第2話 あなたは誰?
その日、花屋『DESTINY』で働いていた瑠璃は、険しい表情をしていた。
異変に気がついた明美が声をかける。
「どうしたの? 怖い顔しちゃって」
「えっ……」
「プロポーズまで受けた幸せ者とは思えない。108本の薔薇だったんでしょ? それって、結婚してくださいって意味じゃない!」
「はい……」
「ちょっとー。何? まさかマリッジブルー?」
「いや……夢がいつもと違ったんです」
「ん? 夢?」
「はい。わたし、毎晩同じ夢を見るんです。自分の家が燃えていく夢」
「……」
「でも、今日は違った……」
「でもそれって、ひょっとしたら良いことなんじゃない?」
「えっ……」
「瑠璃ちゃんが、あの日から解放されたっていう、そういうことなんじゃない?」
「……」
「結婚が新たな転機になったのかな」
確かに大きな変化と言えば、間違いなくプロポーズだった。
拓にプロポーズされたわたしは、火事の夢を見なかった。
でもそれは、たまたまかもしれない。しかしこれまで、火事の夢を見ない日はなかった。
そして、あの夢に出てきたピエロは一体……
× × ×
瑠璃は、何もない真っ白な空間を歩いていた。
辺りをきょろきょろしていると、ピエロのジョーンが現れる。
「あなたは……助けてくれたピエロ」
思わず瑠璃がそう口にすると、ジョーンは丁寧にお辞儀をして見せた。
ステッキのようにダリアの花を取り出し、瑠璃に差し出す。
「ダリア……?」
ジョーンは小刻みに頷く。
「ありがとう。ねぇ、ピエロさんは……」
ジョーンは胸に縫い付けられた布切れを瑠璃にアピールした。
布切れには『ジョーン』と書かれている。
「ジョーン? あなたジョーンっていうの?」
ジョーンは嬉しそうに小刻みに頷いた。
「わたしは工藤瑠璃。よろしくね」
ジョーンは嬉しそうに瑠璃の周りをスキップした。
× × ×
その日、瑠璃は宮内の車で、とある場所に向かっていた。
「もうすぐ見えてくるよ」
「楽しみ」
瑠璃は微笑み、窓の外を見つめていた。
ある一軒家の前で、宮内の車は止まった。
「ここが、この前言ってた家?」
「そう。今すぐにでも生活できるようになってるから」
瑠璃は室内を嬉しそうに散策する。
宮内はそれを見守っていた。
キッチンには食器やグラスが、既に二人分揃えられている。
お揃いのマグカップを見つけ、瑠璃は微笑んだ。
「気にってくれた?」
「うん。なんか、すごい不思議なんだよね。自分の家があるってこと。帰る場所があるってこと」
「これからは、ここが僕らの家。瑠璃は一人なんかじゃないよ」
「うん」
あの火事の日以来、わたしには帰る場所がなかった。
帰る場所をつくってくれたのは、間違いなく拓だった。
「本当にお世話になりました」
瑠璃は明美にアパートの鍵を渡す。
「これからは二人暮らしか……」
「こういうのを運命って呼ぶのかしらね」
「えっ?」
「玉の輿って羨む人もいるだろうけど、まぁでも、瑠璃ちゃんにとっては命の恩人だもんね」
「はい」
「でも羨ましいわ。なんてね」
ダリアには素敵な花言葉がある。
華麗、優雅、感謝……
わたしにも、素敵な未来が待っている気がする。
夢に現れたピエロのジョーンは、何者かに追われているわたしを助けてくれた。
きっとこれからはじまる新しい生活が、幸せに溢れていることを伝えてくれているのだろう。
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