4-3 晩飯&セフレ、チャンスは一度
「うわ。なまらおいしい」
先付の牛時雨煮に箸を付けた結菜が、目を見開いた。
「たしかにな」
最近は食堂を使う所も多いらしいが、この旅館は伝統的な部屋食だ。テーブル狭しと、様々な日本料理が並べられ、品書きも添えられている。
ふたりとも浴衣に丹前姿。もうとっぷり日も暮れている。窓の外にはわずかに夕焼けの残照が感じられるくらいで、あとは真っ暗だ。
「たまにはこういうのもいいねー。見た目もきれいだし」
テーブルに並ぶ数々の皿を見渡してご満悦だ。
「そうだな」
「洋介兄のとこだと、毎晩お弁当だからさ」
「……そうだな」
微妙に煽りを感じる。
「あっ。別にディスってんじゃないよ。スーパーの割引弁当、おいしいし」
しまったという顔つきだ。とってつけフォローご苦労。
「週イチくらいで外食にするか。週末とか」
「ううん」
首をぶんぶん振ってやがる。
「お弁当好きだよ」
はあそうすか。やっぱ週末くらいは外食いにするか、今度から。
ビールぐいーっ。
はあ。飲まんとやっとれんわ。
「これ、食べる順番とかあるんでしょ」
上目遣いで俺を見る。箸がうろうろ動いてるな。
「懐石料理ならな。これはただの会席料理だ。気にせず好きなもんから食え」
「はあ? カイセキカイセキって同じじゃん。意味わかんな」
「茶道発祥か、宴会用かだよ。漢字が違うんだ」
「まあいいや。とにかくなんでもいいのね。ならこれー」
石焼きステーキにしたか。まあ腹に溜まるからな。それに固形燃料が切れる前の、ジュウジュウ言ってる間のがうまそうなのもたしかだし。悪くはない。てかもうがっぽがっぽ食い始めてるじゃん。さすが十代の食欲は違うわ。
結菜は、高速で料理を口に放り込み続ける。もちろん順不同だ。目についた皿、片っ端からといった雰囲気。あれだなー。中世の日本で絵巻物に描かれた
俺もやるわ。
ビールぐいーっ。ついでに冷酒もくいっと。
「うん。この酒、うまいわ」
すっきりしていて果実香が強い。いいバランスのアルデヒド臭だ。
「地場の吟醸酒って書いてあるね。ギンジョーってなに」
「吟醸ってのはな、酒造米を多めに削って、雑味を抑えてるんだ」
「ふーん。……よくわかんないけど、お米を研いでるんだね」
「そうそう」
説明が面倒になったので、適当に誤魔化す。
「さすが食品メーカーだね、お兄」
「まあなー」
てか、酒飲みの常識だがな。
「あたしもちょっと飲んでみたいな」
また上目遣い。
「お前未成年だろ」
「タマだもん、いいでしょ。子供の頃、お父さんのビール飲んだこともあるし」
「そういうの、親が面白がってよくやるんだよ……って、おい」
あっと言う間もなく、俺のぐい呑みをひっつかむと、一気に飲み干した。
「意外に甘い。それにいい香り。……これ本当にお米が原料?」
「油断も隙もないな、お前」
「へへーっ。さて、お酒で食が進むね」
どこかで聞きかじったような感想を口に、また高速摂食行動に戻ったな。そのままガンガン食べ進んでいたが……。
「う……ん。おいひい」
おいひい?
見ると、瞳がとろんとして頬が赤い。これは……。
「結菜お前、酒飲んだろ」
「そんなことないほ」
真っ赤な顔で、首をぶんぶん振っている。
「さっき俺がトイレに立ったとき、飲んだろ」
「そんなことないひ」
必死に普通の口調にしているが、舌を噛みがちだし、語尾も微妙だ。
「ここ、暑いへ」
丹前をがばっと脱ぎ捨てる。脱いだ拍子に浴衣が乱れ、胸が半分くらい見えてるがな。
「ねえ、お兄……」
妙に色っぽい流し目で俺を見る。
「な、なんだよ」
「ふたりっきりの旅行ってことは、あれだよね」
「……」
俺が黙っていると、にじり寄ってくる。
「ねえ、しようよ」
結菜の瞳は輝いている。ついに始まったか……。
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