8 謎「結菜ブレスト」からの諭吉賽の河原で草

8-1 社内コンペ戦略会議

「さて、週次会議を始めます」


 日東ハム世田谷研究所。小さなほうの会議室で、西乗寺綾音主任が切り出した。


「最初に、今日から私達のチームに入ってくれたアシスタントを紹介します」


 澄まし顔で主任の隣に座っているのは、もちろん結菜だ。一応襟のあるカッターシャツにスカート姿。白衣を着てるから研究所に違和感はないが、なかったらいかにもな女子高生姿だ。食品会社の研究所だけに、さすがに髪はくくっているな。


「伏見結菜さん。ご両親の都合で休学中とのことですが、高校生です。ついこの間まではウチの目の前のコンビニでバイトしていたらしいので、見たことがある人がいるかもしれません。……伏見さん」

「はい」


 主任に振られて、結菜は視線を上げた。


「伏見結菜です。憧れの研究現場に入れて緊張しています。みなさんよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。


「よろしく」

「よろしくー」

「よろしく」


 岸田や菜々美ちゃんに紛れて、俺も白々しく挨拶する。まあ岸田にももうバレてるから、ここにいる四人中、なんも知らないのは主任と菜々美ちゃんのふたりだけだが。


 実際岸田の奴、俺と結菜の顔を見比べてニヤニヤしてやがるし。趣味悪いわこいつ。


「みんな知っているように、直近の管理強化で、事務的な手続きが増えています。伏見さんには雑務をお願いする一方、冬の大試食会に向け、製品開発の手伝いもしてもらいます。主としてマーケティング的な意味でね」

「わあ、じゃああたし、もう事務から解放されるんですか」


 菜々美ちゃんは嬉しそうだ。


「半分くらいね。その分、菜々美ちゃんにも開発に力を入れてもらう。あなたはもう半分インターンシップみたいなものだから」

「やったあ」


 菜々美ちゃんは役員の親戚だからな。これもう入社決定同然だわ。


「菜々美ちゃん、うまく教えてあげてね」

「任せて下さい」


 雑務から解放されるからか、どえらく嬉しそうだわ。


「じゃあ伏見さん、よろしくね。……えーと結菜ちゃんって呼んでいい」

「全然OKです」

「なら結菜ちゃん。……かわいい名前だよね」

「ありがとうございます」

「結菜ちゃん……そう呼んでいいかな、俺も――、ちょっと木戸に似てるな。顔のパーツとか」


 よせばいいのに、岸田がちょっかいを出してくる。こいつはほんとに……。


「そうですかね」


 結菜の奴、まんざらでもなさそうな顔になってる。よせっての。女子は勘が鋭いんだ。主任や菜々美ちゃんに身バレするぞ。


「ああ似てるかもな。目がふたつだし鼻はひとつだ」


 睨みつけてやったら岸田の奴、素知らぬ顔で視線逸したわ。


「では次。冬の大試食会について。知ってのとおりこれは、世田谷研究所の全開発ユニットが競う、コンペ形式で行われます」


 PDFを印刷した社内資料を広げながら、西乗寺主任が続けた。


「ちなみに、上位入賞チームには奨励金が出ます」

「うおっ。ドケチなウチの会社にしては奇跡ですね」

「そうよ岸田くん。まあ奨励金は抜きにしても、ウチも負けるわけにはいきません」

「そうは言っても主任。俺らは冷食レトルト屋。我が社は日東ハムですよ。ハム屋で冷食レトルトチームは所詮傍流だし、どう考えても無理っしょ」


 岸田が混ぜっ返す。まあ事実ではある。


「たとえどんな画期的新商品を提案しても、精肉加工チームが片手間のハム新作かなんか出してきたら、それで瞬殺は見えてるし」

「最初から負け犬根性でどうするの」


 主任は呆れ顔だ。


「でも主任。言い方はアレですが、岸田の言い分にも一理あります」


 助け舟を出してやった。


「これまでの新製品開発は、俺達チーム単独の提案を役員が判定したから勝ち負けがあった。でも全ユニット対抗戦で並べられたら、主流のハム製品に勝てるとは思えません」

「確かに」


 菜々美ちゃんも頷いている。


「そもそも市場での売れ行きが桁違いですもんね。日東のハム製品とレトルトなんて」

「ブランド力が違うし、営業だってハムの棚取りには命を懸けてる。けど冷食なんかは専業メーカー強いから、半分諦めて営業してる始末だし。人気ハムのバーターで押し込める量だけ売ったらおしまい」

「それは確かにそうだけど、やってみなければわからないでしょ」

「でも直近、試食会自体に負け癖が付いてるし」

「あのー皆さん」


 おそるおそるといった感じで、結菜が手を上げた。


「なあに、伏見さ……結菜ちゃん」


 主任が微笑んだ。


「あたしコンビニバイトで発注見ていて思ったんですよ。コンビニって定番商品以外は、ぜーんぶ新作ガチャなんです」

「ガチャ……」

「とにかく新作並べて、初日で売れないともう次の発注はなし。ちょっと売れたら発注は続くけど、いずれにしろ季節終わりどころか月終わりで、もう次の新作みたいな」

「たしかに」


 岸田が同意した。まあ結菜目当てにコンビニ通ってたし、新製品には詳しくなってそうだわ。俺はコスパの関係で、うまし棒とかチロリアンチョコばっかになったがな。


「だからあんまりブランド力とか関係なくて、とにかく新作なんです。なんだったらコンビニのプライベートブランド新作のほうが、超有名ブランドより売れたりするし。買う人は誰もブランドなんか見てない」

「……だからなあに」

「つまりコンビニを狙ったらどうかってことです。日東ハムのレトルトや冷凍商品にブランド力がないなら、スーパーよりいいのでは」

「いや無理っしょ」


 思わずツッコんだ。


「発想はいい。でもコンビニの調達部隊は鬼だ。割り込むのが激ムズだし、コストも徹底的に叩かれる。青息吐息で入り込めたとして、結菜が……結菜ちゃんが認めたように、売れ行き次第で、あっという間に棚から叩き出される」

「でもお兄、やってみなけりゃわからないでしょ」

「お兄?」


 菜々美ちゃんが首を傾げた。結菜の奴、アツくなって口が滑ったな。これだから嫌なんだよ。同じ職場とか。セフレバレしたらどうする。……まあ俺も、「結菜」って呼び捨てしかけたが。


「……木戸お兄さん」


 結菜が言い直した。


「木戸お兄さん、岸田お兄さんの意見も聞いてみてはどうでしょうか」


 苦しい。がまあギリ。


「そうっすねー。木戸お兄はともかく、俺こと岸田お兄さんの意見としては……」


 岸田は俺の目を見つめた。この野郎、面白がってやがる。実際、瞳が笑ってるし。


「どうせ俺らは負け確。社内の弱小チームだし、誰にも期待なんてされてない。……なら負けても失うものはない。ダメ元で販路をコンビニに絞ってなんかブチ上げるってのも、たしかにいいかも」

「コンビニなら、あたしの友達もヘビーユーザーだし、意見なら聞けます。諭吉女子会ってのがあってですね。あたしも調査してきますよ。木戸さんにも付き合ってもらって。ねっ」


 意味ありげに、俺を見つめてくる。あーあの賑やかな連中か。莉緒ちゃん陽菜乃ちゃん、それに美月ちゃんだっけ。


「女子大生にヒアリングか……。それは俺が担当しよう」


 岸田w 食いついてくんな。


「岸田さんにもお願いしようかな。……奢ってくださいね」

「任せろ。……調査費、経費で落ちますよね。西乗寺主任」

「会議室でやればいいでしょ。お茶とバイト代は出すから」

「それじゃダメですよ、主任」


 珍しく、菜々美ちゃんが主張した。


「そんな堅っ苦しい雰囲気だと、本音なんか出ません。ノリでいろいろ話すから、とんでもない意見が出てくるんで」


 たしかに。それはある。まして俺達は絶対不利なコンペでの優勝を狙う立場だ。常識的な提案じゃあ、勝てっこない。


「でも社外でいろんな調査とか、事故のリスク負えないし」

「だからこそのプライベートですよ。ねっ」

「……ならまあいいわ。一連の下り、私は聞かなかったことにするから。責任は取れないわよ」

「はいですー」


 菜々美ちゃん、嬉しそうだ。


「コンビニ狙いという結菜ちゃんの提案にも、たしかに一理はある。……では来週、それ踏まえて会議をしましょう。それまでに岸田くんも木戸くんも、なにか考えておくこと。私も提案するわ。……菜々美ちゃんや結菜ちゃんは、協力してあげてね」

「はーいっ」


 楽しそうに、菜々美ちゃんが手を上げた。

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