9 西乗寺チームのコンペ案
9-1 主任と岸田のコンペ案
「では、社内コンペ会議を始めます」
西乗寺主任が口火を切った。
「こんないい会議室、使っていいんすか」
岸田はキョロキョロ見回している。
「いいのよ。たまにはね」
参加しているのは西乗寺チームのいつもの五人。ウチのチームは開発としては極端に少ない人数なので、普段は場末の小さな会議室を使うんだ。ただ今日は、大きなほうの会議室だ。提案会議なので、大型ディスプレイ完備の部屋を取ったってことさ。
「みんな提案考えてきたよね」
俺と岸田が頷く。
「じゃあ始めるわね。最初は私の提案から」
手元のノートパソコンを操作すると、でっかいディスプレイに「コンペ提案〇一」という文字が映し出された。パワポだなこれ。さすが主任。真面目だわ。
主任が次の画面を出すと、「世界ソーセージ紀行 ミュンヘンの白ソーセージ『ヴァイス・ヴルスト』の黒豆ソース」と書いてある。太くて白いソーセージの画像が、下にある。
「ウチはハム屋だし、得意分野は生かすべきだと考えたの」
画面を見つめながら、主任が解説を始めた。
「コンビニの若者狙いなら、ハムよりはソーセージ。若い子があんまり知らないような世界のソーセージを使ったレトルト料理にしてみた。もし人気になれば、ソーセージ紀行二、三とか続ければいいし。第二弾はアイスランドかオランダあたりのソーセージを考えてる」
「なるほど」
「真っ白のソーセージなんて、あるんですか」
結菜は感心したような声だ。
「子羊の肉と豚の脂を使ってるの。柔らかくておいしい」
「へえ……」
俺も岸田もハム屋だ。代表的なソーセージについては知ってるし、これも味見くらいはしたことがある。
「ウチのチームは加工屋でしょ。ソーセージそのままってわけにも行かないし、黒豆ソースでレトルトにしようと思う」
パソコンを操作して、次の画面を出した。白いソーセージが黒いソースの上に置かれた、調理写真風のものだ。もちろんソースは色だけのダミーだろう。
「白いソーセージに黒いソースなら、映えますね」
岸田の指摘に、主任は頷いた。
「それ狙ったのよね。目新しいから、受けるかなって」
「受けますよ。それは鉄板です」
「どうかな。コンペで反対意見が出るとしたら、どんな感じだと思う?」
そこ考えておかないとな。反対意見を予測しておいて、即座に反論しなきゃならないからさ。みんな眉を寄せて考えてて誰も発言しないから、とりあえず俺が口火を切ることにした。なんか言わんと始まらないからな。
「コストですかね」
「木戸くん、やっぱりそうよね」
主任は頷いている。
「白ソーセージはウチではラインアップにないから、新規でソーセージラインを確保しないとならない。商品がこれだけだとラインコストが割高になるから、上代も上がる。若者狙いというコンセプトでどうなんだ――とか、反対意見は出るかもしれません」
「そうそう」
岸田も同意した。
「新作ソーセージ使った商品なんて提案したら、ソーセージ開発の担当役員、自分たちの島荒らされるってんで、あることないことゴリゴリ難癖つけてきそう」
「あと若い子って言っても、意外に保守的だったりしますしね」
と菜々美ちゃん。
「食べ慣れたポークソーセージならともかく、羊となると、食べる前に躊躇する層が、それなりにはいるかも」
「それもあり得るわね」
「そのへんは手を打てばいい。インフルエンサーとタイアップして、うまいうまい食べる動画を上げてもらうとか」
「若い子狙いなら、それもいいかも。……どう結菜ちゃん。一番若い立場として、これ食べてみたい?」
「うーん……そうですね」
眉を寄せて、結菜は唸った。
「ソーセージは食べてみたい。安ければだけど。……ただソースが豆というのが、ちょっと地味というか。若い子向けっぽくない」
たしかにちょっとヘルシー系に見えちゃうところはある。俺がそう言うと、岸田がフォローしてきた。
「女子狙いで行けばいいんじゃないか」
「その手はあるか」
たしかに。ただ女子にソーセージ推しってどうなんだろうというところはある。
「黒ソースでビジュアルのインパクトを狙うなら、炭ソースとかでいいんじゃないすかね」
「イカスミ?」
「そうじゃなくてガチの炭」
菜々美ちゃんがとんでもないことを言い始めた。
「悪いものを吸着してくれるとかなんとか、炭入りの料理出すレストランとか、たまーに話題になってますよ」
「たしかに聞いたことはあるわね。炭なら毒でもないし。苦味も味のアクセントレベルに手なづけられると思うし」
主任が頷いた。
「それに主任、炭ソースならインパクト強いから、発売時に話題になりますね」
「たしかに」
炭ソース、みんな乗り気っぽいな。炭ソースはヘルシーな印象があるから、ソーセージとはいえ女子推しも行けそうだし。
「ソースは要検討として……じゃあ次は、岸田くんの案を聞かせてもらうわ。とりあえず三人の提案が出揃ったところで、また議論しましょう」
「はい主任」
「パソコン繋げる?」
「いえ俺、印刷してきたんで」
岸田がA4用紙を一枚ずつ配った。
「がっつりレトルト『大食いくん』」と、デカデカとタイトルが印刷されている。その下に、レトルト容器が並べられた写真が一枚。レトルトのひとつは普通サイズ。もうひとつは、普通サイズの倍くらい。
用紙はそれだけで、他になにも書かれていない。岸田は説明し始めた。
「大食いチャレンジ企画は、未だにテレビで一定の人気があります。ネット動画のチャレンジ企画に触発されて森森製菓がネット限定発売した『バケツプリン』も、瞬殺で売り切れました。若い子狙いなら、その線はどうかと」
「凄いわねこれ。長さで倍あるってことは、容積的には二の三乗だから八倍じゃないの」
主任が呆れている。
「この画像はただの拡大加工ですけどね。実際に発売するときもこのくらいのインパクトが欲しい」
「たしかに、これがコンビニに並んでたら驚くし、家のキッチンでお皿の横に置いてネットに投稿する人が激、いそう」
菜々美ちゃんが唸った。
「見た目のインパクトだけでなく、腹ペコ体育会系とかのガッツリ飯実需も狙っているわけです。これだけの量だと内容量あたりの容器コストや輸送コストが下げられるので、割安にできるし。なんなら晩飯作るのが面倒なときに、主婦が家族のメインおかずとして出したっていいわけで」
なるほど、岸田にしては考えてあるじゃないか。感心したわ。
「ところでこれ、肝心の中身はなんにするんだ」
「そこよ」
俺の指摘に、岸田は頷いた。
「そこはまだ考えてないが、普通に十代が好きなレトルトでいいだろ」
「ごろごろ肉カレーとか、具だくさん酢豚とかエビチリとか、ああいう奴か」
「そうそう。量が多い分、価格は高くなるから、コストが下げられて人気がある線でいい。このあたりはマーケや営業と相談だな」
「あの……ちょっといいですか」
遠慮がちに、結菜が手を上げた。
「いいわよ。結菜ちゃん」
主任が微笑んだ。
「面白いとは思うんですけど、コンビニの棚に入るかな」
「入るんじゃないか。なんならドデカ麺とかも置いてあるし。俺たまに食ってるわ」
「コンビニの棚って、食品分野毎に分かれてるんですよ。レトルトはレトルトコーナーだけど、だいたい各社サイズは揃ってるんで、什器もその前提で設計してある。これ、下手したら置いてもらえないかも」
さすがはコンビニバイトしてただけはある。
「なるほど……」
斜め上を見て、岸田はしばらく黙った。
「たしかにここ、コンペで質問が出そうだわ」
「コンペ前に、コンビニの調達にヒアリングしておいたほうがいいわね」
「ですね。主任」
「でも発想は面白いから、コンビニがNGでも、ネット限定で出すとかはいいんじゃないかな」
「考えたらバケツプリンもネット限定でしたしね。あれも店舗に置けないからって理由が大きそう」
「そうね。……では最後の案。木戸くんね」
「はい主任」
いよいよ俺の番か……。
一度深呼吸して心を鎮めると、俺は持ち込んだパソコン画面を睨んだ。勝負どころだ。いっちょやったるか!
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