10-4 結菜の友達とダブルデート

「待ったー?」


 結菜の家で微妙な空気になった翌日。旭川。約束のファミレスに、結菜の友達が現れた。ちょっとギャルっぽい身なりで、サバサバした感じ。美琴みこととかいう同級生だ。俺と結菜が並ぶ向かいに、すとんと腰を下ろす。岸田が少し席を詰めた。


「久しぶりー」


 結菜に笑いかける。


「うわ結菜、なんか生き生きしてる」

「ミコっち、少し痩せたんじゃない」

「そりゃあ、あと半年ちょいで受験だもんね。みんなやつれてるよ。休学して受験なしの結菜がうらやましいわ」

「あたしも次はちゃんと受験するし」

「で、この人が結菜の彼氏?」


 俺を見る。


「違うよ」


 結菜が否定する。


「じゃあこっちの人」

「違う」

「どういうこと」


 首を捻っている。


「今度ちゃんと話すね」

「まさかの二股とか? 結菜、そんなキャラじゃないっしょ。なまら受ける」


 ケラケラ笑っている。


「いや俺、フリーだから」


 岸田が断固として否定する。


「だから今、女子の友達募集中。なんなら彼女恋人でも可」


 岸田。十八だか十七だかの女子高生相手にガツガツ行くなー。去年の自分を見ているようで、俺が恥ずかしいわ。


「ちょっと待ってて。ドリバ取ってくるから」


 さっさと席を立つ。


「……元気だなー、あの子」


 後ろ姿を見送りながら、岸田が漏らした。たしかに、結菜は割と真面目系だからな。少なくとも見た目は。ちょい意外な組み合わせだわ。


「ああ見えて、ミコっちは結構しっかりしてるんだよ。帰国子女で英語ペラペラだから、アナウンサー目指してる」

「へえ……。なら勉強ガチ勢だな」


 いくつで帰国したかにもよるが、最近だったら漢字覚えるの大変だろ。アナウンサーなら、ニュース原稿の漢字読めなきゃ話にならんし。あーでも日本語に訛りはないから、最近ってことはないか。


「いいな、それ。俺もいずれ海外勤務したいからさ。嫁は語学堪能のほうがいいし」


 いや岸田。いくら女子高生と話せて嬉しいからって、先走りしすぎだわお前。さすがの結菜もドン引きしてるじゃないか。今日はお前のためにセッティングしたわけじゃないぞ。


「岸田、相手は高校生だ。手を出したら法令違反だからな」

「はあ? 高校生を部屋に連れ込んでるお前がそれ言うんか」


 呆れたように俺を見つめている。


「お、俺は結菜に手なんか出してないし」

「なら俺も同じじゃん。まずはお友達からだなー」


 もういいわ。勝手にお花畑で遊んでろ。アホらしい。


「それでさあ……」


 コーヒーとソーダという謎カクテルを、美琴ちゃんがストローでかき混ぜた。


「結菜、東京でなにやってんの。なんかバイトしてるって書いてたけど」

「日東ハムっていう会社で、アシスタントみたいなことやってる」

「その会社知ってる。ガチギレマンのソーセージ出してるとこでしょ。ウチの弟が好きでさあ……」

「ああいうの、儲かりそうで儲からないんだよ。版権料取られるし、流行りが終わるとあっという間に在庫の山になるから」

「へえ……。じゃあこの人、会社の人?」

「そうそう。俺も木戸もそこで働いてる」

「ふたりともエリートだよ」


 よせばいいのに、結菜が岸田をフォローする。


「へえ。……んじゃあ今度、ガチギレマンソーセージ、一ダースくらい送ってよ。シール付きの奴」

「いいよ。じゃあID交換しよ。後で住所聞くから」


 岸田、グイグイ行くなあ……。


「結菜って今、この人の家に住んでんでしょ」


 俺を見る。


「ま、まあね……」

「いとこだからな。親戚とか結菜の父親に頼まれちゃって」


 言い訳しとかないとな。親友ならペラペラ口外したりはしないだろうが、それでも念の為だ。結菜を守らないと。


「へえ……。あっ来た来た」


 注文していたクラブハウスサンドだな。


「ごめんねー。あたしお腹減っててさ」


 食べ始めた。


「みんなも食べていいよ」

「いいから食べなよ。俺達、さっき終わったところだからさ」


 美琴ちゃんが遅れたんで、先に食ってたんだわ。


「ねえ結菜。現国の吉田の話、知ってる?」

「なになに。なんかあったの」

「あのハゲ、教頭と揉めたらしいわ。それも不祥事らしいよ」

「えー聞かせてー」

「噂だよ。あのねー……」


 俺と岸田そっちのけで、ふたりで盛り上がってる。学校や友達の話、アイドルやお笑い番組の件とか。


「ねえ美琴ちゃん」


 頃合いを見て口を挟んだ。


「なに、兄貴」


 あはははっと笑う。どうやら結菜に「お兄」がどうのこうのとか聞いてたみたいだ。


「俺達今、新製品開発しててさ。ちょっと意見が欲しいんだわ」

「いいよー。お礼はガチギレマンね」

「おい木戸。今は盆休み。プライベートだろ」


 岸田が文句付けてきたが、知ったこっちゃない。女子高生と楽しく会話したいんだろうけどな。ハム野郎に挑発されて、こっちには後がない。なりふり構わずリサーチせんとな。


 俺は説明した。カレー対決を考えているが、添付する味変袋で煮詰まっている。なにかアイデアはないかと。最初は呆れ顔だった岸田も、説明に加わった。奴だってコンペで勝ちたいだろうしな。


「へえ……。味変って面白いじゃん。発想」


 最後のサンドを口に放り込むと、美琴ちゃんはドリンクを飲んだ。


「これだって味変みたいなもんだもんねー」


 謎ドリンクのコップを持ち上げ、カラカラ振ってみせた。


「受けるかも。……ちょっと味変お代わりしてくんね」


 ドリンクバーに向かう。戻ってきたら、黄土色みたいな新規謎ドリンクを手に持ってたけれども。これ、何と何を混ぜたんだよ。


「味のことはよくわかんないけどさー。要は味変のバランスで困ってるんでしょ」

「そうだね」


 特に北インド添付の甘いチャツネな。入れすぎるとバランスが崩れるけど、味変バトル的には多めに添付したいという。


「なら簡単にバランス取れるようにしたらいいんじゃない」

「具体的には」

「これ」


 クラブハウスサンド付属の、ソース容器を手に持った。美琴ちゃんが使わなかった奴。ケチャップとマスタードが別の容器に入っていて、片手でパキッと割ると、両方を同時に絞り出せる、例のアレよ。


「こうやるでしょ、ほら」


 割って中身を皿に出してみせた。


「こんな感じで、別ソースのバランス取れるようにしたらいいんじゃないの」

「なるほど……」


 俺は考えた。今回、二種のソースを付ける発想はなかった。この容器だとどれだけ出してもソースのバランスは同じだから、あんまり意味はない。でも容器をふたつ添付するってのは、アイデアとして使えるかもしれない。


 俺の言葉に、岸田は唸った。


「たしかにな。北にはソースA/ソースBの二種を付けるってか」

「ソースなしでもおいしい。味変でソースを足したいなら、ソースAだけ入れて下さいってやるわけよ。バランスが崩れない量と味付けにしておいて。で……」

「ソースBで思いっ切り、はっちゃけるわけね」


 結菜も頷いている。


「それ、面白そう」

「ソースAに加えソースBまで使う人は、覚悟して下さい的に打ち出す」

「日東ハムからの挑戦状的にするわけか」

「Bまで全部使うと味変の極地。少しバランスが崩れ気味にしておく」

「ソースがふたつあれば片方保存とかも簡単だから、南インドカレーの味変用としてひとつ取っておいてもいいしね」

「結菜の言うとおりだな」

「問題はコストか」

「単純に倍掛かるからなー」

「南インドだけ添付袋がひとつってのも、なんかそっちはケチってる印象になるわな」


 俺達三人がああでもないこうでもないとやり合うのを、美琴ちゃんは面白そうに眺めていた。


        ●


「今日はごちそうさまでしたー」


 ファミレスを出ると、美琴ちゃんが頭を下げた。


「いいのいいの」


 美琴ちゃんの分を払った岸田は上機嫌だ。


「それにガチギレマンソーセージも」

「いいのいいの」


 なんせ送付口実で、美琴ちゃんのIDゲットしたからな。出会いアプリにそこそこ突っ込んでるらしい岸田にしたら、安い投資だろう。


「じゃあ結菜、またね」

「うん。ミコっちも元気でね」

「やだなあ……お別れでもないのに」


 笑われた。


「今晩メンションするから」

「そだねー」

「じゃあねー」


 後ろを向いて歩きかけたが、ふと駆け戻ってきた。


「ねえ木戸さん」

「な、なに」


 背伸びすると、俺に耳打ちする。


「結菜、好きなみたいよ」

「……」

「またねー」


 不意討ちであっけに取られた俺を尻目に、走ってっちゃった。なぜか別れ際に俺の股間をガン見したけど、なんか意味あるんかな……。


「……なんて言ってた、ミコっち」


 後ろ姿に手を振ってた結菜が、首を傾げる。


「結菜をよろしくってさ」

「へえ……」


 俺を見て、結菜は微笑んだ。


「じゃあ改めて、よろしくお願いしまーす」


 太陽がキラキラ輝く真夏の北海道で、結菜はぺこりと頭を下げた。

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