8-2 結菜の謎ブレスト

「で結菜お前、今日の会議でコンビニ狙いとか散々ぶち上げてたけどさ、実際なんかアイデアあるんか」


 晩飯の弁当を食べながら、俺は聞いてみた。結菜は今日、無事初日を終えた。そこそこの提案したし、雑務も菜々美ちゃんに聞いて少しはした。


 初日から、求められた役割は果たしたと言っていい。問題はこれからだ。


「なんもない」


 白身魚のフライを丸咥えしながら、あっさり口にする。


「まあ、そりゃそうか」


 ただの十八歳だからなー。コンビニでバイトしていただけの。


「商品提案するの、お兄や岸田さんだし。頑張ってねー」


 ケロっとしてやがる。この無責任感凄い。いやお前の発案だろうが。


 頭が痛くなって、俺はストロングチューハイをあおった。いつもながら、飲まんとやってられんわ、これ。


「……なら飯食ったら、ふたりでブレストすっか」

「ブレストってなあに」

「ブレインストーミング。意外な発想を見つけるメソッドだよ」

「なんかしんないけど、面白そう。どうやんの」

「まず、とにかくなんでも思い付いたことを言い合うんだ」

「へえ」


 俺は説明した。出たアイデアに、なにかを足すようにしていくこと。どんなに荒唐無稽な提案でも否定せず、次々にアイデアを出し続けること。なにかを決める手法ではなく、発案するだけの方法であること。などなど。


「いいねー。なんでもいいんでしょ、内容」

「いいぞ。どんなんでも」

「じゃあさっそくやろうよ」

「まだ飯食ってるだろ」

「いいんだよ。スマホで録音しとけばいいじゃん。必要なら後で聞けばいいし」

「……ならまあやるか」


 たしかに。風呂入ったりの寛ぎタイムをあんまりビジネスで取られたくはないしな。俺はスマホをセットした。


「じゃあ始めるぞ。まず俺からな」


 ひとつ深呼吸すると、とりあえず浮かんだ考えを口にする。


「買えば買うほど安くなるってのはどうかな」

「いいね。レトルト一パックなら二百円。二パックなら三百円。三パックなら三百五十円とか。……でもコンビニのレジが対応してなさそう」

「否定しちゃ駄目なんだよ結菜。さっき言ったろ」

「そっか忘れてた。……じゃああたしね。スマホゲームとコラボして、特典コードをパッケージに入れる」

「なるほど。昔、カード入りのポテチとか大ヒットしたみたいだしな」

「ゲーム繋がりだと、たとえば新商品のゲームを作って公開する」

「インフルエンサーとコラボして、そのゲームのプレイ動画を上げてもらう」

「この際、動画見ないと調理法のわからない商品にする」

「んじゃあ……」


 俺は考えた。どうもプロモーション関係ばっかになったな。少し方向修正するか。


「こんなのはどうよ。採算度外視で、おいしい商品にする。もちろん赤字だから、関連ゲームのガチャで利益を確保する。フリーミアムみたいな感じで」

「フリーハグ?」


 ちくわの磯辺揚げを、結菜は置いた。首を傾げている。


「フリーミアムだよ。わかんなかったらスルーしろ。いいから先行こう」

「ならねえ、ハムの売れ残りを材料にするのは。SDなんちゃらとか、流行ってんでしょ」

「売れ残りというより、廃棄する材料を使うのはどうよ。未利用魚の寿司屋とか、よくニュースで取り上げられるし」

「肉だと難しそうだから、未利用魚ガチャのブイヤベースとか」

「いいね。……でもハム屋が魚処理できるんかな」

「否定しちゃ駄目って、お兄が言ってた」

「そうだったな」

「これ罰ね」


 俺の弁当に箸を伸ばすと、素早くヒレカツを奪い去る。結菜お前、狙ってただろ。


「俺は好きなおかずを最後まで残すタイプなんだよ」

「誰もがうらやむおいしいものが目の前にあるんだよ。さっさと手を出さないほうがおかしいよね。男なら」

「くそっ」

「その意味で新製品は、女子高生とイチャつける権利入り」

「ま……まあいいんじゃないか」


 なに言ってるかわからんが、否定すると最後のヒレカツも取られそうだからな。


「あたしのお弁当を食べたら、イチャつける」

「はあ?」


 食べかけのちくわを俺の弁当に放り込む。


「はい決定」

「ふざけんなっての」

「今晩、またベッドで寝かせてよ。イチャつかなくてもいいから」

「断る」

「はい否定した。罰ね」


 またヒレカツ奪われた。どうなってんのよ。ブレストのはずが、謎ゲームになってるじゃん。


「もう飽きたんか、結菜」

「そんなことないし」


 首を振った。俺のヒレカツ咥えたまんまだから、まるで犬だけどな。


「続ければいいんでしょ。……んじゃあねえ、味変できるのにする」

「味変かあ……」


 考えた。たしかにラーメンでもなんでも、食事途中での味変が流行りつつあるのは事実だ。


「追加ソースとかを別添えするのか」

「それじゃ当たり前だからね、商品ふたつ買うと味変になるの」

「どういうこと」

「たとえばだけど、ビーフシチューのレトルトとクリームシチューのレトルト、混ぜるとめっちゃおいしくなるの」

「はあなるほど」


 難しそうだけどな。ビーフシチューはそれだけのがうまいだろうし。


「ビーフとクリーム、自分ならこの割合が好きって、SNSで投稿してもらう」

「発想はいいな。冷凍餃子と麻婆豆腐のレトルトの組み合わせとかだと、うまく行きそう」

「そうね。あとは意外感が欲しい。たとえばヒレカツとカレーライスだと、ただのカツカレーでしょ。食べる前から想像がつく」

「今、お前に食われたばっかだけどな。おかげで俺の弁当。ただのキャベツ飯になったし」

「ちくわあげたから、ちくわ丼だし。……はい」


 きんぴらも入れてきたな。


「これできんぴらちくわ丼」

「……ありがとうな」

「カツカレーだと誰でも想像がつく。でもマカロンにヒレカツ挟むと実は美味しいとかさ」

「たしかに誰も想像だにしないだろうな。随分昔だけど、プリンに醤油垂らすとウニの味とか流行ったし」

「ソースとかでの味変はつまらないよね。食材同士がぶつかり合っての味変が面白い」

「たしかにな」

「だからさ、味変シリーズと銘打って、どう組み合わせても意外においしい奴を販売するの」

「なるほど」


 考えてみた。考え方自体は面白い。SNSで投稿する奴多いだろうし、ニュースでも取り上げられそうだ。プロモーション費用を抑えた上で展開できるかも。それに内容的に若者受けだから、コンビニと相性がいい。提案自体が面白いから、コンビニの調達部門に売り込める可能性もアップする。


「ちょっとマジでそのへん考えてみるか」

「ねっ。あたしに聞いて良かったでしょ」

「まあな……。ただあくまでブレストレベルだけどな。まず組み合わせたら意外にうまいっての、見つけるのが難しい。それに三種発売したら、味変の組み合わせは、A+B、A+C、B+C、A+B+Cの四通り。四種ならえーと十四通りか。五種なんか、考えるのも嫌だ。幾何級数的に増えるから、全部の組み合わせがおいしいってのは、調整が至難の業だ」

「なんとかなるっしょ。お兄のチーム、プロだし」


 あっさり言うなー。そんなに簡単にできるほど、開発ってのは甘くはないんだわ。


「なら決まりねー。今日は一緒に寝るから」


 もうすっかり弁当食べ終わって、お茶なんか飲んでるな。さすがに今日はストハイは奪われてない。


「ひとりで寝ろよ。手は繋いでやるから」

「駄目。あたしはお兄の仕事に協力した。報酬は添い寝。これは譲れない」


 どこまでも頑固な結菜だな、これ。……まあいいか。またタオルケット下半身に巻いとけばいい。結菜の手を握ってやれば、謎ムーブもしないだろうし……。


 結菜に悟られないよう、俺はこっそり溜息をついた。




●年内更新最後です。次話は1/3くらい公開の予定。

諭吉女子会でコンペのアイデアを探る木戸。だがもちろん諭吉扱いで翻弄され……。乞うご期待。


皆様良い年をお迎え下さい。

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