14-4 世田谷研究所新製品コンペ、最終決着

「うわ。凄い人」


 会議室のドアを開けると、菜々美ちゃんが呟いた。広い大会議室とはいえ、各開発チームが揃い踏みだ。パイプ椅子は全て片付けられ、百人くらいの人数が立ったままがやがややっている。


 開発チームだけでなく、お祭り気分、物見遊山感覚の、事務のお姉様方とかもいるし。全員NDA、つまり秘密保持契約を結んでいるから、問題ないって判断だろう。


 先程まで各チームが発表していた前方に審査員と所長なんかが並び、全チームは後方だ。俺達が入っていくと一瞬、会場が静まり返った。


「行くわよ」


 素知らぬ顔の西乗寺主任は、俺達を引き連れ、最後部の角、つまり端の端に陣取った。ようやく、ざわめきが戻ってくる。


「では各チームも揃いましたので……」


 研究所長が、マイクを取り上げた。


「日東ハム世田谷研究所、冬の大試食会こと、冬季開発コンペの結果発表を始めます」


 拍手が巻き起こった。収まるのを待って、所長がレジュメの紙をめくった。


「まず金賞ですが……」


 会場に緊張が走った。


 今回、商品化と奨励金を獲得できるのは、金銀銅の、上位三チームまで。そこに入っていなければ、開発はやり直し。企画を練り直して個別の開発会議で再提案してもいいし、諦めて全然違う開発をしてもいい。


「ソーセージチームの『お得バラエティーセット』」


 会場全体から、おおっというどよめきが上がった。


「奨励金はチームに三十万円です」

「うおーっ」

「主任、週明け二十八日、仕事納めの忘年会、タダ決定ですよね、これ」

「もちろんだ。飲み放題コースのグレードも上げるぞ」

「やったあ。幹事、すぐ店に電話しろ」


 当然だがソーセージチームはもう、大喜びだ。


「なあんだ……」


 結菜は不満げだ。


「ウチじゃないのか」

「仕方ないだろ結菜」


 小声で耳打ちしてやる。


「言ったじゃないか。王道のハムかソーセージが獲るって」

「でも……お兄のプレゼン、かっこよかったのに」


 まだぶつぶつ言っている。カッコで賞獲れたら苦労せんわ。


「清水開発統括、ひとことお願いします」


 所長からマイクを受け取った。前列左に陣取るソーセージチームを、清水統括は、じっと見つめた。


「ソーセージチーム、おめでとう」


 にっこり笑ってみせ、間を取った。


「ソーセージチームが支持を集めたのは、生産過程でどうしても生じる半端な数の余剰品を、お得セットとしてまとめた発想です。現在、SDGs絡みで、我々にも廃棄品の削減が求められています。時代の要請に見事に応えた提案と言えるでしょう。企画の必然として各商品でソーセージの種類や本数にばらつきが出るところを逆手に取って、『選べる楽しさ』として訴求した点も、評価を高めました」


 背後の審査員連中を振り返ってから、続ける。


「日東ハムはハム・ソーセージ屋。ソーセージはすでにあらゆる開発を試し、商品化し、時代に合わないものは撤退してきました。そのような状況でも、新たな方向性は見出し得る。そんな可能性を見せてくれたソーセージチームに、拍手を送りたいと思います。おめでとう」


 統括が拍手すると、会場全体が追従した。もちろん俺や結菜も。金を獲るだけあって、敵ながら着眼点がいいわ。


「では、次は銀賞」


 所長がレジュメをめくった。


「ハムチームの『トマトピザシュケーゼ』」

「よしっ」


 歓声と同時に、前方のどこやらから、岡田の大声がした。多分右の方。ソーセージチームの反対側にハムチームがいるのだろう。あのクソ野郎。結菜をいじめたの忘れないからな。


「……結局、ハムか」


 結菜、露骨にがっかりしてるな。


「気にするな結菜。ここまでは予想通りだ。まだ銅賞がある。俺達の本命は、そこだ」

「そうか……。そうだよね、お兄」


 ようやく笑顔になった。


「奨励金は十五万円です。……統括」


 清水統括に、所長がマイクを渡す。


「ハムチーム、おめでとう」


 右側、ハムチームの集団に視線を置いた。


「フライシュケーゼは、ハムかは微妙なところです。内容的にはソーセージに近いが、腸詰めでなく型に入れて焼くという点で、日本ではソーセージとしてはあまり認識されていないし、知名度もない。そこを逆に生かし、材料にトマトとチーズを加えることで、日本人に馴染みのあるピザ風味に仕上げわかりやすく命名した発想は、見事でした。見た目もピザ風……というか、切り分けてもハムや食パンのような四角だし。それに味も良かった。……ただ、王道のハムで勝負できなかった点が評価を分け、今回は銀賞に留まりました」


 ハムチームをじっと見つめた。先程の喜びはどこへやら。ハムチームはしーんとしている。


「先程も話したように、ハムやソーセージはやり尽くしている。その苦しさはよくわかる。でもこのハムチームなら、次回は必ずや王道でありながら斬新な商品を提案してくれるものと期待します。おめでとう」


 静かな拍手が起こった。


「では次。銅賞。奨励金は五万円。……まあ忘年会の足しにはなります」


 所長の奴が、いらんことを口にする。余計なお世話だっての。


「いよいよだね、お兄」


 ひそひそ。


「ああ。獲れるといいな、結菜」

「大丈夫。お兄があんなに心血注いんだんだもん。……プレゼンも審査員に受けてたし」

「銅賞は……」


 最後だからか、よせばいいのに所長がタメを作った。


「……惣菜チーム。『ミルフィーユハムカツ』」


 うおーっという声が、これまでにも増して巻き起こった。惣菜チームは俺達同様、傍流だ。賞金五万の三位でも、入っただけで嬉しいのは、痛いほどわかる。


「嘘。ウチじゃないなんて……」


 結菜が、俺の白衣の裾を掴んだ。訴えるように俺を見る。


「じゃあお兄の案は……」

「落選だ。気にするな」

「でも……。やっぱりあたしのせいじゃあ……」

「勝負は時の運だ。お前は関係ない。ミルフィーユハムカツ、うまそうじゃないか。ハム屋の強みを生かした提案だし、俺も納得だ」


 そうは言ったものの、なんか心にぽっかり穴が空いたわ。やはり少人数の泡沫チーム。ハムやソーセージはともかく、傍流の提案にも勝てないのか。


 それに続く統括の評価の言葉を、俺は呆然と聞き流した。


「受賞作品は以上です。みんなおめでとう」


 所長の言葉に、我に返った。拍手が聞こえる。俺も、ロボットのように無感情に拍手している。アホみたいに。


 入り口近いソーセージチームが退出に向け動き出すと、所長が止めた。


「まだ続きがあります」


 なんだなんだと、あちこちから声が上がった。


「今回受賞は逃したものの、特例で特別賞を作ることにしました。奨励金は無いですが、商品化はされます」


 会場が静まり返った。


「それは冷食・レトルトチーム。『北インド南インド、カレー饗宴』」

「やったあっ!」


 結菜が飛び上がった。


「やったよお兄。優勝だっ」


 大喜びで抱き着いてくる。いや結菜、優勝じゃないし。そもそも衆人環視でイチャコラするな。さっきまでそれで大騒ぎになってたの、もう忘れたのかよ。


 そんな考えが浮かんだが、結菜に抱き着かれて、俺の視野もぼやけてきた。ここ数か月、その苦労。そして結菜との生活が、脳裏を駆け巡ったから。

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