10-3 結菜のベッドで……

「……さて、お兄」


 居間の扉をじっと見つめていた結菜が、俺に視線を戻した。


「なんだよ」

「あたしの部屋見る? 入ったことないでしょ」

「そうだな……」


 川下りかよって激流の展開にあっけにとられてはいたが、俺はモードを切り替えた。とりあえず部屋は見てみたい。セフレ謎ムーブのヒントくらいにはなるかもしれないしな。


「ここだよ」


 結菜の部屋は二階にあった。南向きなので窓から夏の陽が射し、部屋を明るく照らしている。陽射しのせいか北海道とはいえ、普通に暖かい……というかやや暑い。外は二十五度といったところだろうが、部屋の中はな。少し汗が出るくらいさ。


 いかにも子供部屋といった佇まい。小学校から使っていると思しき古びた学習用デスクがあってな。


 木の本棚には参考書や漫画、小説なんかが並んでいる。


「なんだ結菜、男向けのラノベとか読むんか」


「足跡から魔法キノコが! 役立たずとパーティー追放された俺は、ハズレスキル『鍋奉行』で王女様とフードトラック無双します」とかいうタイトルだ。


「面白いよ、それ」


 結菜はベッドにぽんと腰を下ろした。


「今度アニメ化するって」

「はあ……」


 見ると最新が十二巻だから、売れてるんだろう。


 小さなベッドはきちんと整えられており、枕の上に正体不明のでっかいぬいぐるみが置いてある。


「なんだこれ」


 持ち上げてみた。茶色い動物なのは確かだが、猫……じゃあないな。犬とか狐でもない。一メートルほどの巨大うまし棒に短い手足が生えたような、奇妙な奴だ。


「カワウソだよ。かわいいでしょ」


 はあこれカワウソか。とてもそうは見えんが。ぬいぐるみ業者、ブラック勤務で壊れてヤケクソで商品化したんか。


「お兄も座りなよ」


 ベッドをポンポンと叩いた。


「そうだな」


 学習机の椅子に座るってのも変だし、といって女子のベッドに……というのも微妙だから、正直困ってはいた。言ってくれて助かった。


 結菜の脇に、なるだけ距離を取るようにして腰を下ろす。


「このぬいぐるみねえ、抱いて寝ると落ち着くんだー」


 抱き枕的に使ってるわけか。なるほど。サイズといい形といい、抱き着いて寝るのには向いてそうだ。


「良さそうだな、それ」

「お兄の代わりだったんだよ、この子」


 ポツリと、とんでもない爆弾を放り込んでくる。


「お、俺の?」

「そうそう。お父さんとお母さんが下で喧嘩する声が聞こえてきても、この子がいれば怖くない」

「……そうか」


 そら家庭が壊れかけてたら、いろいろ将来不安だよな。わからなくはない……というか、よくわかる。


「お兄もこの子、抱いてみて」


 手渡される。


「こ、こうか……」


 腿に乗せ、上半身(と言っていいかわからんが)を横抱きにしてみた。笑ってるような魂が抜けているような、謎表情が目の前に来る。なんだろなこの、微妙に煽ってるような顔の造形。


「もっと抱いて」

「……」


 ぎゅっとしてみた。謎ぐるみの癖に、生意気に結菜の匂いがする。なんかこう、ムラムラ来るような、いつもの奴が。


「……なんか、お兄があたしを抱いてくれてるみたい」

「んなーこたない」


 ぬいぐるみを置いたが、結菜がにじり寄ってきた。


「あたしの部屋にお兄がいて、あたしを抱いてくれてる。……なんだか、ヘンな気持ちになりそう……」


 瞳がしっとり、熱を帯びている。また近づいてきたんで、腰をずらした。


「そろそろ行こうか。もう遅いし」

「まだお昼だよ」


 急に抱き着かれた。


「お兄もあたしをだっこしていいよ。この子みたいに。あたしが毎日、お兄を抱いてたみたいに」


 ぐっと体重を掛けてきたので、押し倒される形になった。


「結菜……」

「……」


 黙っちゃった。俺の首筋に唇を寄せたまま。頬も体も熱い。太腿を俺の下半身に乗せてきた。抱き枕を扱うように。スカートがまくれて、白い下着が丸出しになる。


「お兄……」


 なんか俺も混乱……というか興奮してきた。いい匂いの女の子の部屋にいて、ベッドで抱き合う形になっている。なんと言ってもここは、結菜が子供の頃から過ごした部屋だ。女子高生まで成長した結菜と、そこで抱き合っているかと思うと、頭がくらくらしてくる。


 部屋が暖かいせいか、結菜の体からはとてつもなくいい香りがする。俺も少し汗ばんでるくらいだし。抱いている体は熱く、柔らかい。結菜が息をするたびに、胸がぐっと押し付けられてくるし……。


 実際もう下半身が反応してしまっている。結菜だって内股でそれを感じ取っているはず。それでも逃げたりせずに、俺を抱く腕にむしろ力が入ったりする。


「結菜……」


 左腕でぐっと抱き寄せると、右手で背中を撫でてやった。


「お兄……」


 うっとりした声だ。


 上から下、下から上と、ゆっくり撫でる。柔らかい。胸のようにどこまでも柔らかいのではなく、芯のある感じ。ちょうど中間あたりで、ブラを感じる。


「……あ」


 撫でているとやがて、結菜の吐息が、さらに熱くなった。


「んんっ」


 俺の手の動きで、ぴくりと体を震わせた。結菜の長い髪が、ざっと俺の顔に流れる。髪を払って頭を撫でてやると、結菜の向こう、壁にもたれかかったぬいぐるみが見えた。例の煽りスマイルで、ベッドで抱き合う俺と結菜を黙って見下ろしている。


 いかん。


 かろうして残っていた意志を総動員して、結菜を抱き起こした。


「腹減った。ランチ行こうぜ」


 微妙に乱れた服のまま、結菜は黙っていた。まだ息が荒い。下を向いて、俺に目を合わせない。


「ほら、行くぞ」


 手を引いて立たせると、抱き着いてきた。


「結菜……」

「……あと十秒だけ」


 瞳を閉じたまま、結菜は俺の胸に顔を埋めている。そのまま、十秒だか十分だか十年が経った。


「……お兄」


 のろのろと顔を起こす。俺の目を見て。まだ瞳が濡れている。


「……」


 ほっと息を吐いた。


「……じゃあ行く? お兄とエッチなことしたら、あたしもお腹空いたよ」


 ようやく、普段の結菜に戻ったようだ。あっちとこっち、どちらが本物の結菜なのかは、俺にもわからない。


「行くか」


 あたまを撫でてやった。


「もう。……また子供扱いする」


 ようやく体を離した。乱れたシャツとかを直して。


「結菜はもう大人だよ。お兄だってわかったでしょ、今」


 だからヤバいんだよ、結菜。


 心の中で告げると、手を引いて部屋を出た。

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