はその上に平積みにされている。
しかし、そこまで行くのがもうめんどくさい。
ベッドから立ちたくない。寝転がってたい。
だから俺は、机の方に手を伸ばして、手のひらから触手を生やした。
ぬらりとした触手が伸びて、一番上の本に巻きつく。
頭の中で引っ張るイメージを描くと、触手はその通りに動いて本を引き寄せた。
「ヘヘヘ、だいぶ上手くなってきたな」
触手を引っ込めて、俺は引き寄せた本を開く。
それにしても、ヒマだー。本を読むこと以外に、本気でやることがない。
今は四つになってる俺の耳が、外の騒ぎをしっかりと聞きつけている。
屋敷の門の前に、聖女を出せって言ってる連中が押しかけてるらしいのだ。
だが、親父は頑として俺を外に出さない。
俺も今の格好を家族以外に晒す気はなくて、だから、聖女は病気で療養中だ。
俺が女でなくなって、もう十日になる。
秘薬をまとめて飲んだせいなんだろうけど、もう、女には戻れないのかな。
「……それは、ヤダな」
ネコミミとネコ尻尾には慣れた。
背中に生えてる羽根にも慣れた。
触手が生えるのは、かなりイヤだったけど慣れちゃった。
――でも、男のままでいることだけは、慣れることができなかった。
何だよ、あのお股の玉と棒!
ぶつけたら超痛いんだぞ。触ったら何かおっきくなったし、キモいわ!
っつーか、俺は男じゃなくて女の子なの、聖女なの。
神様に選ばれた、最高に可愛くて、最高に偉くて、最高に人気者の聖女なの!
「聖女なの、に、なぁ……」
ため息が漏れる。
一生このままだったらどうしようという恐怖が、いつまで経っても消えない。
親父に相談しても、調べてみるの一点張り。
それが全然頼りにならなくて、無理言ってねーちゃんに転移便送ったけど。
あー、ねーちゃん、頼むよー。
これまでのこと全部謝るから、俺を助けてくれー。頼むー。
「……あー、本読むか」
せめてもの現実逃避に、俺は本を読むしかないのだ。
が、やっべ、これつまんねーわ。何かワケわかんない魔法の論文だわ。
「あ、ヤバ、ねむ……」
……………………。……………………。……………………。……………………。
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……………………ん?
「……あー、あれ?」
気がつくと、すっかり暗くなっていた。
いつの間にか寝ていたらしく、ちょっとよだれ垂れてやんの。
窓から外を見ようとすると、いきなり光が奔った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
激しい風に、窓がガタガタ鳴っている。
灯りのない中でもわかる。雨が降っていた。ご丁寧に雷つきだ。
「……勘弁してくれよ」
俺は苦い顔をする。
雨は苦手だ。濡れるし、強く降ると窓が鳴ってうるさいし、それに怖い。
また、雷が鳴った。
一瞬だけ光って、そのあとでゴロゴロと響く低い音が、腹の奥まで響いてくる。
ホント、勘弁してくれ。雨も雷も、好きじゃないんだって。
「おなかすいたな、食べ物漁るか……」
俺はベッドから立ち上がった。一人でいるのが心細くなったのもある。
ドアを開けると、通路もまた、暗かった。
「オイオイ、灯りつけとけよ……」
照明は魔力を用いた魔法灯で、スイッチを押さなきゃついてくれないんだよな。
暗い中を、一人でスイッチのあるところまで行かなきゃいけないのか。
……イヤだな。
「でも、行かなきゃなぁ……」
行かなきゃ、いつまで経っても暗くて怖いままだ。
そう思った俺は勇気を出して――、ん?
通路に出て、気づいた。
長く伸びた暗い通路の先に、誰かが立っている。
風と雨の音が鳴り響く中、その姿は陰になっていてほとんど見えない。
だけど、シルエットで何となくそれは親父だとわかる。
親父、一体あんなところに立って何を?
それに、手に何かを持ってる……?
そのとき、みたび雷鳴が轟いた。
閃いた雷光が窓から一瞬だけ通路を照らし、そこに立つ影を浮かび上がらせる。
「な、ぁ……」
俺の全身を、悪寒が突き抜けた。
バカな。そんな、バカな。いるはずがない。こんな場所に、いるはずが……!
雷光が照らしたそこに立つ人物は、裸。そして、黒いオムツ。
顔には黒い仮面をつけて、右手にはガラガラ。
「バブバブっ子、何でこんなところに……!?」
おののき、声を震わせる俺に、黒い仮面のバブバブっ子は言った。
「あぁ~いぃむ、ゆぁ、ふぁあああぁぁざぁぁぁぁぁ~」
NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!?
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