やけど
佐藤そら
第1話 火事の夢
いつも同じ夢を見る。
何度も、何度も……。
暗闇を明るく照らし、一軒家が激しく燃えている。
消防車のサイレンが、深夜の住宅街に鳴り響いた。
燃え盛る炎の中、まだ7歳だった工藤瑠璃は、母、美希と、父、和正のもとへと駆け寄ろうとした。
しかし、炎に包まれた柱がゆく手を阻み、まるで家族を引き離すかのように瑠璃めがけ倒れてきた。
柱は、瑠璃の腕を直撃した。
炎の中で、泣き叫ぶ。
母と父がわたしを呼ぶ、悲鳴にも似た叫び声が、朦朧とする意識の中で聞こえてきた。
わたしの大切な家が、母が、父が、炎に飲み込まれていく。
誰かがわたしを抱き上げ、外へと連れて行く。
手を伸ばしても届かない。もう、届かない……。
× × ×
目を覚ますと、辺りはまだ真っ暗だった。
また今日も同じ夢を見た。そして、わたしは泣いている。
夜はまだ、長いようだ。
わたしの腕には、“やけど”の跡が残っている。
今も、あの日の火事を忘れたくないというように。
2017年、秋。
瑠璃は、花屋『DESTINY』に勤務している。
表で花の手入れをしていると、店の奥から佐倉明美がやって来た。
「あの人、またお花買いに来たよ。誰かさんの為に。IT会社の社長かぁ。あーあ、瑠璃ちゃんはいいな、愛されてるんだもん」
「えっ? 明美さんだって……」
「うちはダメ。もう冷めきってるの。やがて終わりが来るわ。咲き続けられたら、素敵なのにね」
呆れたように明美は言うと、花切りバサミで枯れた花を切り落とした。
店の前を宮内拓が通りかかった。明美が口にした、あの人である。
宮内は、笑顔で瑠璃に手を振っている。
「拓!」
瑠璃の顔は、たちまちほころび笑顔になった。
「来週、あのレストランの予約が取れたんだよ!」
「え、ホント!」
「うん」
瑠璃は宮内を笑顔で見送った。
× × ×
その日の夜、瑠璃は再び火事の夢にうなされていた。
暗闇を明るく照らし、一軒家が激しく燃えている。
消防車のサイレンが、深夜の住宅街に鳴り響いた。
そして、どこからともなくピアノの音色が聴こえてきた。
燃え盛る炎の中、リストの『愛の夢 第3番』が流れている。
炎に包まれた柱がゆく手を阻むように倒れ、7歳の瑠璃の腕を直撃した。
男が中に入って来る。
男は瑠璃を後ろから抱き上げると外へと連れ出した。それは宮内だった。
宮内を見て青ざめていく美希が、炎の中に飲み込まれていった。
× × ×
目を覚ますと、辺りはまだ真っ暗だった。
また今日も同じ夢を見た。そして、わたしは泣いている。
夜はまだ、長いようだ。
わたしの腕には、“やけど”の跡が残っている。
今も、あの日の火事を忘れたくないというように。
わたしはいつまで、この火事に苦しめられ続けるのだろう。
レストランの予約日が来た。
窓からは綺麗な夜景が見える。
笑顔で瑠璃と宮内は食事をしていた。
すると、突然店内の明かりが消え、辺りは真っ暗になった。
再び明かりが付くと、108本の薔薇の花束を抱えた宮内が登場した。
瑠璃は驚きを隠せなかった。
宮内は薔薇の花束を抱え、瑠璃の前に歩いてくる。
「僕と結婚してください」
「……! はい!」
花束を受け取った瑠璃は、周囲から祝福された。
× × ×
瑠璃は街中を、走って逃げていた。
数人の男達が瑠璃をどこまでも追いかけて来る。瑠璃は必死に逃げる。
「助けて……」
瑠璃が逃げた先は行き止まりだった。男達に取り囲まれる。
「助けて……」
瑠璃は目をギュッと閉じた。
すると、瑠璃の前に男性ピエロのジョーンが現れる。
「えっ!?」
瑠璃は目を開け、ピエロのジョーンの姿に戸惑った。
ジョーンが壁に手をかざすと、行き止まりは消え、そこには道ができた。
ジョーンは瑠璃を逃がすと、走る瑠璃を見送るように手を振った。
男達が追いかけようとすると、道は消え、そこは行き止まりに戻った。
× × ×
目を覚ますと、辺りはまだ真っ暗だった。
どうやらわたしは、息があがっている。
まるで、さっきまで本当に走っていたかのように。
いつも同じ夢を見る。
何度も、何度も……。
けれどもこの日、わたしははじめて、違う夢を見た。
あのピエロは一体……!?
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