9-2 俺の提案を投げてみた
「では最後のコンペ案。木戸くんね」
「はい主任」
いよいよ俺の番か……。
一度深呼吸して緊張を解くと、俺は持ち込んだパソコン画面を睨んだ。ディスプレイに繋げて、PDFファイルを開く。
「味変バトル ――北インドVS南インド――」というタイトルだ。
結菜ブレストや諭吉女子会でのヒントを、俺なりに消化し考えた企画だ。
組み合わせで「意外な味変」を探るコンセプトは変わらない。ただ商品数を増やしすぎると、味変の組み合わせが複雑になりすぎる。だから二種だけに絞る。その代わりに地域対決という要素を入れて、口コミでの瞬発力を狙う。関東VS関西のうどん対決的な。
「最近、飲食店で味変が流行りつつあります。ラーメンでも、途中で『味玉』を崩して味変えるとか」
俺は説明を始めた。
「昔からあるパターンでも
「あれうまいんだよなー。茶漬けはちょっと脂がくどくて鼻につくから、俺は変わり鰻丼段階が好きだわ」
岸田が頷いた。
「木戸くん、続けて」
「はい主任」
PDFファイルをスクロールして、次のページを見せる。カレーのレトルトがテーブルにふたつ並べてある写真。もちろんそこらの商品を並べただけのダミーだ。それぞれ手前にラーメンの粉スープ袋を置いてある。こっちは家の袋麺から持ってきた奴な。
「だからレトルト食品に、別添えの『味変パウダー』や『味変ペースト』を付けて売るんです。食べてる途中で足してもいいし、なんなら最初から入れてもいい。で、この企画のキモですが……」
次のページにスクロール。カレーライスを盛った皿の手前に、味変袋をふたつ並べた写真。その下に「北インドカレーに南インド味変が俺流! 意外にイケるかも!」と、大フォントで書いたページだ。
「普通に北インドカレーに北インド味変袋だけじゃなくて、別商品である南インドカレー添付の『味変袋』を入れてもいい。すると北インドカレーが、意外なおいしさになるという」
「自分流に組み合わせ自由ってことか」
俺は説明を続けた。商品としては、鉄板人気のカレーにする。それも同時に二商品発売。北インドと南インドのカレーにして、それぞれの地域にふさわしい「味変袋」を付けて売る。
レトルト自体は無難な味付けで万人に受けるようにしておき、好き嫌いが出にくいように工夫。その分、味変袋は強めの味付けで、日本人になじみのない、現地のリアル飯くらいまでとんがらせる。
「インドカレーといっても千差万別で、まったく辛くないカレーだって現地にはいくらでもあります。とはいえ傾向はある。北インドは小麦文化で、カレーは濃厚でマイルド。南インドは米文化。あっさり系ながら、とにかく辛い。だから北インドカレーのレトルトには、味変として思いっきり甘くしたチャツネを付ける。南にはとにかく激辛のチリパウダー的なスパイス」
商品をふたつに絞ると決めてから、思い付いたのがカレーだ。なんせ人気だし、インドは北と南で食文化が違う。味変の複雑さを避けるために二種にしたが、それと相性がいいからな。
「なるほどね」
主任はディスプレイをじっと見つめている。
「北インドカレーはチキンにして、南インドは海老カレーとかだと、そこでもバラエティーが出せるわね。北がヒマラヤとかの山岳地帯、南は臨海でしょ」
「いいですね主任。カレーの色も、北と南で変えたいところです」
「ネットでもバズりそう」
菜々美ちゃんが頷いた。
「それも狙ってるんだ。プロモーションとして『自分を見つけろ。味変バトル』とかなんとか銘打って、ハッシュタグ『味変バトル』で自分の好みを投稿してもらうキャンペーンを打つとかね」
「俺は北インドカレーにチャツネ半分+チリパウダーをがっつりとか、そんな感じか」
「そうそう」
「この木戸くんの案も面白そうね。岸田くんも木戸くんも、短い期間でちゃんと考えてくれて嬉しいわ」
西乗寺主任が微笑んだ。
「……で、この木戸案にコンペの場で反論が出るとしたら、どうなりそうかな」
「そうっすねー」
一瞬考えてから、岸田が口を開いた。
「添付のアイデア以外は普通のカレーだなとか、チクチク嫌味を言われそう」
「それにウチの既存カレーレトルトとカニバリするくらいは、言うかもね。なんせ二種も同時発売だから」
「個別最適なだけで、全体最適じゃないとかですね」
「そうそう」
「あと、同時に二種買う奴なんかそうは居ないぞ、とか反論されるかも」
「一応、きのこたけのこ戦争でも例に出して、北インド南インドバトルで押せるってやるつもりです」
「でも――」
菜々美ちゃんが割り込んできた。
「ああいうの、ネットの悪ノリで自然発生したから面白いんでしょ。流行ってもいないのにメーカー側から仕掛けたら、みんな白けちゃうかも」
「それはあるわね。……さて」
主任が、ペットボトルのお茶を飲んだ。
「これで三案揃ったわけだけど、みんなはどう思う」
「うーん……」
岸田は唸った。
「見た目のインパクトなら俺の案、オシャレ度で西乗寺主任、仕掛けの面白さなら木戸案って感じっすね」
「コンペで反対意見が少なそうなのは、岸田案ですかね。パッケージのインパクト勝負で、中身は無難なレトルトだ。なんとなれば今のウチのラインアップ流用したっていいから、開発コストも僅少でリスクが少ない。これ普通の商品化会議なら『試してみろ』で通りそうというか」
「たしかにそうね。売れなくても中身はそのまま普通のレトルトに使えるし」
「ただ今回はコンペだ。それこそ岸田が言うように、日東ハム王道のハム・ソーセージグループの提案と戦うことになる。それに勝てるかというと、割と微妙な気がします」
「主任案で事前にソーセージ野郎と握っておいて、白ソーセージは連中に開発させるってことで取り込んでおく手はありますね。西乗寺チームとソーセージチームの共同提案として」
「岸田の意見に賛成です。共同提案は滅多にないから、それだけでコンペでは有利だ。社内融和がなんちゃらとか、賛同する役員もいそうだし」
「それも面白そうね。ただどうだろ……」
天井を見つめ、主任はしばらく黙った。
「ソーセージチームは、主流だけにプライドが高い。傍流の私達からの提案だと、鼻もひっかけてくれないかも」
ありそう。あいつら、俺達西乗寺チームなんか馬鹿にし切ってるからなー。向こうからの提案なら問題ないんだろうが……。
それからも
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