幇助

西丘サキ

幇助

 毎月毎月飽きもせず、カメコとモデルでトラブルが起きている。

 くだらないな、と私は思う。


 撮影したいとは名ばかりで、若くてかわいいモデルをやるような子といちゃつきたい変態か、バイト感覚で平気でドタキャンしたり、妙な交渉ごっこをしたりする社会人感覚のないコドモが揉めているだけ。撮影以前の社会人的な問題で、ひとくくりにされるのは迷惑だ。それに、写真が好きならその熱意は伝わるはずだし、本気になってそれだけに取り組むはずでしょ。本当にくだらない。

 私がこの2年ほどまっとうにやってきただけで今の立場を得られたのが証拠だ。SNSで数万単位のフォロワーがいて、写真を投稿すれば常に数千単位の反応、そしてそれが評価されて写真の仕事やカメラメーカーのモニターやフォトウォークのガイド役、今日みたいに写真教室の講師の仕事も入ってくるようになった。いい写真ができるように試行錯誤して、どうしたら受け入れられるかを工夫してきた結果だ。ちゃんとやればちゃんとした人が見ていてくれるし、ちゃんとした仕事につながっていく。

 それなのに、私が女子大生というだけで突っかかってくる連中がいる。ホワイトバランスの違う写真を並べて比較させたとか何とか、少し前は写真がフィルターとプリセットで仕上げた出来の悪い加工の表現もどきとか何とか。クリエイターなのか学生なのかよくわからない人から売名目的らしい擁護も湧いてくるようになって収拾がつかなくなりそうになったから、炎上対策のリスクマネジメント通りに釈明して謝罪して話を終わらせた。だけど、本当は私の写真を一方的に理不尽に叩いているだけだ。女子大生を売りにして写真をバズらせて仕事をしていると思い込んで。写真を見もせずに。

 ほんと、写真だけがしたい。


 気を取り直してセミナーの準備を進める。私が写真撮影というこの活動を始めた頃から懇意にしているCuratoが、新しく主催したセミナーだった。Curatoはただのカメラ女子だった私を取り上げてくれて、フリーランスフォトグラファーとして目処が立ちそうな今の状況にまで至るきっかけを与えてくれたウェブメディアだ。ウェブメディアもいろんなグループがいろんなメディアを立ち上げていて一見よくわからないが、Curatoは比較的古くから展開していて名の知れた写真家が何人も輩出されCuratoの運営に関わっている。そんなところから新企画の参加の声をかけられて、断る理由がなかった。ただのよくある写真教室のゲスト講師程度だったならばそこまでメリットもないし、受けなかっただろう。それに、参加者はみんな私のファンで、私みたいな写真を創りたい好意的な人たちだから心配することはないと、一緒に準備を進めてきたCuratoのスタッフは人に教えたことのない私を励ましてくれている。やっぱり、Curatoの人たちは温かい。


「sa-yaさん、そろそろ時間なんで準備をお願いします」

 スタッフから声がかかる。肯定の返事をして、私はアプリを立ち上げた。表示されている接続数は事前に聞いていた参加人数とほぼ同数で、それだけの人が自分のことを待っているという事実が私は嬉しかったし、私が正しい方へ進んできたことをありありと実感する。


 時間が来て、セミナーが始まった。実際、楽だった。みんな私の写真の雰囲気が出したくて集まっているし、私は私で基本的な写真の話をした後は自分の十八番の写真の方法を説明しただけだった。私の説明に対する反応も上々だったし、これだけうまくいくのなら、私もどこかの講師くらいは続けていけるだろう。

 形式もオンラインで、私のいるCuratoの会議室に用意したPCと参加者のデバイスをつないで行ったから、大教室の講義みたいに私が一方的に話すだけ。私が操作しているPCの画面を共有して説明用のスライドや写真編集の作業を見せていたから、参加者の顔が目に入ってくることもほとんどなかった。対面だったらもう少し緊張しただろうか? 居並んで自分の方を向いている人間の圧はあるのかもしれないけれど、少なくとも今は感じていない。トラブルに備えて少し離れたところに控えている、Curatoのスタッフからも同じように感じなかった。もちろんそれも、今この場で一緒に同じ方を向いて仕事を進めているからというだけかもしれないけれど。


 典型的な私の写真を何枚か順を追って完成形までの流れを見せたところで、質疑応答の時間を取る。元々予定されていた企画では参加者の自信の1枚を持ち寄ってもらって、私がいくつか講評を加える、という流れだった。しかし、思いのほか参加者が集まったとのことで、写真の講評ではなく質疑応答に変更された。質問も事前に集めており、スタッフが選別したものが私の手元に回ってきて、そこから私が採用するものを選び出している。すべてに目を通そうとは思わなかった。きっとSNSのDMと同じだ。たとえ私に好感を持っていたとしても、私が好感を持つことを言ってくるとは限らない。事実これまでに私が受け取ったことのある内容は、単純な悪口から、特定の写真について場所や時間帯といった詳細情報の問い合わせ、ひがんだような成功の秘訣についての質問、見知らぬ人からの突発的な個人レクチャー、好意にかこつけたセクハラ含みのほめ殺し、単なるデートの誘い、情報商材や怪しげな広告塔の依頼など。なぜか経験のない私へのポートレートモデルの依頼もあった。そんな内容が、個人がある程度把握できるような、面が割れている人間からも送られてくる。あまり信じたくはないが、この場でも、いたずらにプライベートを詮索するような質問が来ることは起こりえるだろう。不愉快なものを無理やり自分で選別して目にすることもない。

 そんなふうにして選び出された質問を順に答えていった。写真を始めたきっかけや、好きなフォトグラファー、作品作りで大事にしていること……当たり障りのない内容が続いていく。まるで面接だな、と思いながらひとつひとつを私のイメージが崩れないように答える。嘘は言わないけど、口にすることと口にするやり方くらいは選ぶし整える。誰だってやっていることだ。


「――では次の質問、ラストです。えっと、AYA-Meアヤメさん。私みたいな『フォトグラファーに憧れて目指している女子大生です』。憧れ、とまで書いていただいてありがとうございます。えと、私に『近づきたくて、いろいろな写真を撮っているのですが、なかなかうまくいかず、転機も見えません。そこで質問です。伸び悩んでいる時や、思った通りの写真が撮れないことが続く時、どのようにそんな状態を抜け出しましたか?』……うーん、ちょっと聞いてみようかな。アヤメさんいらっしゃいますか?」


 呼びかけたのは気まぐれだった。答えることは大方決まっているけれど、その前に本人と話してみて微調整した方がいいかと思った。それに、カメラ女子自体少ないから少しくらいひいきみたいなことをしてもいいだろう。


『はーい、AYA-Meアヤミーです!』


 ほどなくして返答があった。自動で発言者に画面がクローズアップされる。私より少し若い。大学2年生くらいだろうか。背景は写真を合成して場所の様子がわからないようになっていた。デフォルトの画像ではなくて、本人が撮った写真だろうか。ともかく、まずは名前の読みを間違えていたらしいことを謝る。


「あ、アヤミーさんなんだ。ごめんなさいずっと間違えてて」

『全然大丈夫です! ありがとうございます質問取り上げてくれて。めっちゃ嬉しいです! 私本当に大好きで、sa-yaさん風にした写真を撮ってて、背景にしてるのもそれなんです』

 一息にそう言ってAYA-Meさんは少し横にずれて画像全体が見やすくなるようにした。どうりで見たことのない画像だったわけだ。正直言ってあまりうまくなかったけど、それだけ自分のことを気に入ってくれているということが微笑ましくて嬉しい。

「へえ、AYA-Meさんが撮ったんだ。しかも私風にして! 嬉しいありがとう」

 意図したわけではないけど、自然と敬語が抜けていた。まあ同世代だし、大丈夫だろう。一応口調を戻して私は問いかけた。

「この質問なんですけど、うまくなるっていうよりはなかなか思ったように写真が撮れないなーっていう感じですか?」

『そうです。なんかイメージ通りじゃないというか、やりたかった感じが上手く出なくて』


 話の方向はわかった。私は少し間を置く。もちろん答えることはもう決まっているのだけれど、質問の意図とマッチするように見せ方と組み立て方を考えていた。プレゼンや組写真と一緒で、どんな順番にしてどこを強調するかで伝わるものは大きく変わる。たとえ答えに大差がなかったとしてもだ。そこまで含めてアウトプットだということを、写真を始めてから私は何度も感じてきた。今も同じだ。あまり時間が空いて何も考えていないように思われる前に、手早く私は答え始める。


「まずやっぱり、いっぱい写真を見ることが必要かなと思います。いろいろな人の作品を見て、いろんな表現や写真の作り方に出会って、どうやったら同じようにできるかなって試行錯誤していくことだと思います。やりたかった撮り方、やりたかった編集、どっちもそういうふうに私は積み重ねてきたと思います。まだまだですけど。あとはトレンドを知ることです。今何が流行っているかをちゃんとフォローしていると、みんながやっている中で誰もやっていないことがわかって来るし、トレンドの中でやってみたいと思うこと、できそうだなと思うことに手をつけてみて、自分でやり方を発見してみる。思った通りにできないな、迷ってるなっていう時はそんなふうに自分の写真と向き合って、思うような写真が撮れるようにしていますね」


 我ながら安直だな、と思う。聞いている人を唸らせるような回答ができればそれに越したことはない。だけど、回答の内容以上に、私が既に伸び悩む時期を通り過ぎて憧れられる位置にいることが含まれている、こういう質問が来てそれに答えられる人間だと示せること自体が意味のあることだ。先行者利益と同じくらい、権威があると思われていることが生み出す利益は重要だ。写真を始めてから周りを見ていて、嫌というほど私はそのことを実感していた。

 回答を聞いたAYA-Meさんは満足そうにうなずいて『すっごく参考になりました。ありがとうございました』と言ってくれた。他の参加者はわからないが、ひとまず質問者を満足させられたことに私は安心する。


「こちらこそAYA-Meさんありがとうございました。……では、本日のセミナーは以上となります。みなさん長い間お付き合いいただきありがとうございました。最後に、Curatoの方からお知らせがありますので代わります」


 そうして引き取ったCuratoの担当者が告知などの事務的な話をし始めるのを確認しながら、私は配信ルームから退室した。軽く一息ついてしまう。セミナー中ははっきりと感じることのなかった、緊張している自分に気づく。写真の投稿やクライアントとの商談とはまったく違う、人前に出るという状況がかけてくるプレッシャーに私は気を張って向かい合っていたらしい。そんなふうに気づけない緊張の中で、私は首尾よくやれただろうか。少人数は平気だったけれど、今後はこういう場合の立ち居振る舞いも慣れないと次のステップに進めないだろう。傍らで話されていくセミナーのクロージングを聞きながら、そんなことを考えていた。


「お疲れ様。どうだった今日?」

 セミナーの終了後、私たちが控えていた会議室に顔を出したCuratoの代表が声をかけてくれた。Curatoの代表も著名な写真家で、その言動について業界内での影響力は小さくない。ここはうまく答えておかないと。私は殊更ににこやかに話し出す。

「お疲れ様です! はい、講師は初めてで緊張してたんですけど、皆さん温かくて、リラックスしてできました」

「ほんとに! 初めてとは思えなかったよ、しっかり話せてたし」

「ほんとですかぁ! 良かったです、お役に立てて」

「これだけ盛況ならまた次もあると思うから、その時はよろしくね。また担当から連絡します」

「はい! ぜひ。まだまだ成長できると思うのでよろしくお願いします!」

 そう言って私が頭を下げた後、「ああ、よろしくね。それじゃあ、僕はこれで。お疲れ様」と鷹揚に答えて、代表はにこやかに去っていった。ほんのわずかな時間のやりとり。頭を上げながら私は思う。

 本当に代表は私のセミナーを見ていたのだろうか。……いや、邪推してもしょうがない。結果は結局、次の企画が立ち上がって、そこに私の名前があるかどうかだ。もはやそこには現時点で私の手を及ばせることはできない。ここで考えてもどうしようもないことだ。それまで湧いていたものとは異なる不安定な思考を割り切って、私は後片付けと帰り支度を始めた。


 帰り道、SNSを開く。今日も多種多様な人々の多種多様な投稿が流れていく。正直、興味を惹かれるものはほとんどない。それでも、競合やスピリチュアルにのめり込んだポエムを付けたものを避けて、1000人以上のフォロワーがいて変なトラブルや私への敵愾心がないアカウントに限ってアクションをつけていく。こんなもの人脈でも何でもないけど、協力関係のように宣伝しあうことで、仕事に結びつく本当の人脈や私への社会的な評価には確かにつながっていた。だからこそ、こちらのメリットのないアカウントには私の投稿を好意的に紹介するものを除いて反応しない制限を入れないと、私のブランド管理にも関わる。そしてだからこそ、


『今日は憧れの#sa-ya さんのセミナーに行ってきました!

 初めましてだけどとっても素敵な方で

 直接レタッチのやり方を教えてもらって質問もできて……

 モチベめちゃ上がりました!』


 たぶんあのAya-Meという子のものらしいアカウントが上げている、今日のセミナーの感想にはすぐに反応する。もしかしたら今後競合するかもしれないし、このまま私のファンでいてくれるのかもしれない。でも、今は私のセミナーの評判を良くしてくれる存在だ。だから優しくする。もちろん、私に好意を持ってくれるのは嬉しい。だけど、もう私は私のすることに好意を向けられるだけで満足していられるところにはいられないし、そんなところはとっくに過ぎてしまっている。彼女の投稿にありがとうから始まる通り一遍のやりとりを済ませてから、私は自分の基準に沿って選んだ投稿に反応していく。写真をクリックしてアクションをつけていく単純作業。いくつかこなした時、今しがたアクションをつけた投稿の文面にふと目が留まる。たしか「kouki_photographer」というアカウント名の、フォロワー数1500人くらいのアカウント。パッキリと仕上げた、お洒落で見映えのする都会の風景が売りの人だ。


『作品撮りのモデル募集します!

 ホテルで部屋撮りさせてくれる人連絡ください!

 まずはDM、食事だけでもいいよ^^』


 しまった、と思った。直接話したことはないが、作品を眺めている限りではkoukiさんは都会の街並みを撮影するスナップが主で、モデルを使うポートレートはほとんど実績がないはず。サブ垢もないし、だからこその募集だろうけど。

 でも、これは。

 ……いや、koukiさんはそんなことしないはずだ。最近ポートレートの評価が高いプロ写真家のグループに入ったようだし、その一環だろう。それに、おかしいと思ったら断ればいい。どっちも成人した大人なんだし、それができないなら互いにまっとうなプロじゃない。koukiさんはそういうエロジジイとは違う。

 そう考えて、一度つけた反応を取り消すようなこともせず、私はそのままにした。その後は知らない。koukiさんの活動がどう展開するのかは正直興味がない。写真の投稿がこれからもクオリティとフォロワー数を保ったまま続き、何かの賞でも取ってから考えればいいことだ。活動そのものに注目するべき相手は、別にたくさんいる。私はこのことに悩むのをやめ、そのまま他の人たちの投稿への反応を続けた。こんなことで悩むのは時間の無駄だ。


 * * *


 またSNSで、モデルをやっている女の子がスマホのメモ機能に書き付けた文章のスクリーンショットを貼り付け、撮影した人間を告発している。今回は性的な内容が含まれているからか、拡散が早い。ここぞとばかりに他のモデルが関係あるようでないことを発言して、他のカメコが自分は違うとかお気に入りのモデルに優しい言葉をかけて気に入られようとしていた。


 毎月毎月飽きもせず、カメコとモデルでトラブルが起きている。

 くだらないな、と私は思う。

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幇助 西丘サキ @sakyn

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