11 たかられながらも企画を進めるぜ

11-1 莉緒ちゃんと晩飯

「うん。おいしいわ」


 白ワインを飲んで、莉緒ちゃんは上機嫌だ。目の前のグラスを取って、俺も試しに飲んでみた。


「ハウスワインとは言え、そこそこだな確かに」

「おいしいよねー」


 今日は、先月の諭吉女子会でコンペ・アイデア出しを手伝ってくれたお礼の飯会だ。莉緒ちゃんのリクエストはイタリアン。といっても都心だと高額家賃が乗る分どえらく高い。安い店は、人出でガチャガチャしてる。


 なのでまたぞろ私鉄沿線の地味なビストロを探した。そこそこ安い。カウンター数席の狭い店で、ご主人と奥さんふたりだけで営業してるから、コストが安いんだろう。


 他の町から人が来るような駅じゃないので、基本、地元の人相手といった印象。実際、俺と莉緒ちゃん以外は、三人くらいしかいないが、商店街の外れにオープンしたラーメン屋の話とか、マスターとしてるからな。


「ボトルでも良かったな、これなら」

「そうね」


 ハウスワインにしたのはもちろん、安く上げるためだ。それにハウスワインは店のポリシーが出るから、試しておけばその店の考える「レベル」ってのがわかるからな。


「まあいいか。これ空いたら赤のボトルもらうから」

「さすが木戸さん。お金持ちー」


 持ち上げてくれた。なぜか今日は諭吉呼びじゃない。


 といってもハウスワインでボトル三千八百円とかだからな。高い店じゃない。女子大生から見たら、これでも高いのかもだけどさ。菜々美ちゃんリクエストの寿司でそこそこ金掛かったから、今日は悪いけどコスパ重視路線だわ。


「わあおいしそう」


 奥さんが前菜を置いてくれた。三浦野菜のサラダと、玉ねぎのキッシュ。それにスパニッシュオムレツ。全部一人前ずつ頼んだんだが、シェア用にハーフポーションずつに最初から分けてくれている。さすが地元相手の気取らない店だけあるな。


 イタリアンという莉緒ちゃんのリクエストだったけど、微妙にイタリアン+南欧料理になって悪いなとは思うけどさ。安さ重視の店選びだ。許してくれ。


「このキッシュ、甘くて最高」


 嬉しそうだ。いつも莉緒ちゃんはざっくりしてカジュアルな服だったけど、今日は珍しく女の子っぽい。居酒屋じゃなくてイタリアンだから、気を利かしたのかもな。それか俺と一対一だからってのも、もしかしたらあるかもしれない。


「香ばしいな。パイ生地がパリパリだからか」

「バターも利いてるよねー」


 サラダもうまい。変な言い方だけど、野菜に味がある。三浦野菜ってんだから、三浦半島の契約農家から直仕入れとかなんだろう。


 頃合いを見て、赤ワインを頼んだ。グラスの白なんか、あっという間になくなるからな。


「それで……」


 赤ワインをくいっと開けると、莉緒ちゃんが切り出した。


「例のインド対決って、開発進んでんの」

「まあねー」


 俺は説明した。北インド、南インドとも、添付袋をふたつに増やすこと。それぞれの中身は変え、「無難なのは添付なし」「普通の味変は添付A」「究極は添付A+B」とする。Bのみとか、別商品の添付入れはお好みとしておいて、SNSで「#俺の推し味変」投稿を募り、抽選で賞品を出すこと――などなど。


「あと、生産技術の連中と、添付の仕方を詰めてる。レトルトに糊で貼るつもりだけど、流通過程で取れたりしないで、なおかつ消費者が剥がすときにレトルト破れたりしないように、とかさ。コンペで質問出たときに『そこは対策済みです』とか、かわさんと」

「へえ……」


 感心したように、俺の顔を見上げてきた。


「大変なんだ、商品開発って」

「まだコンペ用の仮検討でこれだからなー。実際の商品化のときは、もっとずっと大騒ぎになるよ」

「でしょうね」

「お待たせしました」


 奥さんがメインを持ってきてくれた。スパはカルボナーラ。肉がタリアータ。早い話、牛肉をニンニクなんかとオリーブオイルで焼いた、イアリア風鉄板焼きよ。


 どちらも一人前だが、やっぱり事前に取り分けてくれてた。助かるわー。安く上げたいんで、カルボは二人前じゃなく、一人前の大盛りにしてもらった。情けないけど、かっこつけても仕方ないからな。


「うわ、いい香り」

「マジだな」


 タリアータのガーリックと肉の香り。カルボのマイルドな匂い。どっちもうまそうだわ。


 カルボを食べてみたが、見事なアルデンテ。塩強めに茹でられてるからか、マイルドなソースに合うわ、これ。席数少ないだけに、ご主人がきっちり料理チェックできるんだな、多分。


「これはワインが進むね」

「だよな」

「……もう無くなるね」


 首を傾げながら、ちらりと俺を見る。莉緒ちゃんの髪が、さっと流れた。かわいいわ。ヤバいこれ。


「気にしなくていいよ」


 奥さんに手を振り空壜を指差すと、頷いた。すぐにもう一本来る。


「ごめんねー」

「いいのいいの。俺も飲みたいからさ」


 マジだ。飯がうまいせいか、酒が進む進む。莉緒ちゃんも割と飲む方だし、ふたりで二本+グラスは射程圏内だろ。


 それにしても莉緒ちゃん、ペース速いな、今日。俺より減り方速いじゃん。彼氏と別れたばかりって話だったから、飲みたいのかもしれんが。


「菜々美はちゃんとやってんの」

「まあね。仕事の場では、真面目だわ」


 プライベートだと、なにかと俺にたかるけどなー……というニュアンスを、微妙に込めて答えておく。


「あの娘面白いでしょ」

「そうだなー」


 答えながらも、俺は少し戸惑っていた。前回菜々美ちゃんと寿司食ったときは、「ふたりっきりで会ってるんだから、他の娘の話するな」とか釘刺された。だから今日は注意深く話題を避けてきたんだが……。


 非モテの俺からすると、女子って奴、よくわからんわ。まあたかが女子高生の結菜に振り回されてるくらいだからな、俺。対人……というか対女子スキル底辺なのは、確かかも。


「菜々美、日東ハム結構気に入ってるみたい。就職狙ってるよ。あたしたち二十歳だし、来年秋頃くらいからは就職活動しないとならないしね」

「一年後か」

「そうそう。遊んでいられるのも、あと一年」


 俺をじっと見つめてきた。


「学生って楽しいからな。俺は理系で院進んだから、基本研究室で実験実験また実験だったけどさ。それでも同期や先輩と飲むの楽しかったしなー。研究室で飲むんだわ」

「学内で?」

「そうそう。昼飯食ったあたりでさ、同期の有志が教授だの助教回ってカンパ取ってきて。あとは酒屋かコンビニで安酒とビールつまみ買い込んで、控室みたいなとこで始めるわけよ。みんな研究が一段落した奴から入ってきて飲むというね」

「いいなー。あたしは女子高から女子大ルートだからさ、あんまりそういうカルチャーなくて。菜々美とかは農産技術の大学行ったから、むしろ男子が多いんだけどさ」

「美月ちゃんとか陽菜乃ちゃんも女子大じゃないんだろ」

「そうそう。鎌倉の高校で一緒で、みんな東京の大学に進んだからねー。……女子会で話したじゃん」

「そうだったっけ」

「あきれたー。人の話、全然聞いてないじゃん、木戸さん」


 あれかな。俺がインド対決のネタを考えてたときかな。あんとき全員に飯おごるの、いつの間にか生返事で約束したらしいしな、俺。


「悪かったな」

「へへっ」


 ワインを口に運んだ。


「むしろ、こうだからかな。話してて面白いの」

「そうかあ」

「そうそう」


 なんやら知らんが、楽しそうだ。


「ふう……ごちそうさま」


 店を出ると、莉緒ちゃんが頭を下げてきた。


「うまかった?」

「うん。結構お腹膨れたね」

「時間掛けて食ったからなー」


 量は普通だったけど、話が盛り上がったからさ。だから腹が落ち着いたってのはある。……多分寝る前にまた腹減るパターンだな、これ。


「この後、どっか行く? 木戸さん」

「そうだなー」


 どうするかな。


「ウチでもいいけど」


 俺の手を取ってきた。


「飲み直す? ウチで」

「いや。悪いからさ」


 この子もひとり暮らしだからな。悪いわ。


「……そっかー」


 にこりと微笑んで。


「じゃあどっかバーでも行こうよ」

「だなー」

「多分、駅前にバーくらいあるでしょ」

「ちょっと待ってな。ご主人に聞いてくるから」


 ビストロのご主人に教えてもらったバーで、ふたり飲み直した。


 でもなんだなー……。


 安いジンを口に運びながら、俺は考えた。


 もしかして、さっきの微妙にフラグだったんかな。俺非モテで女子耐性ゼロだからわからんかったが。


 ――とは思ったんだが、肝心の莉緒ちゃん、俺の隣で上機嫌でなんかカクテルぐいぐいいってるわ。これやっぱ、男意識して飲んでる姿じゃないだろ。気のせいか。

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