3-3 チロリアンチョコ、掴み取り大会

 その晩、いろいろ説教したんだが、「どこが悪いの? ちゃんと働いてるよ。洋介兄の言いつけどおり真面目に」の一点張りで、結局なあなあで押し切られた。


「お兄の目の届くところのが安心でしょ」とも言われた。


 そこ衝かれると痛い。たしかにそれはそうだ。どっかの歓楽街のコンビニなんかやられるより、ご近所さん相手のど田舎コンビニのがマシだし。おまけに俺もたまに結菜の顔見に行けるから、困ったこととかあれば相談に乗れるし。


 そんなわけで、翌日から俺の昼飯は全自動でコンビニ飯になった。昼だけじゃなくなにかと心配で、ちょこちょこ顔を見に行く。


 顔見るだけなら店内通り過ぎるだけでいいんだが、二言三言会話するには、やっぱレジで対面しないとならない。


 だからいつの間にやら俺のデスクには、チロリアンチョコとかうまし棒といった安菓子が、十も二十もてんこ盛りよ。これなら最低限の課金で確認ガチャ回せるからな。


「どうしたの、木戸くん」


 デスクの惨状を見て、上司の西乗寺綾音主任が、目を丸くした。


「木戸くんって、甘いものとかスナック、あんまり好きじゃなかったよね」


 チロリアンチョコ「いちご」を取り上げ、不思議そうに目の前で表裏を見ている。


「それ、主任にあげますよ」


 別にチョコ食いたいわけじゃないからな。二十円とかだし。


「そう。悪いわね」


 きれいにネイルアートが描かれた爪で封を切ると、口に放り込む。


「うん。おいしい。イチゴの香料は、アルデヒドかしらね」


 さすが食品化学研究者といった感想だ。


酢酸さくさんエチルか酪酸らくさんエチルじゃないすか」

「そうかな……」


 俺の目を、じっと見つめてくる。主任、こうしたとき、一瞬、すごく色っぽい感じになるんだよな。普段はほんわかキャラなんだけど。やっぱ俺より二個上の二十八歳だからかな。


「ねえ木戸くん。なにか悩みあるなら、相談に乗るけど」

「いえ、なんもないっす。ええもう元気百倍、ファイトいっぱーつ翼を授けるってくらいで」

「ふーん……」


 チロリアンチョコとうまし棒、さらにはビッグフライや鰻味太郎といった駄菓子満載の俺のデスクを、眺め渡している。


「そうは思えないけどなあ」

「そ、そんなことないっす」


 ヤバいなこれ。菓子、今度一気に持って帰るか。どうせあの腹ペコマシーンが端から食い散らかしていくだろうし。


「いや、今度飲みましょう。約束よ」

「は、はい……」

「スケジューラー見て予定入れとくからね」


 白衣を翻して解放してくれた。去りがけに、チロリアンチョコ「ばなな」も取っていったが。なんだ、チョコ気に入ったみたいだな。さすが女子。


「わあー」


 学生バイトの菜々美ちゃんが、歓声を上げた。


「木戸さん。机がオフィスエンゼルみたいですよ」


 オフィスエンゼルは、百円の小分けスナックやスイーツをオフィスに置き、食べた分だけ補充される、「置き菓子」サービス。どこの企業でもよく入ってると聞く。この田舎研究所にこそないが、日東ハム本社に行くと、各フロアにあるしな。


「ここオフィスエンゼルないからさ。俺が開業しようかと思って」


 つまらんギャグでごまかす。


「ならあたし食べようかなあ。今、学校の研究とここのお手伝いで頭使いすぎてオーバーヒート寸前だから」

「糖分は補給しないとね。脳のガソリンだし。はい」


 がさっと掴んで、チロリアンチョコ適当に渡してやる。慌てて両手で受けてるな。


「うわー。チロリアンチョコの掴み取りセールだあ」


 喜んでもらえてなにより。


「今日は、開業特別サービスで無料だよ。明日からは、チョコ一個千円取るから」

悪虐あくぎゃくうーっ」

「こいつはそういう奴だから」


 岸田まで参戦してきやがったか。


「うるさいなあ……。お前にはうまし棒と鰻味太郎やるから、とっとと消えろ」


 スナックを白衣のポケットに放り込んでやる。


「男と女だと、態度天と地だな、お前」


 呆れたように見つめてきやがる。お前だってそうだろ。レジガチャ大成功とか、俺の謎セフレとも知らずにコーフンしてたくせに。


「なんでこんなに駄菓子集めてるんですか、木戸さん。……もしかして新商品開発のヒントとか」

「あー違う違う。菜々美ちゃん、こいつはね、研究所前のコンビニに、気になる女子がいるみたいで」

「マジすか」


 チョコを白衣のポケットに詰めながら、菜々美ちゃんが目を見開いた。


「それでこんなの買って通い詰めてるとか、ストーカーじゃないすか」

「違うからな、菜々美ちゃん。午後腹減るから、エナジー補給だよ。コンビニストーカーは岸田だし」

「俺は違うだろ」

「違わないだろ。お前が最初に言い始めたんだからな」

「最初って、なんすか」


 菜々美ちゃんは、ビッグフライをもぐもぐ食べながら、俺と岸田の顔を交互に見ている。ゴシップ好きだなー。


「たいした話じゃないさ」


 岸田が誤魔化した。さすがに自分もレジの子目当てにコーヒー飲みまくってるとは言えないみたいだな。もちろん岸田は、そのレジの子が俺の押しかけセフレだとは知らない。


「そうそう。たいした話じゃない。さて、リポートまとめないと。お前らも仕事に戻れ。今やらないとゴールデンウイーク休めなくなるぞ」

「それは困る」


 真顔になった岸田は、なにかぶつぶつ呟きながら、席に戻った。菜々美ちゃんは、しばらくそれをじっと見ていたが……。ふと俺を振り返る。


「木戸さん、なにか隠し事がありますね」

「別にないけど」

「ほんとうにーっ」

「ほんと、ほんと」


 見透かすように、俺の目を覗いてくる。こいつもかよ。女子はこれだからなー。


「ふーん……」


 訳知り顔で頷いている。


「な、なんだよ……」

「あたし、面白いこと思いついた」

「なんだ、それ」

「今度、教えてあげますね。……タダじゃないですよ。たこ焼きゴチでどうです」


 なんだこいつ。なにたくらんでる。怪しさマックスじゃんよ。


「……了承」

「へへっ。言質取りましたからね。んじゃあ、そのときに……。さて、仕事仕事っと」


 言いながら、チロリアンチョコ、さらにひとつかみ持っていったし。


 まあいいけどな。数が減って助かったわ。さて、俺はまたチョコ補充に行くか。

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