10 北海道でなまら大騒ぎ
10-1 結菜の父親扱いされて草
「さて、注文するか」
乾杯が終わると、岸田がメニューを睨んだ。北海道は旭川の居酒屋。土下座せんばかりに頼み込む岸田にドン引きした俺が、つい盆休みの北海道行きをOKしたって次第よ。
まあ結菜の親にも会っておきたかったし、ちょうどいいってのはある。伊豆でした約束だと、岸田が結菜の分の旅費を出すって話だった。だが、それは断った。こんなんで借りを作って「結菜と付き合わせてくれお兄さん」とかやられたら、それこそ超ドン引きだからな。結菜の両親にも合わせる顔がなくなるわ。
「せっかくここまで来たんだ。うまいもん食いたいよな。……夏の北海道っていうと、なにが名物なんだ、結菜ちゃん」
「ウニとかイカとかかな。あとカニや貝」
結菜はおとなしくお茶を飲んでいる。生流し込んでるのは、俺と岸田だけだ。
「でも旭川は内陸だし、海産物は函館とかに比べると不利というか。だけん野菜もなまらおいしいよ。もろこしとかじゃがいも、アスパラとかなんでも」
「なら普通にあれやこれや頼むか。居酒屋流で」
「それがいいよ。ザンギ頼んでね」
「任せろ」
店内は満席で、注文の声やらおっさんどもの会話やらで、どえらく活気がある。大声で店員を呼ぶと、岸田が機関銃のように注文し始めた。
岸田燃えてるなあ……。まあ念願の北海道旅行だから気合い入りまくってるんだろうけどさ。
「今日は三人でホテル泊か……」
「そういう言い方すんな岸田。なんかいやらしい」
「事実だろ。お兄さん」
「誰がお兄さんだ。気色悪い」
「いいじゃんよ。お・に・い・さ・ん」
同じホテルで三人たって、普通にツイン一室にシングル一部屋だわ。最初はシングル三部屋を考えたんだけど、俺が寝てる間に岸田が結菜の部屋を「コンコン」しても困るしな。ダブルさえ避けてツインなら、いつもの「同棲」と同じだし、俺だって我慢はできるからさ。
「なんだよ北海道。安くてうまくて量が多いわ」
アスパラのバター炒めを食べて、岸田が感嘆している。
「デパートの物産展で『北海道』がダントツ人気なわけだよなー。海産物・農産物・畜産物と、全てが高品質だからなー。穴がない」
「でしょー」
故郷を褒められたからか、結菜は上機嫌だ。
「結菜、お前はもうちょい警戒しろ」
「なにお兄。どういう意味」
「この程度で乗せられてるようじゃ、悪い男にそのうち騙されるぞ」
「お兄さん。私は悪い男ではありません」
岸田の奴、ニヤニヤしてやがる。
「その呼び方は禁止だ。……とはいえたしかに北海道、食のブランドとしては強力だよなー」
「日本一だろ。後はどんぐりの背比べというかな。松阪牛だ京野菜だ能登のカニだの言っても、ピンポイントで広がりに欠けるし」
「どれもうまいしブランド力はあるけどな。総合力では北海道だな」
「……西乗寺チームも、北海道シリーズとか作ってみるか」
「いいなそれ。札幌スープカレーレトルトとかジンギスカン冷凍セットとか」
「ハム屋だから、食肉系増やしたいよな」
「そうそう」
「もう、お兄ったら、すぐまた仕事の話」
結菜がむくれた。
「せえっかくあたしの地元に来たのに。……今、休暇中でしょ」
「いいんだよ。リーマンはこういうのが楽しいんだから」
「おっさんじゃないでしょ。……まだ若いのに」
「いいからザンギ食え。結菜、唐揚げ好きだろ」
「なまら好き」
我慢できずに、鶏唐にかぶりついた。……これでしばらく大人しくなるだろ。あと念のためカニも注文しとくか。結菜封じのために。
「例のコンペのほうも、そこそこ進んだしな」
「ああ。最後まで悩んだ北のほうも、ほぼ決まったし」
北インドカレーは、日本でも名前の通っている「カシミールカレー」でどうかと検討してはいた。ただこれ、結構シャバシャバで辛口なんで、今考えている南インドカレーとの差別化が難しい。
なので諦めて、バターチキンカレーに決まった。これなら濃厚でこってりしてるから、俺達のイメージに合う。「北インド/バターチキンマサラ」とか、そういうそれっぽい名前にしようと思っている。
ポークやビーフはやめにした。インドは多民族多宗教国家のため、肉食では戒律に触れにくいチキンが一般的だからだ。もちろん菜食カレーでもいいんだが、日本で売る商品と考えると、やはり肉は入れたい。味に深みも出るし、なにより食べごたえの点で。
「南はあっさり決まったけど、こっちはこっちでどのくらいの辛さにするかがなー」
「そうそう。……まあこの間の議論のとおり、本体はそこそこの辛さで、添付でガン辛にする方向でいいんじゃないか」
南インドカレーは、主任のアイデア通り、普通に海老カレーにした。「南インド/ブラウン海老マサラ」とか、日本人にわかりやすい名称にする予定だ。あえて「海老」と入れることで、なんか豪勢なイメージが出るし。
日東ハム本社近くの有名インド料理屋には、すでに協力を仰いでいる。なんせそこ、本社連中の忘年会だのランチ需要だので結構金落としてるからな。快諾してくれたよ。名前を出しての監修ってわけじゃなくて、こっちのアイデアとか試作品にプロとしての意見をくれるって線な。
「問題は添付だよなー」
「南は楽なんだけど、北がな……」
添付を入れる場合、とにかくピーキーに尖らせたい。なので南にはとりわけ辛いチリパウダー主体のスパイス袋を付ける予定だ。しかも北に味変することも考え、通常より量を多くする。コストは上がるが、これが味変コンセプトのキモだ。やるっきゃない。
「北は難しいわ」
南との差別化もあり、甘くするチャツネペーストで考えてはいる。こちらも、南カレーへの味変追加を考えると、量を増やさざるを得ない。だがこれ、買った人が一気に全部入れると甘さと主張が強く、北に入れても南に入れても、味のバランスが崩れ気味になる。
なにも考えず添付品を全部入れるのは、普通に誰もがやる行為だ。そこでバランスが崩れたら、「なにこれマズい」で終わってしまう危険性がある。
「なんか突破口を見つけんとなー……って結菜、それ俺のだろ」
俺の取り皿から鶏唐取ってもぐもぐしてるわ。
「らってもう無いんらもん。もぐもぐ」
「しょうがねえなあ……」
手を振って店員を呼ぶと、ザンギだのイカ焼きだの、結菜が食べそうな奴を見繕ってやる。もちろんカニも。
「さすがはお兄」
もうニッコニコじゃん。現金な奴。
「木戸お前……」
岸田が、感嘆したような顔になった。
「父親感出てきたな。まだ独身なのに、かわいそうな奴」
「かわいそう? 俺がか」
「わからないならいいよ。なっ。お兄さん」
「誰がお前の兄さんだ」
思わずツッコんだ。父親か兄貴か、扱いはっきりしろ。
「禁止しただろ。その呼び方」
「それより明日、結菜ちゃんの本当のご両親に会うんだろ。心構えはできてるのかよ」
いや「本当の」ってなんだよ、岸田の奴。俺は結菜の「育ての親」かよ。アホらしい。
「父親だけな。母親はまだ――」
行方知れずだと言いそうになって、俺は口をつぐんだ。
「まだ連絡中だ」
家出していて音信不通だからなー。そのうち家に戻るとは思うが、いつかはわからない。余計なことを口にして、結菜を傷つけたくはない。
「そうか。……本当に俺が同席しなくていいんか」
「はあ? 赤の他人が同席してどうするよ。俺はいとこだからいいけどよ」
「どうするってそれは……」
なぜか赤くなった。
「ご挨拶とか、いろいろあるだろ。今後のこともあるし」
こいつ……。婚約の挨拶みたいな顔すんな。気色悪いわ。
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