8-4 女子会で考え事するのは超危険
「たとえばだけど、スイーツとかにしたら。『映え』で若者狙うなら」
菜々美ちゃんが、斜め上の提案をしてきた。
「ショコラとバナナとかは当たり前だけど、ショコラと塩キャラメルとかさ」
「スイカに塩とかあるもんなー」
「そうそう」
「スナックまで広げたらいいかもな。スイーツだけだと割と当たり前だから」
「ショコラにポテチとか」
「イメージはな」
問題はふたつある。まずそんなんどこの製品でもいいわけで、日東ハムの製品を使う理由がない。それにハム屋がスイーツを開発して流通ルートに乗せられるかも、かなり微妙だ。そっちはそっちで、歴史ある大手製菓会社がひしめいてるからなー。
そう話すと、全員頷いた。
「やはり結構複雑な料理で、新規性がないとダメね」
「あんまり他に製品がない分野というか工夫がある製品」
「ボルシチとかね。レトルトや缶詰があることはあるけど、滅多に見かけない奴」
「カレーならカレーで、インド、タイ、イギリスとか、地域に振り切った感じで」
「地域というなら、中華はどう。中国料理って、地域ごとにすごく味違うし。四川料理とかでも、日本の奴は味がかなり本場と違うって。だからガチ本場の味付けで、各地方の中国料理を出せば、日東ハム独自だから、他社製品を代用して味変とかできない」
「でも日本で本場の味じゃないってことは、日本人に受けないからじゃないの。だって四川の料理人なら、最初に考えるのは四川本場の味で勝負ってのが普通でしょ。それがイマイチ受けが悪いとかで、徐々に日本人好みの味を探って、今に至るんだよきっと」
「だよなー」
実際、ハムがそうだ。日本のハムの多くは、ヨーロッパ本場のハムなんかとは微妙に味も製法も違う。それは日本人の舌に合わせて発展したからで、具体的には出汁……というか旨味を重視した感じに変化してるんだよな。
中元や歳暮需要狙いの贈答品ハムなんかだと、「本格派」を謳って欧州本来の作り方にしてたりするんだわ。でも普段日本のハムを食べ慣れてる消費者の声を拾うと、「これなんか違う」的な意見が結構多いんだと。マーケに配属された同期が嘆いてたわ。
ベーコンだって日本だと結局「バラ肉ハム」になってて本気ベーコンじゃなかったりするんだが、そのほうがうまいんだよ。ハム屋の俺だって、日本のベーコンのが好きだもん。本来の製法だととにかくしょっぱいし、味も肉肉しててな。あれは食べもんというより、料理にハイライトを入れる調味料だと思うわ。
「とんがった商品を狙えば、独自性は出る。でもたくさん売るには、角を丸める必要があるよね」
「誰にでも好かれる方向ね」
「カレーだってそうじゃん。みんな辛いほうがいいって言うけど、実際に売れてるのは中辛。全然辛くないのに中辛って言い張る奴」
「子供がいると甘口買うしかなかったりね」
「嫌いなものは食べないからねー、子供」
「となるとやはり、無難な味+味変パウダーとかになるのかな」
「諭吉さんの言う通りじゃない」
結菜は「ソースでの味変はつまらない」って言ってたけど、やっぱそのへんになるよな。コンビニのカップ麺とかでも辛い奴はそうなってたりするしな。本体はそこそこ辛いけど、普通の人が食べられないほどじゃあない。それで「辛味パウダー別添え」で、激辛好きな人だけ足してくれってパターン。
「そこの組み合わせで味変ってのは面白いんじゃない」
「どういうこと、菜々美」
「つまりさ、こう」
テーブルの上の小皿やグラスを、菜々美ちゃんは並べ始めた。
「Aという商品には、とんがった味変パウダーAが付いてる」
皿とグラスをくっつけた。
「A単体でもおいしいし、刺激が欲しかったら、味変パウダーを好きな量、足せばいい」
「うんうん」
その横に、また皿とグラスを並べる。
「Bという商品には、やはり味変パウダーBが付いてる。で、BにはBパウダーを足してもいいいし、別商品付属のAパウダーを足せば……」
さっきの皿を、こっちに持ってきた。
「超意外な味になる。もちろんAパウダーとBパウダーを同時に足す手もある」
「いいねそれ。簡単だし。パウダーで味変するだけだから、余ったってタッパーがどうとかなしで、冷蔵庫でも場所取らないし」
「あたしの好みは商品AにBパウダー半分、Cパウダーも半分とかね。そんな風にネットに上げられるし」
「できたらレベルの話だけど、混ぜたら見た目もすごく変わってほしいよね。色とか。そのほうが写真で映えるし」
「なるほど」
割といいアイデアが出てきたな。やっぱ調査はしてみるもんだわ。あとはこの線でガチ売れ行き狙いの新製品を作るとすると、どんな方向性があるかだ。ここはシビアに検討しないと……。
俺が考え込んでいる間、女子は放置しておいてくれた。勝手に自分たちで飲んで食って、俺にはよくわからん話題でぺちゃくちゃしゃべりまくってる。まあ女子会だしな、本来。俺がおまけの。
「……じゃあ、そろそろ開く? もうお腹いっぱいだよ」
誰かが言った。
「そうね。話も決まったし」
「話? なんか決まったっけ」
俺は、はっと我に返った。集中するあまり、女の子の話、聞いてなかったわ。
「いやだなあ、今日のお礼ですよ」
呆れたように、菜々美ちゃんに軽く叩かれた。
「なにそれ」
「ご飯。奢ってもらうことになったでしょ」
「知らんぞそれ」
「さっき頷いてたよね、みんな」
全員、首を縦に振った。
「上の空だったけど、うんうんは言ってた」
「そうそう。だから話がさらに進んだんだし」
「……そうだよ、諭吉さん」
真面目そうな美月ちゃんまで言ってるんだから、事実なんだろう。
「飯? また女子会か」
「違うでしょ。個別にちゃんとしたご飯奢ってもらうんですよ。……陽菜乃」
菜々美ちゃんが振ると、陽菜乃ちゃんがスマホを取り出した。
「メモ取ったからね。えーとなになに……」
なにかのアプリをスクロールしている。
「まず菜々美が回らない寿司ね」
それ以前も言ってたな。ランチで回らない寿司奢るって約束したのはたしかだ。それがなぜか第一回諭吉飲み会にアップグレードされてただけで。
「莉緒がイタリアン、美月は吉祥寺の焼鳥屋」
「場所まで決まってんのかよ」
「そういう話になったし。で、あたしが中目黒の隠れ家バー。……ウチ近いしね」
「はあ?」
「はい決まりー。儲かったーっ」
「おいおい」
「日程はトークでね」
「さあ帰ろう」
「うん」
みんなガタガタ席を立った。
「待てっての。そんなん認めないぞ。調査費用これ以上かけたら、俺の小遣い消えるじゃん」
「いいっしょ。みんなそのときまでに、またアイデア考えとくから。損して元取れ」
菜々美ちゃんが能天気に言い放つ。いや損して損するだけな気がするんだが……。
例によって財布から一万むしられながら、俺は考えた。もしかしてここ地獄? 永遠に諭吉扱いされて、賽の河原で万札積むのか、俺。
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